第44話 今度は逃がしません。絶対に

 光の鎖は柔らかい感触で、痛みはない。


 しかしガッチリと強く拘束されていて、逃げられそうになかった。




「えっ? この光の鎖は……? 【宝剣グレイプニル】? フェン様? 一体何を?」


「『何を?』 じゃありませんよ、オリビア姫」




 縛られたわたしのあごを、フェン様は指でクイッと持ち上げた。


 笑顔だったが、目は笑っていない。




「いけないだ。皆に心配をかけて……。なぜひと言も相談せず、姿を消すなんて真似をしたのですか?」


「それは……その……」


「言い訳は後から、たっぷり聞かせてもらいましょうか? そう、たっぷりとね」


「ひえっ! フェン様、怖い」


「私も怖かったですよ。貴女あなたを失ってしまうのかと思って」


「ごめんなさい。本当に反省しています。だから、この鎖を解いて」


 周囲のヴァルハラント人達は行動不能だが、意識はある者も多い。


 大勢が見ている前で縛り上げられるというのは、なかなかのはずかしめだ。


 いくら相手がフェン様とはいえ、さすがに嫌――なはず?


 ちょっとゾクゾクしてしまっているだなんて、気のせいだ。




「ダメです。放っておくと、すぐ貴女はどこかに行ってしまう。こうするしかないでしょう? 今度は逃がしません。絶対に」


 光の鎖で縛られたままのわたしを、フェン様はよこきにかかえ上げる。


 さらに【宝剣グレイプニル】に命じた。

 ご自分の体とわたしを、一緒に光の鎖でぐるぐる巻きにしてしまう。




「さあ、帰りましょう。ヨルムンガルド帝国へ」


「えっ? ちょっと? まさかわたしは、この体勢のまま帝国に連行されるのですか!? やだぁ!」


 身をよじっても、フェン様の腕の中から逃れることは不可能だった。


 くぅ……。

 恥ずかしいし情けないが、仕方ない。


 これが無謀な行いへの、罰だということだろう。




 立ち去ろうとするわたしとフェン様の背後から、怒声が飛んできた。



 

「待て! 貴様! こんな真似をして、タダで済むと思っているのか!?」




 オーディン国王だ。


 神獣フェンリルの魔力に当てられても、意識を保っていたか。


 だが膝がガクガクで、立ち上がることは無理なようだ。




「こんな真似? はて? 私は何かしましたかな?」


「とぼけるな! 若造! 王都の上空まで飛空艇を乗りつけ、しかも我が娘オリビアを……【豊穣の聖女】を奪っていくなど!」


 この人は、今さら何を言っているのだ?




「オーディン陛下。先程、皆の前で公言しておられましたよね? 『汚らわしい髪と瞳の色を持つ者が、我が娘などであるわけがない』と」


「おお! 愛する娘、オリビアよ! 許してくれ! お前が【豊穣の聖女】だったとは、知らなかったのだ」


「神獣フェンリルの話を、聞いていらっしゃらなかったのですか? 神獣の加護はもうすぐ、効力が切れます。加護を増幅ブーストすることしかできない【豊穣の聖女】は、もうどこにでもいる普通の人間でしかありません」


「それでも、神獣が娘のように思っている存在であることに違いはあるまい。オリビア! お前がこのヴァルハラントに居れば、神獣フェンリルは戻ってきてくれるはずだ!」




 石畳をいずりながら、かつて父親だった男がにじり寄ってくる。


 わたしはどうして、こんな男の愛情を欲していたのか。




「今さら娘だなどと言われても、もう遅いです。行きましょう、フェン様」


「オリビア! お前は親を、見捨てるのか!?」


「わたしの親は、亡くなった母シルビアだけです。ああ、それと神獣フェンリルも。貴方は最初から最後まで、父親ではありませんでした。頑張って国を、立て直してくださいね。国王陛下」




 なおも這いずりながら追いすがるオーディン国王に背を向け、わたしは歩き出した。


 正確には、わたしを抱えたフェン様が――だが。


 光の鎖で縛り上げられているので、どうも格好がつかない。





いやよぉ~! 国力が落ちるってことは、貧乏になるってことでしょう? 王族らしい暮らしができなくなるのは嫌~! 増税で、何とかして~!」


 エリザベートはわんわんと泣き叫びながら、座り込んでいた。


 この子は、状況の深刻さが分かっていないようだ。


 確かに王族は威厳を保つために、それなりの暮らしをしてみせないといけない面もある。


 だが、国全体に深刻な食糧危機が迫るこの状況。


 「生活レベルを落とすのが嫌だ」などとのたまえば、国民の反発は必至。


 挙句に増税などと――




 あんじょう、倒れている大衆の間で殺気が膨れ上がった。


 これは反乱クーデターも、有り得るかもしれない。




「フェン様、ガウニィは……?」


「大丈夫です。【白銀の翼】の隊員が、丁重に飛空艇内の医務室へとお連れします」


「彼女の御両親は?」


「ちょうど今、部下が救出したようです。ほら、向こうで手を振っています」


「フェン様の部下の方々も、いらっしゃる。3人とも、無事に救出されたようですね。良かった。ガウニィ以外に、彼らの安否も気がかりだったので」


「私の部下まで気にかけて下さっていたとは、優しい人だ。しかし、嫉妬もしてしまう。その優しさを、独占してしまいたい。俺だけを、見て欲しい」


「ふぇ……フェン様? 1人称が、『俺』に変わっていますよ?」




 身動きが取れない状態なのに、そんなに顔を近付けるのは反則だ。


 キスされるのではないかと、ドキドキしてしまった。


 恥ずかしいから、人前ではご容赦願いたいものだ。




 人前でないのなら、いいかもしれない。




 るいるいとなっている王都のストリートを抜け、わたし達は【白銀の翼】が停泊している地点まできた。


 着陸はせずに、プロペラを回して浮遊ホバリングしている。


 船底から下ろされる昇降機エレベーターで、乗員達は乗り降りしていた。




「ふむ。エレベーターの順番待ちで、時間がかかりそうですね」


「そうですね。待っている間、縛られっぱなしというのも何なので、1度この鎖を解いて……」


「よし。オリビア姫、我々は別の手段で飛空艇に乗り込みましょう。【宝剣グレイプニル】!」


「えっ? ひゃあああっ!」




 フェン様は左手に掲げた宝剣から、光の鎖を伸ばした。


 それを上空の飛空艇船体に絡みつけ、巻き上げる。






 わたしとフェン様の体は、夕暮れの空へと舞い上がった。





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