競馬場、締切目前、投票所にて

トレケーズキ【書き溜め中】

大井競馬場第11レース

 行き交う人々の靴の音、絶え間なく聴こえる話し声、徐々に高まりを見せる熱気。

 ──────そして急いでペグシルを走らせる俺。

 携帯のパスワードを打ち込むように、マークシートを高速で塗り潰す。

 大井、11R、馬単……

 新聞で馬番を確認する。2頭軸のフォーメーションから、人気薄も含めて手広くいこう。

 ふと、視界から隣の人が消えたのに気付いた。マークシートを書き終わったのだろう。もしくは……

 あっ、そうか。マークシートを書き終える前に並べばいいんだ。並んでいるうちに塗り潰せばいい。

 そう思ったらすぐに行動に移す。新聞をポケットに突っ込み、201投票所へ足を急かす。そして券売機の列の最後尾へ。

 前には5人いる。マークシートを塗るの自体は間に合うだろう。馬単と、応援している馬の単勝。必要なマークシートは2枚だけだ。

 問題は……

 斜め上30度に視線を移す。ズラッと並ぶ画面の一つを見つめる。出走馬の馬番と、オッズと、そして右上に「2分前」の白抜き文字。

 馬券の締切に間に合うか微妙なラインだ。

 間に合わなかったら後悔が半端ないだろう。

 しまったな……と心の中で舌打ちを一つ。


 パドックに最後まで貼り付いて馬を見極めていたのは後悔していない。おかげで買う候補の馬を絞れたし、予想外に良かった馬を見つける事も出来た。それなりに予想の精度は良くなったはずだ。

 しかし、そこから買う点数を抑えるために、更に買う馬を絞る必要があった。そこでどの馬を切るのか迷ってしまった。

 中央から地方に転入して2戦目の2頭。共に前走は案外だったものの、力負けには見えない。移籍初戦は太り気味の体重だったが、今回はしっかり落としてきた。そして中穴の1頭。ここ近走はイマイチだが、パドックでの様子が予想外に良好。それに乗り替わった鞍上はあの吉原だ。重賞のような大きなレースには滅法強い。その手綱捌きに何度驚嘆した事か。マジックのように2着にねじこんでくるかもしれないと思うと恐ろしい。そして、大外枠の馬も取捨を決め難い。連勝中で、ここ1年近くで馬券圏内を外してない。今回も人気をしている。安定感が魅力だが……困った事に鞍上は西だ。滅多に買わないのだが、最近メキメキと成績を挙げてるせいで何度も3着以内に入り、その度に俺の馬券を叩き割る。たまに買い目に入れれば面白い程に画面から消えていく。下手な騎手ではないが、俺と相性が悪すぎて買うのを躊躇う点もある。

 さぁ、どうするか……

 心の中でずっとブツブツと呟いた結果、地方転入2戦目の片方と吉原の馬を取る事にした。ごめん西。連対したら咽び泣くからな。


 気付けば、2人が買い終えて、後3人になっていた。相変わらず油断はできないが、悪くないペースだ。

 暫く見守っていれば、また1人、購入した馬券を片手に列から抜けていく。そして赤い四角の中の白抜きは、「1分前」に形を変える。

 よしよし、1人当たり20秒程度で済ませれば間に合うぞ。

 ……なんて思っていたのが甘かった。

 おい、前の前の奴がなんか券売機の画面を弄ってるぞ。マークシートにどこかしらミスがあったのだろう。うわぁ手間取ってる戸惑ってる。

 あのムーヴから察するに初心者だろう。若いし、馬券を買えるようになったばかりとか、最近競馬にハマった人ではなかろうか。

 とは言え、勘弁してくれよ………………

 噴き出すように、焦りが一気に生まれる。

 そんなルールはないのだけれど、初心者が締切直前で買うのはやめてくれぇ‼︎ ノロノロしてるつもりはないだろうが、券売機の前で手間取られると、時間かかるのに後ろを待たせる事になるんだ。馬券を沢山買うせいで時間かかる人も中々厄介だが、マークシートに不備があって時間をかける人の方が、その人次第で時間を短縮できる分タチが悪い。

 ……念の為俺も再確認しておこっと。

 競馬場OK、レースOK、式別OK、馬番OK、購入金額もOK。それに応じた金も片手に準備してある。

 おっ、確認を終えたタイミングで、漸くいなくなった。買えたようだ。

 さぁ前には残り1人。頼むぞおじさん、すぐに済ませてくれ……‼︎


 その時だった。

 ドドソソララソ〜とメロディが流れる。

 まずい。これは締切直前のチャイムだ。もう時間がない。

 大井競馬場は、きらきら星が2回、そしてアラームのような音が続き、その後に締切を告げる音声が流れる。

 気分は2000年有馬記念。

 さぁ俺はどうする‼︎ 残り数十秒しかありません‼︎

 焦燥に駆られる中、丁度きらきら星2回目が流れ始めたあたりのタイミングで、目の前の人が馬券とお釣りを慣れた手つきで取って抜けていく。ナイスだおじさん。

 さぁ後は俺の動き次第だ。

 札と小銭を投入。

 機械に金が消えていくと同時に、マークシートを急いで挿入。

 投入金額が読め込まれ、画面には購入した買い目が表示される。

 ウィーンという機械音がする。

 よし、間に合った‼︎ 馬券が発行中だ‼︎

 その瞬間、リリリリリ……という音が響く。

 締切を告げる音だ。

 だが俺の馬券は、既に購入が済んでいた。

 ピッピッという音と共に、2枚の馬券が出てくる。

 気分は2000年根岸S。

 届くか‼︎ 届くか‼︎ 届くか‼︎ 届くか‼︎ 届いた‼︎ 届いた‼︎


『ただいま、大井競馬第11レースの発売を締め切りました。ご投票、ありがとうございました』


 俺が抜けるタイミングで、そのメッセージが流れる。

 後ろに待っていた人も、俺と同じように急いで金を投入していた。

 大丈夫‼︎ アナウンスの後も10秒程度はまだ買えるから‼︎ 多分‼︎

 それより後ろの人は……ご愁傷様です。


 俺は投票所を後にし、ゴール100m前らへんへ向かって歩き始める。

 既に人は多い。最前列で見るのは難しそうだ。

 ふと視線を落とし、購入した馬券を見る。

 人気ないのがくれば配当は300倍を超える。そうなれば今晩ちょっと贅沢をするのだって可能だ。

 そのためには、まずは選んだ軸馬2頭が1着に来てくれなければ始まらない。頼むぞ、御神本に吉井。今まで何度も世話になっているが、今回も来てくれ。

 胸が高鳴る。それは当たった自分を想像しているからというだけではない。

 これから始まるレースが何より心を弾ませる。どんなレースが見られるのだろう。誰かが圧勝してしまうのか、それとも激しい叩き合いで盛り上がるのか、はたまた人気のない穴馬が突っ込んで驚きに包まれるのか。

 まだ結果の分からぬレースの行く先に、無限大の想像を広げる。


「楽しみだな……」


 そう呟くと、片手に持った馬券をそっと胸ポケットにしまい、人ごみの中に紛れていった。

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競馬場、締切目前、投票所にて トレケーズキ【書き溜め中】 @traKtrek82628azuki

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