第11話 アオイの秘密(1)

 ユヅキの季節外れのスーツ姿を目に入ると、アオイは疑問を投げる。


「あの、ユヅキ。今日は会議の日なの? 」


 黒いスーツにポニーテール。女子の中でずば抜けて高い身長。黒いストレートパンツからすらっと伸びる足。その凛々しい雰囲気に相まって、下手なホストより遥かに目を奪われる。

 ちなみに、ホストと比べていたが、実際のところアオイ自身も生なホストを見たことがない。何しろ、平凡な暮らしに満足しているアオイには無縁な人たちだ。

 これが男装麗人だろうと、ユヅキのかっこいい姿を目に拝むと、アオイは少しだけ学園祭の執事カフェで黄色い声をあげる女子たちの気持ちがわかるようになった。


 ポニーテールがそこまで似合おうと、アオイはその髪を束ねた自分のことが少し誇らしくになる。


 (ユヅキと一緒にいると、自分が自分らしくなくなるなぁ。いい意味でも、悪い意味でもそう)


 ユヅキと関わる度に、浮かれた気分になる。その反面に、アオイは別段偉くなったわけじゃないのに、自慢気味になっている自分に危機感が覚えた。


「うん。今日は金曜だから」


 アオイの複雑な気持ちを知らずに、ユヅキは頷く。


「そっか、いってらしゃい」

「うん。いってきます」


 ユヅキが部屋に出てから、アオイは嘆息を零れる。


 吸血鬼ヴァンパイアは朝に見回りをしない。ほとんどの、というかほぼすべての吸血鬼ヴァンパイアも日光に弱い。たまに日光に耐性のある吸血鬼ヴァンパイアもいたが、それでも日の当たるところで長時間でいると命を失うものだ。

 だから、守り人カーディアンは普段夜からの出勤になっている。それでも、例外があった。それが週に一度の会議。


 ふいにユヅキが自虐的に笑った顔が頭に浮かぶ。


 ──吸血鬼ヴァンパイアの命が命と言えるのかな……。


 気分が重くなる。このモヤモヤした気持ちは、きっと良心の呵責なのだろう。血を吸わせて、ユヅキを吸血鬼ヴァンパイアの姿のままで生かしたのは、アオイなのだから。


 思い返せば、ユヅキは昔から生き物の血を吸って生きていく吸血鬼ヴァンパイアという種族にいいイメージが持ってなかった。


 ユヅキとアオイがまだ疎遠になっていない遥か昔。二人だけの秘密基地である屋上で。二人の間にこういう会話があった。


 どういう流れでそのような話題になったのかは覚えていない。とにかくあの頃のアオイは、ユヅキが物事への見方や考え方、それらを知りたくて堪らなかった。


『ねえ、ゆづきちゃん。吸血鬼ヴァンパイアのこと、どう思う? 』


 そんな大雑把な質問にもめんどくさがらずに丁寧な返答を返してくるユヅキは凄いな、と今となっては感心してしまう。


 あの時、ユヅキの回答はこうだった。


『……私からすると、吸血鬼ヴァンパイアというのは生き物よりゾンビに似てるのかな……』


 少し考え淀んでからユヅキは言う。


『血を吸うだけで永遠に生き続けられる。日光に当たると存在ごとが跡形なく塵になっていく。

 極端に言うと、生きるために殺生する必要性がない。食物連鎖から外れた存在で、自然とは言えないから、生き物としても微妙なのかな』


『うんー、よくわからない。でもゾンビってあれでしょ。ゲームに出てくる人を噛むバケモノ。バンバンと頭を打てば勝てるやつだよねー』

『うん、それだよ。ごめん、私、また難しい言い回しを使ちゃったね。えとね、簡単に言うと、ゾンビって歩ける死体のようなものだよ。吸血鬼ヴァンパイアも何となくそういう感じがするから。生き物というより腐った屍のような感覚がする。死という概念が存在しないからだろうか』


 夕月は不思議そうに首を傾げた。自分でもそんな風に感じた理由を知らないらしい。


『ふうんーそうなんだー』

『それと、私がそう思ってるだけだけど。血を吸うだけなら、人を殺さなくてもいいのに、たまに人間が殺されてしまうニュースがあるよね。

 意味がなくても人を殺す。それって、まるで人を殺すためだけにあった存在だなあって、なんか怖い。

 まあ、そう言っても、意味もなく同族同士で争う人間も同じなんだけど』


 どうしてユヅキはおバカな自分に、そんなに真面目に答えてくれるのだろう。今になっても不思議だ。だけど、アオイはユヅキのそういうところが気に入っている。だからこそしつこくユヅキに絡んだ。


 頭がいいだろうか、悪いだろうか、ユヅキは偏見を持たずに周りを俯瞰している視点を持っている。その独特の空気感がアオイを惹きつけたのだ。

 アオイの目からには、その静かに揺れる青い瞳は夜空に瞬く星々よりもずっと輝いているように見えた。


 それなのに、ユヅキは自分のせいで、本物の吸血鬼ヴァンパイアになった……。


 アオイは手をバタバタして頭を振る。


 もう感傷に浸る時間がない。ユヅキが守り人ガーディアンの仕事で会議を参加している際、アオイにはユヅキを内緒にするまでしなくちゃいけないことがある。


 アオイがユヅキに質問をしたのもそのためだった。彼女はユヅキがしばらく帰ってこれない時間帯を狙っている。


 一旦髪をほどいて、アオイは洗濯機から持ち出した服に着替える。青いTシャツに白い短パン。ラフな恰好になって再び髪をまとめる。その視線の先には、木製の扉があった。


 アオイは二人の寝室に向った。ふかふかのキングサイズのベッドに隣合わせたサイドテーブル。その一番下の引き出しに視線を落とす。


 すると、体が自然と強張って、心臓の収縮が強まり、動悸が激しくなる。無意識のうちに手がグーになる。手のひらには、手汗がかいて気持ち悪くなるほどにぬらぬらしている。


 すごい拒絶反応だ。それでも。とアオイは大きく息を吸って、引き出しの取っ手を掴んだ。


 胡桃色の引き出しの中には、サバイバルナイフ一本があった。

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