最終話 【緑の魔女】と蔑まれし王女が、多くの人々から愛されて幸せになった物語

 ヨルムンガルド帝国に帰還してから、2日目。


 ガウニィ・スキピシーヌが目を覚ました。




 彼女は泣きながら、わたしの無事を喜んでくれた。

 自分の方が、何倍も大変だっただろうに。


 救出したことについても、こっちが恐縮するぐらい感謝してくれた。


「このいのち、姫様に捧げます!」


 とか大げさなことを言い出したので、


「そう? それじゃ元気に長生きして、おばあちゃんになって死ぬまでわたしの友人でいてね」


 とお願いしたら、さらに号泣された。




 ちょうど病室でガウニィから泣きつかれている頃、王国に潜入している帝国の諜報部員から魔法通信による報告が入った。


 「早くもヴァルハラントの大地から、神獣の加護が消滅した」と。




 これで王国の食糧生産量は、ガタ落ちだ。


 帝国と、り合いをしている場合ではなくなる。


 そう思っていたのだが――




 ヴァルハラント王国が取った行動は、信じがたいものだった。


 ヨルムンガルド帝国への侵攻を開始したのだ。


 それを聞いたわたしは、頭が痛くなった。




 おそらくオーディン国王は、こう考えたのだろう。


 「広大な領土を持つ帝国から奪えば、食糧事情はどうにでもなる」と。




 なんと浅はかな。


 「腹が減っては戦はできぬ」という格言が、あるではないか。




 ……いや。

 この格言は、失伝されているのか。


 わたしは離宮の図書館跡で、古い書物からこの言葉を知ったのだ。


 ヴァルハラント王国は神獣の加護により、ここ千年ほど食料に苦労したことがない。


 へいたんを、軽視する傾向にあるのかもしれない。




 そもそもヨルムンガルド帝国とヴァルハラント王国では、軍事力の差が圧倒的なのだ。


 飛空艇【白銀の翼】を目にしておきながら。

 しかも1度は王都上空への侵入を許しておきながら、それが理解できないとは。


 理解できないのではなく、理解したくないのかもしれない。


 愛国心やきょうを持つのはけっこうなことだが、今のヴァルハラント人達は完全に目が曇っている。


 神獣に見放されて、破れかぶれになっているのもあるだろう。




「オリビア姫。申し訳ありませんが、私は皇帝として、全力で貴女あなたの祖国を叩きます」


「フェン様。ご配慮くださり、ありがとうございます。お優しいのですね」


 「全力で叩く」。

 それは短期決戦にするという意味に他ならない。


 長期戦になれば、王国軍末端の兵や一般市民が苦しむ。




 本気になった帝国軍の強さは、圧巻だった。


 開戦からわずか3日で、王都を制圧。




 しかし、オーディン国王達を捕らえることはできなかった。

 

 オーディン国王と、その妃達。

 妹のエリザベート。

 兄である王太子。

 公爵令息であり、かつて婚約者だったトール様。


 フェン様達が王宮内に突入した時、すでに彼らは殺害されていたのだ。


 王国内で密かに力をたくわえていた、反乱軍レジスタンスの手によって。


 彼らはオーディン国王から冷遇され、神獣フェンリルの加護が失われた地域に追いやられた貴族・平民達によって結成されたグループだった。


 無謀な帝国への侵攻にごうを煮やし、決起したという。


 レジスタンスは自ら政権を立ち上げることはせず、帝国に下った。


 賢い判断だと思う。


 帝国に頼らなければ、ヴァルハラントは大勢の餓死者を出す。


 幸いわたしが伝えた肥料や【植物成長促進魔法】の技術によって、帝国の食糧生産量は爆発的に増加するきざしを見せている。


 支配下入りしてくれれば、かなりの食糧支援・技術支援が可能なはずだ。




 こうしてヴァルハラント王国は、大陸の地図から消滅した。


 これからはヨルムンガルド帝国の一部となり、帝国貴族がヴァルハラント公に任命され治める。




 良かった。


 帝国の一部となったことで、わたしも心置きなくヴァルハラントへ行くことができる。


 あそこには、母上のお墓があるのだ。


 ぜひとも墓前で、報告しなければ。


 「わたしはヨルムンガルド帝国で、幸せになれそうです」と。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






「ふう……。なんだか実感が、湧かないわ……」




 わたしが座っている場所は、帝都のオケアノス宮殿にある空中庭園。

 そこに特設された席。


 時刻は夜。

 日が暮れて間もない。


 恰好はなんと、純白のウェディングドレスだ。


 そう。

 今夜はわたしとフェン様の結婚式。


 そして今はもう式が終わり、結婚披露パーティの最中なのだ。


 プロポーズを了承してから、まだ3ケ月ちょっとしか経っていない。


 信じられないスピード婚だ。


 普通、皇族や王族の結婚はもう少し時間をかけるものだろう。


 フェン様が早く式を挙げたがっていたのもあるが、周りからのプッシュも凄かった。


 先帝スルト陛下に、アルベルティーナ上皇后陛下。


 皇族の方々や帝国の重鎮達。


 宮殿に務める執事や侍女、メイド達からまで、


「早くフェン・ルナ・ヨルムンガルドと結婚して欲しい」


「絶対に、逃がさないからな」


 と、言いたげなオーラを感じた。


 帝国、怖い。




 ガウニィも、早くわたしを結婚させたがった。


 どうやら彼女は離宮に居る頃からフェン様が男性だと気付いていて、わたしとくっつけるつもりでいたらしい。


「姫様が片付かないと、安心して自分の婿むこ探しができないじゃないですか。フェン様みたいなイケてる帝国男子を、ワタクシもゲットしたいのです」


 などとのたまっていた。


 「片付ける」発言に何だかムッとしたので、結婚適齢期ギリギリなことをイジってやった。


 そしたら真顔になってフェン様に、「独身のイイ男は、ご存じありませんか?」と尋ねていた。




 さらにはポチまで帰ってきて、


『オリビアと若き皇帝の結婚式はまだか?』


 と言い始めた。


 世界を見て回る旅はもういいのかと尋ねたら、


『1ケ月で大体回れた。もう飽きた。今はオリビアの子供が、早く見たい』


 と、尻尾を振りながら答える。


 なんだか『孫の顔を見せろ』的な面倒臭いわんこになっていたので、帝都のペットショップで売っている犬用ジャーキーを与え黙らせておくことにした。


 今もパーティ会場の隅で、美味しそうにジャーキーを噛んでいる。




 結婚披露宴パーティには、大勢の人々が参加していた。


 皇族・貴族の方々。


 周辺諸国や属国の王族。


 政財界の大物達。


 帝国軍や帝国近衛騎士インペリアルガード部隊のお偉方。


 皆がわたしとフェン様の結婚を祝ってくれる。




 あまりに結婚までが早かった。


 おまけに目の前では、夢のように華やかな披露パーティが展開されている。


 なので先程のような、「実感が湧かない」発言がこぼれ出てしまったというわけだ。




「私と結婚したという実感が、湧かないのですか?」


 隣の席に着いていたフェン様が、尋ねてきた。


 今日の彼は、帝国軍の軍服を着用している。

 これが結婚式における、皇族の伝統らしい。


 フェン様の長い銀髪が映える、黒色のつめえり

 それを黄金のボタンかざりが、美しくいろどる。


 思わず、ゾクリとしてしまうような恰好良さだ。




「フェン様……。短期間で、あまりに多くの出来事が起こり過ぎて……。正直まだ、混乱しています。離宮を出てから、半年も経っていないのに……」


 「実感が湧かない」発言に、フェン様は「ふふっ」と優しく微笑みかけてくださった。


 そして一緒に、席を立つようにうながす。


 主役の2人が席を離れていいものかと一瞬迷ったが、このタイミングなら構わないだろう。


 パーティの参加者達は、食事をしながらの歓談タイム。


 先帝スルト陛下とアルベルティーナ上皇后陛下が、余興としてダンスを踊っていた。


 社交ダンスとは異なる、かなりダイナミックな踊りだ。


 フェン様のおとうとぎみであるバーナード様が、手拍子ではやし立てていた。


 会場の注目は先帝夫妻に集まっているので、わたしとフェン様が少々席を外しても大丈夫なはず。




 エスコートされて、空中庭園の端へ。


 すり越しに、帝都を一望できる場所だ。




 いつも魔法灯がきらめいている帝都の夜景だが、今夜はいつにも増して明るい。


 わたしとフェン様の結婚式に合わせ、お祭りがもよおされているのだ。


 昼間にも街で結婚パレードをしたのだが、凄まじい賑わいだった。




「見なよオリビア。このお祭り騒ぎは、朝まで続くだろう。皆が俺と君の結婚を、祝福してくれているんだ」


「ヨルムンガルド帝国は、わたしを受け入れてくれるのですね……。有難いことです」


「きっと帝国民の皆も、同じように思っているはずだよ。『この国に来てくれて、ありがとう』と」


「帝国民の皆様のお役に立てるよう、頑張りますね」


「おっと。ポチも言ってただろう? あまり『他人の役に立つ・立たない』に、こだわり過ぎないようにと。肩の力を抜くことも、大事だよ」


「でも……」




 その時、背後からガウニィの叫び声が聞こえてきた。




「姫様ぁあああ! 助けてくださぁあああい!」




 振り返れば侍女のガウニィ・スキピシーヌが、スカートを摘まんで少し持ち上げながら全力疾走してきた。


 帝国の優れた医療技術により、王国軍の拷問による傷などは完治している。


 アフタヌーンドレスがとても良く似合っているのだが、その全力疾走は淑女としてどうなのだ?




「どうしたの? ガウニィ」


「ワタクシ、追われているのです!」




 一体何に?




 そう思って彼女が走ってきた方向に視線を向けると、4人の男達が殺到していた。




 ヨルムンガルド帝国、宰相の息子。


 帝国近衛騎士インペリアルガード団長。


 帝国一の大商人。


 そしてヴァルハラント公に任命された公爵。




 全員、見ているだけで目が潰れそうな美形揃いだ。


 フェン様に匹敵する。


 誰もが指輪やら花束やらの贈り物を持って、ガウニィを追いかけてきていた。




「あら、ガウニィ。モテモテじゃない」


「いきなりモテ過ぎです! あんなハイスペック超絶美形達に求婚されるなんて、心臓が持ちません!」


「皆さん美しい殿方だけど、帝国では流行りのお顔ではないらしいわ。女性とは、縁がないんですって。勿体ないわよね。貴女あなたはああいう男性が、タイプなんでしょう?」


「それは……。大好きですけど……」


「身を挺して【ほうじょうの聖女】を逃がした有能侍女。しかも自分達の見た目も受け入れてくれそうな女性だということで、争奪戦が始まっちゃったのよね」


「そんな展開、ロマンス小説の中だけで充分です! せめて心の準備をする時間を下さい!」




 美形軍団が近くまで迫ってきたので、ガウニィはわたしとの会話を中断して逃走を再開した。


 「きょわ~!」などと、不思議な悲鳴を上げながら。


 いずれあの内の誰かに、捕まることだろう。

 物理的な意味ではなく、恋愛的な意味で。




 4人共、ガウニィの結婚相手としては申し分ない相手だ。


 想いも真剣なようだし、きっと彼女を幸せにしてくれることだろう。


 ガウニィ・スキピシーヌには、幸せになってもらいたいものだ。




「あ……。そういうことか……」


「ん? どうしたんだい? オリビア」


「いえ。ようやく理解したんです。ヴァルハラント王国に居た頃、どうしてわたしは皆の役に立ちたいと強く願っていたのかを」


 わたしは見たかったのだ。


 国民が――誰かが幸せになる姿を。


 理屈じゃない。


 損得勘定でもない。


 誰かが幸せになると、わたしも心が温かくなる。




「そうだね。そしてそれは、オリビアの周りにいる人々もそう思っている。ポチはこうも言っていただろう? オリビアが幸せに生きてくれるだけで、救われる者は多いと」


「ならばわたしは、幸せにならねばなりませんね」


「そうだよ。だから俺は、君を幸せにする。君から幸せにしてもらう」


「ふふふっ。皆で幸せになりましょう」






 互いの唇が近づく。






 次々と打ち上げられる花火に照らされながら、わたしとフェン様は唇を重ねた。






 それはとてもとても、幸せの味がするキスだった。






【緑の魔女】と蔑まれし幽閉王女が、美貌の女騎士から溺愛されて幸せになるまで ※なお女騎士の正体は女装した隣国の皇子であるとする




―――完―――





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【緑の魔女】と蔑まれし幽閉王女が、美貌の女騎士から溺愛されて幸せになるまで ※なお女騎士の正体は女装した隣国の皇子であるとする すぎモン/ 詩田門 文 @sugimon_cedargate

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