名もなき聖者を崇拝せよ
金剛ハヤト
名もなき聖者を崇拝せよ
『よぉハート!今日もオレと一緒に世界を救おうぜ!』
彼は私を見ると、毎日のようにそう言う。そのたびに私は、「この前救ったばかりだろ」と言う。
彼の言う世界は、恐らくは、世間一般で言う日常生活だと思っている。彼がよく『これで世界は救われたな!』と言いながらボランティア活動をしている姿を私はずっと隣で見ていた。
一回だけ聞いたことがある。なぜそんなことを毎日するのか?それに一体何の意味があるのか?
彼はこう答えた。
『人はただ善くあるべきなんだ。だからオレは、ただ善くあろうとしているんだ』
性善説に依存するようなその一言はまさに彼の生き様を現していた。そんな彼はみんなから好かれる人気者だった。
あるとき、彼と私の故郷である小さな村が謎の怪物に襲われた。彼と私はたまたま出かけていたお陰で難を逃れたが、そこにいた村民全員が喰い殺されていた。
忌み子として嫌われていた私は特に何も思わなかった。ただ漠然と、「出かけていてよかった」と思った。
しかし、彼は違う。彼は一夜にして全てを失ったのだ。家族も友も、親戚のおじさんおばさんも全部失った。たった一夜でだ。その苦しみがどれだけ大きいかは私ですら何となく分かっていた。
その日から彼は少し変わった。救う対象が正真正銘、世界に変わったのだ。
理由を聞いても「そうするべきだと思ったから」としか答えない。まるで感情が欠落した人造人間のようだった。そのとき私は、彼は感情をも失ったのだと冷たい人形になり果ててしまったと思った。
────それが勘違いであることに気付いたのはふとしたきっかけがあったからだ。
数年が経過した頃、彼は預言者として世界に名をとどろかせていた。彼が言葉を放つと、世界が言う通りに変化するみたいだった。あるときは大地震を、あるときは大嵐を、あるときは戦争を、まるで未来をカンニングでもしているのかと言いたくなるほど完璧に予言してみせた。
あるとき、その通りの言葉を冗談半分で言ってみた。返ってきたのはまさかの肯定だ。その時から私は、彼を変えてしまったその何者かを憎むようになった。
ソイツのせいだ。彼が感情を欠落したのはソイツのせいだと、根拠もなく確信があった。
彼の元気な笑い声が嫌いじゃなかった。いつもいつも私の研究の邪魔をしてくる彼の突飛的な提案が嫌ではなかった。人を助けることが当たり前だと考えているその思考回路が不思議だった。
だから私は彼を気に入っていたのに。何者かが彼を機械に変えてしまった。
その何者かを突き止めるにはひどく苦労した。それがある種の神であるという正解にたどり着いたころには、私はもう腰の曲がった老いぼれとなっていた。
結局彼は二度と元に戻らなかった。村が滅びてから、彼は一度も感情というものを露出させなかった。
それが悔しくて仕方がない。本当の彼はそんな人じゃないのに。
せめて、せめて彼を唆した神に一矢報いたい。そう思った私は、生涯を捧げたことにより完成した特殊な装置と異能────私はこれを
このプロセスは一度発動すると私の意志で解除するまで永久に作動する。そうなるように私が設計した。例え神であっても解除は出来ない。させてなるものか。私が神に対抗するために作ったのだから。
そして百年後の世界に二度目の生を受けた私は、絶句した。
彼の名が消滅していたのだ。彼の存在は、「名もなき聖者」という架空の人物になっていた。────ふざけるなよ。
なぜこうなった?その答えは歴史にあった。
やはりあの神の介入があったのだ。やつは、彼の存在を神格化させて自分の功績にしようとしている。だから彼の名前をこの世界から消し去り、己と彼の存在を同一視させようとしている。
はらわたの奥底が活火山のように煮えていた。最早、一矢報いるだけでは私の気が済まない。自分が何をしようとしているのか、その行いが如何に彼に対する冒涜であるのか。その命を殺して教えなければ、もう我慢ならない。
「もう少し、待っていてくれ────」
♢
気が狂うほどの転生を繰り返し、準備は整った。あとはやつを殺し、彼の名を知らしめるだけだ。
世界よ。よく見ておけ。
名もなき聖者を崇拝せよ。
名もなき聖者を崇拝せよ 金剛ハヤト @hunwariikouka
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