第12話 アオイの秘密(2)

 黒い拳銃を握って狙いを定める。銃口が目線よりやや下のところにあったため、見えたよりちょっと下の方が丁度いい。


 そこだ。定期的に練習しているため、感覚を辿ればわかる。今が打つ時であると。

 

 弾倉が回転して引き金を引く伴に重い金属音がうるさく耳元に響く。左右に揺れ動く的の中心の丸い部分に見事に命中して、的は青い光を放ってから消え去った。


 アオイは最新型の白いVRヘルメットを外し、連携した守り人ガーディアンの専用端末で点数を検査する。


「80点かあ」


 訓練生の頃より大分よくなっているが、まだ基地内の平均値である90点に越えていない。人間側の守り人ガーディアンといい、吸血鬼ヴァンパイア側の守り人ガーディアンといい。みんな凄すぎるよとアオイはため息を吐く。


 守り人ガーディアンは二人で行動を取ることが強要されている。それは吸血鬼ヴァンパイアと人間、両方も条約を守る意思があると示すためと公にはそう言われている。

 が、本当はそうではないと、アオイは知っている。いや、アオイだけでなく、多分守り人ガーディアンを務める皆さんも薄々気づいているはず。


 これは、パートナー同士がお互いを監視し合うためにあった規則であると。

 よって身体能力が弱い人間には専用の対吸血鬼兵器アンチヴァンパイヤツールが支給される。いざという時におかしの真似をした吸血鬼ヴァンパイアを仕留めるためだ。


 だからか、現役の守り人ガーディアンたちは皆戦闘能力が高い。能力が強い吸血鬼ヴァンパイアを抑える目的で、戦闘能力が高い囚人も投入されるらしい。

 そのため、数ヶ月前までただの中学生であり、今は通信制高校に通っている平凡な女の子であるアオイには到底届くレベルじゃない。

 

「そう落ち込まなくても宜しくてよ。的がまとめに当てられない最初の頃より大分上達しているわ」


 後ろから女性の声が聞こえた。振り向くと、そこには白いシャツに白い短パン。基地の配給品で体を包むスタイルが抜群の女性がいる。デザインがシンプルな服装を着ていてもその高貴なオーラを隠さない。ふわりとした栗色の髪が肩まで伸ばして、彼女が拍手すると同時に小さく揺れている。


 彼女は世界的には有名な財閥、九条グループの一人娘である九条優歌くじょうゆうか。人間だった頃の苗字はまだ残っているが、彼女は紛れもなく吸血鬼ヴァンパイアである。しかし、彼女は旧時代の吸血鬼ヴァンパイアたちと違い、自ら吸血鬼ヴァンパイアになることを望んだ新世代の吸血鬼ヴァンパイアだ。

 優歌はアオイと大して年が変わらないからか、そこそこ仲がいい。根性と努力という言葉にすごい執念を抱きやや暑苦しいところを除けば、人柄はいい方だし。人間だろうか吸血鬼ヴァンパイアだろうか差別扱いしたりしない方だ。


 ちなみに、その栗色の髪は地毛である。彼女は純正な日本人なので、本来は黒髪だったが、吸血鬼ヴァンパイアになってから髪色も変わっていたらしい。

 余談だけど、吸血鬼ヴァンパイアになってから毛髪の色が突然変異するのはよくある話で、そのため基地内では人間の地毛にしてはあり得ないほどカラフルな髪色をちょくちょく見かける。

 むしろ吸血鬼ヴァンパイアであってもきれいな黒髪を持つユヅキの方が特殊なのだ。そういうところもユヅキが特別であると示している、と優歌を見てからアオイは思う。


 アオイを励ますよう、優歌は続けて言う。


「アオイさんは十分やれてるわ。左目の死角にあった標的もちゃんと撃てている。次のステップに進んでもいいわ。誇りに思いなさい」


 ユヅキの同期で、ユヅキに次ぐ次席の座を取った優歌は決して弱くはない。彼女に褒められているということは、アオイは確実に強くになっているのだろう。

 過保護のユヅキに心配をかけないため、稽古をする時間が限られている。そんな状況で、アオイの成長スピードはかなり速い方だ。


 けれど、それだけじゃ足りない。

 それだけじゃ自分を守れる力すら持っていない。今のままだとユヅキの足手まといにしかならないのだ。


 苦々しい表情をしたアオイに、優歌は語る。


わたくしやユヅキさんほどにいかなくても、アオイさんもかなり強くになっているわ。少なくとも、防衛班の大人たちには勝てているわ」


 慰めの言葉、という訳ではなさそう。九条グループとして働く時は言葉を巧に操って自分たちに有利な方向へ働かせたりはするけれど、九条優歌は基本的には素直な人間だ。だからこそアオイは彼女を自分のコーチになるよう頼んだのだ。


「そう……だね」


 やっぱり私が焦り過ぎたのだろうか、とアオイは眉をひそめる。依然として納得いかない顔をしたアオイに、優歌は微笑みをかける。


「貴方は十分強くなっていた。けれど、向上心があるのは決して悪い話ではないわ。一旦休憩してから手合わせしましょう」

「はい! 」


 アオイは首を縦に振る。


 休憩時間に入ったアオイは、白い壁に寄りかかって、タオルで汗を拭く。横でストレッチしている優歌は不思議そうに問いかける。


「ちょっと伺ってもいいのかしら? どうしてアオイさんは対吸血鬼兵器アンチヴァンパイヤツールを使わないのでしょうか? 訓練所から卒業したってことは、兵器ツールが支給されているわね」


 優歌がそう思うには一理があった。守り人ガーディアンになった人間は皆、その人にしか使えない対吸血鬼兵器アンチヴァンパイヤツールが支給される。自分の血を与えば体と一体化して、吸血鬼ヴァンパイアに比べても遜色ない身体能力を獲得する。性能に明らかに差をつけたので、守り人ガーディアンは普段、銀の銃弾を撃つ通常用の拳銃を使わない。

 が、アオイにはそうにはいかない。あの引き出しに置いといた銀色の光を放つナイフを思い出す。

 対吸血鬼兵器アンチヴァンパイヤツールとしてはしょぼ過ぎる形ではあるが、あれでも比較的に小柄のアオイにとって一番の武器であった。

 だけど……。


兵器ツールが答えてくれないみたい」


 アオイは視線を下に向く。


「そう、だったね。けれど、兵器ツールがまだ形が残っているわね。それならきっとすぐに反応するようになるわ」

「うん。そうだと、いいんだけど……」


 対吸血鬼兵器アンチヴァンパイヤツールは本来はただの結晶体である。それを切り取って、適格者が一度血を与えることで、主人の遺伝子情報を記憶して適格者に一番使いやすい形を作る。そして、一旦使用者が命を落とせば、兵器ツールは結晶体に戻る。世代を越えて同じツールを使うケースもあるが、あくまで特例である。


 なので、原則上使用者が命を失わない限り、兵器ツールが使えないことはないはず。それでもアオイは、ナイフを手に握っても何も感じられなかった。最初に握った頃の一体感も、体が軽くなった感覚も、何も感じることができない。

 アオイの兵器ツールは普通のナイフになってしまったのだ。


「どういうことかは知らないけれど、兵器ツールがまだ結晶体に戻ってないわね。だったらまだ可能性があるわ」

「うん。そうだね」


 兵器ツールが反応しないにはもう一つの可能性があった。それは、使用者失格と結晶体が判断する場合。だが、その場合、兵器ツールが結晶体に戻り、次の適格者を待つことになる。よっていまだにナイフの形を残っているアオイの兵器ツールは、もう使えないと断定するにはまだ早い。


 あれこれ悩んでもしょうがない。自分にできるのは兵器ツールに認められるほど強くになるだけ、とアオイは立ち直った。こういう諦めが悪いところこそ彼女の美点である。


 その後、アオイの強い意志を汲み取り、優歌は厳しく稽古をつけてもらった。

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ハーフヴァンパイヤの美少女が何故か平凡な女子高生に執着している。 空咲ゆい @nanonaiuser

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