第43話 愚かな王と国民よ。これ以上、我を失望させるな
「ポチ……。
すでにポチの頭は、王宮城壁の高さに迫りつつある。
断頭台も、巨大化したわんこに押し潰されてしまった。
いや、もうわんこではない。
顔つきが鋭くなり、凄みのある容姿になった。
これでは犬というより、まるで狼――
はて?
狼?
巨大な狼といえば、言い伝えにある――
「ふぇ……フェンリル! 神獣フェンリル!」
オーディン国王が、驚愕の叫び声を上げた。
神獣フェンリル?
ヴァルハラントの大地に加護を与えているという、あの?
ポチの正体は、神獣フェンリルだったと?
オーディン国王の顔色は真っ青だ。
エリザベートも腰が抜けたらしく、地面に座り込み震えていた。
兄である王太子や、元婚約者のトール様。
その他王侯貴族達も、似たような反応だ。
処刑を見物にきていた一般市民達は、雰囲気に呑まれていた。
皆、石像のように固まっている。
わたしはというと、あまり怖くはない。
どんなに迫力のある姿になろうとも、あれはポチなのだから。
「やはりポチが、神獣フェンリル……。本体はヴァルハラントの地に眠っていたのだから、ポチは力の一部が具現化した分身体といったところか」
わたしの隣で、フェン様は何やら納得しているご様子だった。
緊張してはいるが、怯えてはいない。
神獣フェンリルは、尻尾でガウニィをそっと地面に降ろす。
そして思念波のようなもので、全員に呼び掛けた。
『愚かな王と国民よ。これ以上、
それから神獣が語って聞かせた真実に、人々は衝撃を受けた。
わたしも含めてだ。
最初の聖女クレアと、その願い。
千年に渡り与えられ続けていた、神獣の加護。
それによりヴァルハラントの農作物生産量は、他国の数倍はあったこと。
緑色の髪と瞳を持つ女性は、【
それがいつしか歪み、【緑の魔女】の話に置き換わっていく過程。
そして神獣フェンリルが【豊穣の聖女】達を、実の娘のように大切に思っていたこと。
話を聞きながらオーディン国王は、冷や汗をダラダラと流していた。
神獣の娘とも言える存在を、今まで散々
怒りを恐れるのは、当然の反応だろう。
「長きに渡る眠りから覚めた今、我がこの地に
「そ……そんな! 考え直してはくれまいか? 神獣フェンリルよ。
「どの道、時間切れだ。我が加護の効力は、千年しかもたぬ。娘達を【緑の魔女】と
突き放す神獣フェンリルに、オーディン国王は言葉を詰まらせた。
『我の加護を失った場合、王国の食料生産量は激減するであろうな。国力は低下し、多くの餓死者が出る。まあ自分達で、何とかするんだな』
絶叫が響き渡る。
王侯貴族を含む、ヴァルハラント国民全員の叫びだ。
絶叫は怒号と化し、神獣フェンリルへと浴びせられた。
「情はないのか! ケダモノめ!」
「あんまりよ! 私達が、一体何をしたっていうの!?」
「何が神獣だ! 裏切り者!」
なんて酷い……。
千年もの長きに渡り、ヴァルハラントを見守ってくれていた存在に対してこの言い草。
わたしは怒りのあまり口を開きかけたが、その必要はなかった。
神獣フェンリルが口を開き、
大地が激しく鳴動すると共に、強力な魔力の波動が押し寄せる。
視界に映るヴァルハラントの人間全てが、地面にへたり込んだ。
腰を抜かす程度で済んでいる者もいれば、完全に失神してしまっている者もいた。
わたしやフェン様、ガウニィは大丈夫だ。
周囲に光の膜が発生して、魔力の波動を防いだ。
たぶん、神獣フェンリルが守ってくれたのだろう。
『黙れ! 与えられることを当然だと思い込み、与える者たちを
誰も反論できなかった。
ヴァルハラントという国は、神獣フェンリルや聖女クレアの想いを千年間に渡って踏みにじり続けていたのだ。
壮大すぎる自業自得だった。
『さて、我が娘オリビアよ……』
「ふふっ。ポチがわたしの親だなんて、なんだか不思議ね」
『我も親ではなく、ペットのポチとしてお前の
「わたしでも、貴方の役に立てたのね。良かった。わたし、皆に迷惑をかけてばかりでちっとも役に立ってない気がしていたんですもの」
『あまり「他人の役に立つ・立たない」に、
神獣フェンリルは「ふっ」と優しく笑うと、体を小さくした。
どんどん縮み、普通の狼みたいな大きさになる。
『せっかく自由になったのだ。我はしばらく、旅に出る。ポチの姿では、帝国ぐらいまでしか遠出できなかったからな。千年の間にどう変化したのか、世界中を見て回りたい』
「行ってしまうの? ポチ……」
『そう寂しがることはない。お前が結婚して子供が生まれるまでには、帰ってくる。帝国で待っているがよい』
「気を付けて、行ってくるのよ」
『やれやれ。これでは、オリビアの方が親だな。……行ってくる。元気でな』
神獣フェンリルは――いや、ポチは
見えなくなるまで見送ろうかと思っていたのだが、フッと空中に溶け消えてしまう。
おそらく、空間を飛び越えたのだろう。
ポチが消えた辺りを見つめ、感傷に浸っていた時だ――
突然光の鎖が、わたしの全身に絡みついた。
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