第45話 わからせられちゃった……

 たそがれぞらにグングンと昇っていく、わたしとフェン様。




「いやぁ! フェン様の意地悪! わたしがこういうの苦手なこと、知ってるくせにぃ!」


「騙されませんよ、オリビア姫。貴女あなたは飛竜での飛行を怖がっていたが、それは下降する時だけだ。落下の浮遊感が苦手なだけで、高い所は別に平気でしょう?」


「うっ」




 そこまでわたしのことを見てくれていたのか、という嬉しさが湧き上がる。


 同時にていねんも湧く。

 見透かされているなら、怖がるフリをして解放してもらうのは無理だと。


 確かに、全然怖くはないのだ。


 フェン様が空いた右手で、しっかり抱き留めてくれているし。


 光の鎖で、彼の体に固定されているし。


 しかし、だからこそ早く降ろして解放してもらいたい。


 ずっとフェン様と密着しているというのは、心臓に悪いのだ。


 鼓動が速くなり過ぎて、もたない。


 ドキドキしているのを、知られたくないないし。


 そんなの恥ずかし過ぎる。


 あと、「鎖で縛られると興奮するタイプ」などという誤解を与えてしまっては困る。


 うん。

 誤解だ、誤解。




 大地と飛空艇の中間辺りまで上昇したところで、突然スピードが落ちた。


 フェン様が、光の鎖を巻き上げる速度を遅めたのだ。




「強引に空へと連れ出して、申し訳ありません。どうしても貴女と、2人っきりになりたかったのです。一刻も早く」


「えっ?」


「どうもオリビア姫には、私の愛が充分に伝わっていないようだ。だから単身で王国に乗り込むなどという、無茶をする。自分を大切にしない。『自分に何かあったら、悲しむ人がいる』という自覚が足りない」


「うう……。反省していますから……」


「いや、これは私も悪い。愛情表現が、足りなかった。この狂おしい程の気持ちを伝えきれていたら、貴女もこんな真似はしなかったはずだ。事前にちゃんと、相談してくれたはずだ」


「え~っと? フェン様?」


「だから一刻も早く、愛情表現をすべきだと思ったのです。プロポーズ、第2弾の時間です」


「ふえっ!?」




 フェン様のあかそうぼうが、ギラリと光る。




 どんな甘い言葉をささやいてくるのだろうと、身構えるわたし。




 しかしフェン様の口からつむぎ出された言葉は、素朴で飾り気のないものだった。




「ひと目惚れだったんだ」


「へ?」


護衛騎士プリンセスガード選考会の時、きみは侍女の格好をして観客席に紛れ込んでいただろう? あの時に見つけて、笑顔が素敵な子だなって……」


 遊園地サレッキーノ・パークでデートした時と同じ、フレンドリーな口調だ。




「俺はあの選考会の時、君にいい所を見せたくて剣を振るっていたんだよ。潜入任務のことなんて、忘れていた」


「ええっ!?」


 それではまるで、そこら辺に居る平民の若者みたいではないか。


 キレ者皇子の思考回路ではない。




「オリビア、君は人を見た目で判断するような男は嫌いだろう? だけど俺は、君の中身がどんな人か知る前から、好きになってしまった」


「それは……」




 確かにわたしは、見た目だけで判断されるのは嫌だ。


 緑の髪と瞳というだけで、周囲からさげすまれてきたのだから。


 人格や積み重ねてきた努力を見てくれる男性が、現れたら素敵だなと夢見ていた。


 しかし――




「それならわたしも、ひと目惚れです」


「オリビア?」


「女騎士リルとして、闘技場に登っていく姿から目が離せませんでした。しくて、カッコイイと思いました」




 そう。


 思えばあの瞬間から、わたしは惹かれていたのだ。




「最初にプロポーズを受けた時、わたしは問いました。『わたしなどの、どこが良いのですか?』と。そうしたらフェン様は、『全部です』とおっしゃったのです」


「確かに、そう答えたな」


「見た目だけではない。中身だけでもない。全てを好きになってくれるというのは、とても嬉しい」





 緑の髪と瞳も。


 幼さの残る顔や、小柄な体格も。


 すべて亡くなった母上が、授けてくれたものだ。


 わたしの大事な宝物。




「そうだ。俺はオリビアという存在の全てを愛している。頑固なところや、無茶をしでかすところも含めてな」


「わたしもフェン様の全部が好きです。ちょっと意地悪なところや、たまに垣間見える嫉妬深いところも」




 お互い「ふふっ」と息を短く吐いて、微笑み合う。


 フェン様のお顔は真っ赤だった。


 夕日のせいなのかもしれないし、照れているのかもしれない。


 わたしの顔も、おそらく真っ赤になっているのだろう。


 こんなにも、胸が熱いのだから。




「オリビア。俺と結婚してくれないか?」




 ガウニィは救出された。

 家族もろとも、帝国で平和に暮らすことができるはずだ。


 フェン様は皇帝となった。

 もう誰かが引きずり下ろすのは、難しいだろう。

 妃になる者の身分が、足を引っ張ることはない。

 よく考えたらアルベルティーナ様も亡国の王女なので、ヴァルハラント王家から見放されたわたしと大差ない気がする。


 もう、いいのではないか?


 自分の欲求に、素直になっても。




 わたしは大きく胸に息を吸い込んだ。




 今度こそ、チャンスを逃さないために。




「はい! 喜んで!」




 お互いの顔が、近づいていく。


 心と心。


 唇と唇が引き寄せ合う。




 夕日だけが見守る中、わたしとフェン様は唇を重ねた。




 日が落ちるまで、何度も何度も。




 頭上の【白銀の翼】から、


「おーい! 兄者! 出航するぞ! いつまでイチャついてるんだ! 早く上がってこいよ!」


 と、大声で呼ばれるまで。






■□■□■□■□■□■□■□■□■






 その後は大変だった。


 無茶をした罰として、フェン様からわからせを受けたのだ。


 飛空艇内にある司令官用の部屋に連れ込まれたところで、わたしはようやく光の鎖から解放される。


 その代わり、フェン様の膝上に座らされたのだ。


 そのままギュッと抱きしめられ、耳元で延々と甘い言葉をささやかれた。


 わたしのことを、どれだけ愛しているのかと。


 わからせは、帝国に到着するまで続いた。






 おかげでわたしは、腰が抜けて立ち上がれなくなった。




 完全に、わからせられてしまった。






 

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