5そして猫との暮らしが始まる
目を覚ました私は、まず首を動かして部屋の中を見回した。ウミは見当たらない。少なくとも私の視界の届く範囲にはいないということだ。枕元のスマートフォンからアプリを起動して、昨夜の録画映像を見てみる。部屋の中を探索し終わったウミは、最終的にカーテンの裏に隠れたようだった。確かにカーテンが膨らんでいる。
私は起き上がると、なるべく音を立てずにカーテンの側まで移動した。このカーテンの向こうにウミがいる。しかし……、しかし私はこのカーテンをめくっていいのだろうか。私はウミと向き合えるのだろうか。いや、向き合わなくてはならないのだ。
だがしかし、少し待って欲しい。私が茹でカツオという武器を準備するまでは。私は一旦後退して、お湯を沸かしカツオの真空パックを湯煎すると、小さくほぐして餌皿の上に乗せた。まずは私一人で向き合って、ダメなら最終兵器を使うとしよう。そう決めて餌皿をカーテンから少し離れたあたりに置くと、私は再びカーテンの側まで歩み寄った。そしてカーテンの端を手でつまみ、ゆっくりと息を吐いた。準備は整った。今度こそカーテンを開こう。私はそっと手を動かした。
果たしてウミはそこにいた。ただいたのではない。逃げずにいたのである。今なら出来るかもしれない。私はじりじりと手をウミに近づけた。しかし、私の幻想もそこまでだった。ウミは私が伸ばした手の横をすり抜けていった。私は数秒の間落胆していたが、何かに違和感を覚えたのである。ウミは私の横をすり抜けたはずなのに、なぜか私の視界にはウミが映っている。それが私の思いが生み出し幻影ではなく、窓ガラスに反射したウミの姿だと気が付くのには更に数秒を要した。ウミはまだ物陰に隠れていない。どうして。物陰に隠れずに何をしている。振り返るとその答えはすぐに分かった。ウミはカツオを食べていた。結局最後に勝ったのはカツオだった。
だが、ここで終わりにしてはいけない。まだ私にはやるべきことがあるのだ。ウミは私が隣にいるにも関わらず、カツオを食べ続けている。今度こそ、いけるかもしれない。いけ。
私はウミにそっと手を伸ばした。ウミはもう逃げなかった。そしてウミは我が家の猫になった。
一年後のある日。今日の仕事はいつもより多かったが、何とか定時までに終わらせることが出来た。残業なんてしてはいられない。私には早く家に帰るべき理由があるのだ。終業の挨拶もそこそこに私は職場を飛び出して、家路を急いだ。
家に帰ると、私は手早くうがいと手洗いを済ませ、居間の扉を開けた。そこにはいつものようにウミが床の上に寝転んでいた。
そして猫との暮らしが始まる/おわり
そして猫との暮らしが始まる さくらすいそ @sakura_h2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます