光の君
「え?」宝生大夫は戸惑う。
「私は、散樂一座の太夫です。」宝生大夫は言う。
「此処に城を築き、人々を鬼たちから匿なさい。」
光の巨人は続ける「鬼どもは小野永子を攫(さら)おうとします。永子はまだ幼い。その子の母君として慈しみなさい。」
光の巨人は語りかける。
「小野永子(おののはるこ)?」聞き慣れない名を聞いて宝生大夫が聞き返す。
「あなたには既に力を授けてあります。あなたが案ずる様にその力は強大です。恐れないで。その力を信じなさい。藤原正子(ふじわらのなをこ)。明日の朝よりあなたは寳女王(たからのおおきみ)です。」
光の巨人がそう言うと振り返り指差す。
「ご覧なさい。あの者達が守ってくれます。」指差したした方角には大地を覆う、平安武者たちと陰陽師、十二天将(じゅうにてんしょう)達が向かってくる。
そのまま光の巨人が語りかける。「そしてこの子が現れたら…。」
ハッと宝生大夫は目が醒める。涙を流していた。
「この子が現れたら…。」宝生大夫が呟く。
ゆっくり体を起こすとスヤスヤと眠っている2人の童女。
「んふふ。」童女達の寝顔につい笑顔になる。
「ところで小野永子…。ってどこにいるの?
今なの?未来なの?この童女たちのこと?2人いるけど、どっちなの?光の君〜。
もっかい聞いてこよ。」
再び宝生大夫は眠りにつく。
「ふは〜。わわわ。」次の日の朝、欠伸をしながら朝食の間に宝生大夫が降りてきた。
童女達は既に目覚めて朝食の間で遊んでいた。
「太夫。眠れなかったんですか?」既に朝食を頂いている女性の楽師が声を掛けた。
しかし、宝生大夫は眠そうに楽師の後ろを通り過ぎた。
「光の君、夢に出て来なかったわ。まぁ、夢だものね。それにしても、ん〜。」
宝生大夫は考え込んでいた。気づくと考えながら外に出ていた。
晴天の太陽を見上げて、「そうね。この公演が終わったら城主になろうかしら。」
と宝生大夫は微笑んだ。夢の中、光の君から全ての話を聞いた感覚はある。
ただ、最後だけ思い出せない。「これは、その時が来るまで封印されたってこと。光の君。なぜ?」
この日から1ヶ月間、太宰府にて宝生座の最後の公演が始まろうとしていた。
太宰府の芝居小屋に長蛇の列が並んでいた。この日は宝生座の大千秋楽、公演が始まって1ヶ月。評判は上々で特に宝生大夫の幻術の演目は人だかりであった。
全ての演目が終わり一座が片付けをしていた。全ての片付けが終わり次の公演先に向け準備が整った。
「みんなちょっといいかい。」宝生大夫が一座の皆を呼び寄せた。
「本当にこの1ヶ月、みんなの頑張りで公演が大成功になったこと、心より感謝いたします。ありがとう。」
宝生大夫が2人の童女を抱え、頭を下げる。
「どうしたんですか太夫。頭を下げるのは私たちの方ですよ。行場所のない私たちを拾って頂いて、人様のために働かせてもらってる。こんな幸せなことはありません。」
宝生大夫が少し驚いた後、微笑む。
「皆にお伝えしたいことがあります。私はこの童女達と肥国(ひのくに)に参ります。私の夢枕に神様がおいでになり、私の宿命をお告げあそばされました。ここで皆様とは行く道を分かちたいと存じます。」
一座の全員が神妙になって聞いている。宝生大夫には人ではない不思議な霊力がある事を知っていた。
「太夫。御役目ご苦労様です。太夫のお言葉、承知しました。ただ、あの〜、言いにくいのですが、足手纏いにはなりませんので、ここにいる全員一緒に肥国に行かせてはもらえないでしょうか。」
楽頭(がくがしら)が皆を代表して申し出た。
「実は、太夫が見られた光の君の夢、全員同じ夢を見ております。そして光の君より申しつかりました。寳女王を支えよ。と」
宝生大夫は驚いていた。
「あの夢は真の神のお告げ。しかも一座のみんなを巻き込んでの…。」宝生大夫は心を痛めた。
「なぁ〜に、ここにいる男達は武者崩れ。腕に覚えがある奴ばかりです。そして女子(おなご)たちも禁じてある陰陽道を会得してしまった者達。
ここにいる皆は一度は苦しくて自らの命を断とうとした者ばかりです。
やっと我々にもご恩に報いる機会が訪れました。」
楽頭達は覚悟を決めていた。
「みんな。だからこそ危険なところへは連れて行けぬ。この童女達は宿命を背負っています。。皆はまだ…、望みがある。」
宝生大夫は決めかねている。
「ばぁ。かかうえ。」「ばぁ。おっか〜。」
下を向いている宝生大夫に童女達が顔をすり寄せてくる。
「くっ!藤原正子よ。その命にかけて皆を守りぬけ!」
宝生大夫は童女を抱いたまま立ち上がった。
「皆の者よ!私は今日より寳女王である!」
寳女王が誕生した。
「ははっ!」男達は片膝を着き頭を垂れ、女達は三つ指をついて頭を垂れた。
「これより肥国に向かい玉皐城(ぎょっこうのき)を築城する。」
童女達が寳女王から飛び降り両の手を上げる。
「ぎょうぎょうへいこう!」
「きゃっきゃっきゃっ!」
「ぎょうぎょうへいこう!」
童女達が寳女王の周りを踊りながら回る。
「んもう〜。分かりましたよ。道草しながら、ゆっくり参りましょう。んふふ。」
側から見ると散樂の一座が肥国へ向け出立した。
西海道で隼人、熊襲(くまそ)を凌ぎ、百鬼を滅する最強武士団、玉皐武士団(ぎょっこうぶしだん)の始まりであった。
獄の変《ひとやのへん》〜【平安パラレル】陰陽師と平安武士がタッグを組んで朱顛童子率いる百鬼と怨霊に戦いを挑む!もう一つの平安時代〜 兒嶌柳大郎 @kojima_ryutaro
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