玉皐城《ぎょっこうのき》の章

母と子

西海道の太宰府に散樂(さんがく)の一座、宝生座(ほうしょうざ)が公演に向け到着した。


一座は裏方も含め20名ほど、朝廷から紹介された宿へ向かっていた。


一座の長は演者でもある宝生大夫(ほうしょうだゆう)であった。


「太夫。お疲れになったでしょう。」現地の世話役が宿に案内する。


「ありがとうございます。ですが折角太宰府に参りました。町の様子など一座のみんなと散策して参ります。」


宝生大夫と数人の楽師たちと散策に、残りは荷物を持って宿に向かった。


「畏(かしこ)まりました。太宰府は外国人も増えて参りました。宋の青磁などもございます。ゆっくりご覧ください。あと太宰府名物・梅ヶ枝餅(うめがえもち)は是非ご賞味くださいませ。」


世話役は宿での手配や夕食の支度など一緒について行けないことを詫びた。


「梅ヶ枝餅!太夫!早く参りましょう!」年の若い女性の楽師たちは旅先の食は大事であった。


「はいはい。だけど、こっちから行きましょう。」と言うと太夫は太宰府の繁華街からは外れた人もまばらな小道に入っていった。


すると一軒の小さな古い家の軒先に一人の年端も行かぬ娘が膝を抱え座り込みシクシクと泣いていた。


「どうしたの?お腹が痛いの?」楽師たちが娘に駆け寄り、心配そうに顔を覗き込んだ。


「おっとうが。おっとうが。」娘は泣きながら説明しようとする。


「お父さんがどうなされたの?」楽師がやさしく聞き返す。


「知らない女の子が迷子になっていて。」


一つ一つ聞き出していくと、ここら辺では見かけない童女(わらわ)が裸足で歩いていたので、父親と一緒に近くの役所まで連れていくところだったとのこと。


途中、怖い男の人たちが来てお父さんと揉み合いになって、泣いている娘は怖くなって家まで逃げてきた。


「そう。怖かったね。怪我は無かった?このお姉さん達とここに居なさい。お父さんはどっちにいるの?」


楽師達を置いて、宝生大夫は娘が指差した方角に歩みを進めた。


2人の楽師が心配でついてきた。


遠くで男達が揉み合いになっている。


1人対5人ほどだ。1人の男から童女を奪い取ろうと言い争いになっている。


ただ5人の男達の中に童女がもう一人いた。


「人買いだね。」太夫が男達に近づく。


「どうしました。」声をかけた。


一人の男が反応する。


「いやね。こいつらが近づいてきて可愛いお嬢ちゃんだね〜。って言うからこの子は迷子だって説明するとこいつらが急に役所まで連れて行くって無理やり奪い取ろうとするんですよ。」


揉み合いながら助けを求めている。


「何言ってるんですか。こっちにも迷子が一人いるんで、ついでに役所まで連れて行くんですよ。俺たちは決して怪しいものではありません。」


男から童女を無理やり引き剥がした。


「へへへ。心配しなさんな。あんたの子でも何でも無いんだろ。」


人買いの一団が2人の童女を連れ去ろうとしたした時。


「顔良き、お兄様方。その童女達がとても気に入りました。このお米と絹織物、金貨と交換しては頂けないでしょうか。」


宝生大夫が言うと目の前に米俵2俵、雅な絹織物2反、眩い金貨2袋まで現れた。


「ほぇ~!」宝生大夫の声に振り返った男達は驚きのあまり尻餅をついた。「えええ!」人買いの頭目は驚くばかり。


すると手下達が手を伸ばしてくる。


人買いの頭目はハッと気づき「お前達〜。触るんじゃ無い〜。俺が分け前を配るからお前らは手を出すんじゃ無い〜!」


人買いの頭目が手下達の手を払う。


童女のことはそっちのけで目の前の財宝の奪い合いが始まった。


「こっちへおいで。」太夫が優しく童女達を包み込む。


「かかうえ」童女の一人が宝生大夫の甘い香りに、つい言葉が出た。


この童女は背中に巾を襷(たすき)掛けにして何かを背負っていた。


「はい。」太夫が応える。


もう一人の童女も声が出る。「おっか〜。」


「はい。」もう一人の童女にも微笑みながら応える。


「今日、2人の娘を授かりました。あとは旦那かな?」


「さぁ。帰りましょう。お子さんが待ってますよ。」


呆気に取られている男が我に返り、太夫達と一緒にその場から立ち去る。


「あいつら何であんな土塊(つちくれ)に目の色を変えてるんですかい?」


男が不思議そうに尋ねた。


「太夫はね〜。散樂一座の魔術師で演目の大トリなんですよ〜。


よく見ると可愛いでしょ〜。


行く先々で大人気なんですから。」


楽師の一人が自慢げに言う「太夫の演目は今まで見たことない幻術なんですよ〜。」


太夫は楽師が言った「よく見ると…」に引っかかっている。


「幻術?」男が尋ねる。


「そう。あの男達に幻術をかけて土塊が財宝に見えるようにしたんですよ。」


楽師がさらに自慢する。それを遮るように太夫が続ける。


「ついでに私たちのことも忘れるようにしてきました。あの男達があなたを探し回ることはありません。見かけても知らんふりしてください。」


男に説明した後、小さい声で「よく見ると…」まだ引っかかっている。


男の家が見えてきた。娘と楽師達が駆け寄ってきた。


「おっとう!」娘が父親に抱きついた。


すると男の脚に童女2人も「おっとう。」と言って一緒に男に抱きついた。


そして男の背後から娘に向かって「ばぁ〜!」とひょっこり現れると泣いていた娘も泣きながら大笑いしてしまった。


よだれと涙と鼻水と大笑い。


それを見て2人の童女も大笑いしてしまった。


さらにそれを見た太夫と楽師達も大笑いしていた。


その夜、太宰府。


宝生一座の宿、「あ〜。いい浴でした。ん?」


宝生大夫と一緒にお風呂に入っていた童女2人は久しぶりのお風呂で気持ち良くなって布団に入るとすぐ寝てしまった。


「んふふ。」童女と宝生大夫、川の字になって床についた。


その夜、宝生大夫は夢を見た。


西海道の最南端、鬼界山より黒煙が立ち昇っている。


その黒煙に紛れて百鬼が溢れ出てきた。宝生大夫が城の天守から火の粉を含んだ火山灰に吹かれてその様子を見ている。


禍々しい光景に思わず口を押さえてしまった。


溢れ出て来た百鬼たちは黒煙から転げながら出てくるなり、こっちへ向けて全速力で走ってくる。


「このままでは、百鬼に飲み込まれてしまう。」宝生大夫が言葉をもらした。


ふと振り返ると全身光り輝く巨人がそこにいた。


天守にいる宝生大夫と同じ目線に立っていた。


突如天守の天井が吹き飛び、光の巨人がこちらに近づいてくる。


光の巨人は宝生大夫の横に並んで百鬼の方向を見る。


「此処に城を築きなさい。」光の巨人が語りかけてくる。

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