第86話 依頼コンペティション

 海賊ギルドの設置されている酒場はひろく、いつも大勢の海賊で賑わっている。野郎どもがそこいらで喧嘩していることも珍しくないので、ちょっとやそっとの騒ぎでは、離れた位置にいる無法者たちは、チラリと一瞥するだけでさほど意識を割くことはない。


 だが、その時は違った。


 鯨を追う男エイブルが目を覆いたくなるような頭突きをお見舞いして、海賊をひとり黙らせた瞬間、酒場にいた男たちの意識がこちらに向いた。


「やべえことになったぞ」

「エイブルめ、リンドールのパーティの連中に手をだしちまった!」


 戦々恐々とした野次馬たちが集まってくる。


「おいおい、おっさん、困るぜ、うちの船員をぶっ飛ばしてくれちゃって」


 腰をあげるのは、白い長髪の男。

 軽装の鎧に身を包んでいる。前時代的な金属製の鎧だ。あれだけでかなり値打ちがしそう。海の男には似つかわしくないが。


「リンドールがキレたぞ……!」

「懸賞金1100万をかけられてるっつう元騎士隊長、怒らせたやつは漏れなく消されるっていう凶悪な男だと聞くが」

「だが、エイブルもまた貿易会社に900万も懸賞金かけられている古株だ。これどうなるんだ?」

 

 噂の凶悪な男リンドールは腰の銃に手をかけた。

 それを受けてエイブルも短銃を抜き放つ。


 一触即発の雰囲気。こんな喧嘩っぱやいから互いに、その首に大金かけられるのだろう。凄く納得感がある。そんなすぐ武器を抜くもんかね。普通。


「こらぁ! ギルド内で揉め事を起こさないでください!」


 査定窓口の受付嬢が大声をあげた。リンドールとエイブルは、仕方ないとばかりに銃をおさめる。意外な光景だ。


「海賊ギルドに迷惑をかけるわけにはいかないな。エイブル、うちの船員をぶっ飛ばした分、依頼には上乗せさせてもらうぜ。それが嫌なら、指の何本かはもらわねえと」

「青二才が。わしをやりたいのなら覚悟をしてこい。そもそも、わしの依頼を簡単に受けれると思っているのか。選択肢はいつだってわしにある。依頼が欲しければ、もっと気に入られるように振るまわんか、リンドール」


 エイブルは不届き者へ太い指を突き付けて告げた。

 その後、集まった者どもを見渡して大声で話始める。


「ここには命知らずの男どもが集まっているようじゃな。金に目のくらんだやつの顔をしておる。そのふざけたツラをただ荒れた海へもっていって、地獄を見せてやってもいいが、わしは優しいからな、いま一度説明してやるからよく聞け。目標はわしの足を喰いちぎっていった海獣『白鯨』の討伐。こいつは化け物だ。わしの知る限りでも100人以上はコイツに海の藻屑にされている。だからこそ、わしは蓄えた財を使って、お前たちを雇う。条件は荒波に耐えられるデカい船と船員を備えたパーティを持っていること。捕鯨道具はわしがなんとかする。頭金で1000万シルバー。成功報酬でもう2000万シルバーじゃ。支払いは海賊ギルドを通じておこなうから安心するといい。だが、使えない奴を雇うつもりは毛頭ない。最初に言った通り、相手は化け物だ。化け物と戦うのに、軟弱者といっしょに戦うつもりはない。わしが欲しいのは気骨のある馬鹿だけだ」


 海賊たちがざわつく。

 3000万の仕事? なんて報酬金額だよ。

 まさに俺たちモフモフ海賊が必要としているデカいネタだ。


「その仕事、うちに任せるのが最善だと思うわよ!」


 乱暴な空気感のなか、ラトリスは尊大に腕を組んで言った。

 その隣ではクウォンが壁に背を預けて「ふふん」とどや顔している。


「なんだこの獣人ども……」

「モフモフした尻尾しやがって!」


 そんな声がちらほら。


「馬鹿が、知らねえのか、”モフモフのラトリス”だぞ」

「モフモフのラトリス?」

「先日、コウセキ島で伝説の怪物光石鷲獅子を倒し、さらには黄金の羊毛を持ち帰ったっていう獣人だ」

「その噂なら聞いたことあるぜ。えらく腕利きだとか」


「あ、ラトリス、あたしたちけっこう有名になってるっぽくない!?」

「ふふーん、モフモフ海賊の名声もずいぶんと轟いているようね!」

 

 亜麻色と赤色の尻尾がフリフリ動く。嬉しいねえ。


「ふん。お前たちの噂ならわしの聞いている。面白いルーキーだとかな」


 エイブルは感心したように、ラトリスとクウォンをしげしげと見る。


「海賊ギルドと者たちからお前たち馬鹿どもの情報はいくらか教えてもらった。船を見てきたが、ひとまずはお前たち『モフモフ海賊』か『リンドール海賊隊』のどちらかに依頼を任せようとは思っておる。現状、リンドールの態度は気に喰わないから、『モフモフ海賊』が優勢といったところだ」


 当てつけるように目線を動かすエイブル。

 リンドールは表情を崩さない。


「うちのリバースカース号は世界最速の船なんだから。鯨がどんなに逃げ足が速くたって逃がしはしないわ」

「世界最速とはこれまた大きく出たな。世界で二番目に速い船と実際に航行速度を比べたのか?」


 リンドールの言葉に周囲の男たちがどっと沸いた。

 ラトリスは悔しげにムッとする。


「それに話に聞いたところ、モフモフ海賊の船には大砲が積まれていないらしいじゃあないか。エイブル、あんたもそれに気づいたはずだ」

「積まれてるわよ! ギガントデストロイヤー砲とグレートディザスター砲がね!」


 周囲の男たちがざわついた。


「なんて恐ろしい名前の大砲なんだ」

「聞いたこともねえ火砲だが……」


 リンドールは少しビビったようで「ふ、ふん、たった2門だけじゃねえか」と取り繕う。ラトリスは「2門でも十分よ!」と威勢よく答えた。


「おじさん、リバースカースは一体どんな砲を積んでるの?」


 俺の隣のミケは興味津々に聞いてきた。

 

「それはもう凄いやつさ。あぁ凄いやつだ……」


 平凡なカノン砲と、半カノン砲の兄弟であることを明かす勇気はなかった。

 下の階では3000万の依頼をめぐる争いが続いている。


「2門じゃあ話にならねえ。水遊びしにいくつもりか? エイブル、俺たちのベリルモンド号は22門の砲を備えた武装船だ。かつてはレ・アンブラ王国海軍三等戦列艦に数えられた。装備品もその時代のものだ。この船は大小30隻の武装艦がぶつかったかのスマッジ海戦をも生き残った。海賊狩りの狩猟艦とすらやりあえる。おもちゃじゃあねえ。化け物を殺したいのなら俺たちを頼れ」

「こっちだっておもちゃじゃないわ! リバースカースは本当に速いんだから! それにうちにはクラーケンを剣で倒した世界最強の剣士オウル先生がいるのよ! 大砲なんかなくたって、先生なら海に飛び込んで鯨を三枚におろせるわ!」


 無理なんだが。


「武器については問題ない。そもそも、大砲なぞ積んでいても、白鯨相手には意味がないからのう。その点でリバースカース号が不利になることはない」

「大砲を使わないのか? それじゃあ、どうやって鯨を倒すというんだよ」

「そんなことも知らないのか。モリだ」


 エイブルはそう言って、たてかけてあった巨大な筒から一本のモリを手にとった。

 それを槍投げの選手のように振りかぶって構えて、力強く投擲した。


 ほれぼれするほど美しいフォームだ。片足が義足だというのに、下半身はまったくブレず、すべての力をその一投に込められているのがわかる。


 モリは7m先の柱、杭にとめられているダーツボードに深々と突き刺さった。

 直径40cmほどの木の柱。酒場の二階ロフト部分を支えるそこに、先端がめりこんでいる。ダーツボードをたやすく貫通しており、反対側からみれば、もしかしたら柱すら貫通しているのが見えるかもしれない。俺とミケの位置からはうかがえないが。


 投擲精度とその破壊力に、酒場の皆がギョッとする。この血の気の多い初老を相手にすれば、あのダーツボードが自分の頭部のたどる末路になると想像したことだろう。


「気骨は十分伝わった。やる気はあるようだ。どちらにするか悩ましい。礼儀はないが実力は証明されている”海賊騎士リンドール”率いる14名の海賊パーティか、モフモフでフワフワかつ最近名をあげてきている”モフモフのラトリス”率いる5名の軟弱そうな海賊パーティか……」


 相手方、14名もいるのかよ。

 いや、俺たちのパーティが特別少ないのか?

 俺はドキドキしながら、思案するエイブルを見つめる。


「わしは考えた。モリを投げてもらおう。それで決める」


 エイブルはダーツボードに刺さったモリを押し込んで、反対側に貫通させて抜くと、それをリンドールの部下に放り投げた。







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こんにちは

ファンタスティック小説家です


昨日、2024/12/10『島に取り残されて10年、外では俺が剣聖らしい』の第一巻がついに発売となりました! 素晴らしいイラストと共にお送りする大きな本です! カドカワブックスより出ます! 


この物語については、ご存知の通り!

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よろしくお願いいたします!


https://kakuyomu.jp/users/ytki0920/news/16818093090095169995

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島に取り残されて10年、外では俺が剣聖らしい ファンタスティック小説家 @ytki0920

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