第85話 情報屋の仕事
ラトリスの友達──ミケを助けた後、俺は彼女に連れられて海賊ギルドにやってきていた。いつも査定に足を運んでいる窓口を見下ろせる酒場、その二階の机で、快活なウェイトレスが運んでくれたキレのある発泡酒を喉にながしこむ。
ミケが奢ってくれた酒だ。
「ぷはあぁ! 美味いなぁ!」
「おじさん、お酒が好きなんだね」
「まぁな。嫌いな奴なんていないだろう?」
言いながら、塩漬け肉の切れ端をかじる。
水で戻してあるが、酷いほどしょっぱくて美味い。
「いやぁ、さっきは助けられちゃったよ、ありがとね、おじさん」
「気にするなよ。ラトリスの友達なんだから。まぁ君みたいな善良そうな猫が、悪漢に襲われていたら、誰だって助けると思うけどな」
「ふふーん、確かに? 私、とっても良い子に見えるもんね~」
ふわっとした尻尾の後ろの高さまで立ちのぼり、ゆらりと揺れた。
「ところで、さっきはなんで揉めたんだ? 何かデマでも掴ませたのかい?」
「まさか。うちは信用商売だからね。それに相手は海賊ばかり。下手なことをすれば報復されちゃうよ。海賊ギルドもそこら辺は厳しいんだし」
ミケは塩漬け肉の切れ端をお皿からひとつ摘まんで口に放り込む。
「あいつらに以前、依頼をいくつか紹介したんだ。うちみたいな情報屋には、海賊ギルドに公式に張り出されるよりもはやく依頼に関する情報がおりてくるんだ。場所とか、運ぶ仕事なのか、獲る仕事なのか、退治する仕事なのか、とかね。情報屋に来てくれた人から、手間賃を拝借することで、いくらかリークしてあげるんだ。そうすると、依頼が張り出されたタイミングですでに最適な状態で準備できるってわけ。緊急の依頼とかだと、依頼主は一日でもはやく動きだして欲しいものだし、海賊ギルドも仕事を素早く処理することで、外部からの評価を得られる。みんなが上手くいくんだよ」
「いましがた上手くいっていない猫を拾ったんだが」
「ま、まぁ、たまにトラブルはあるかな」
「ギルドの依頼か。ラトリスにも斡旋してあげてたのか?」
「たまにね。でも、最近は少ないかな? あの子はギルドの依頼はあんまり好きじゃないみたいだから。いまは興味が湧いたネタしかもっていかないんだ。わがままな子だよ。おじさんが甘やかして育てたせいなんじゃないかな?」
「どうかなぁ……」
甘やかして育てたというのは否定できない。
「でも、ちょうど昨日、依頼をひとつ持っていったんだ。まぁそれもちょっとしたトラブルのせいというか……実は今朝、ちょうど2時間前かな、新しい依頼がギルドに張り出されたんだ。それが『白鯨討伐』っていう依頼でね」
「白鯨? くじらか?」
「そうそう。ラトリスが息巻いて持って行ったのも、その依頼でね、『オウル先生はクラーケンだって刀一本でやっつけるのよ! 鯨なんてよゆーなんだから! 先生の凄さを証明してやるわ!』って」
「俺に刀で鯨をやっつけろと?」
クラーケンを倒せたのは、奇跡に過ぎない。もう一度、やってくださいといってできるものではない。同じように鯨を刀で倒すというのは、無理がある。海の悪魔の口のなかで見出した秘奥義『海』は再現性のある剣術ではないのだ。
「まさか、ラトリスのやつ、俺のことをまた巨大海洋生物の口に放り込むつもりじゃないだろうな……? なんでそんな躍起になってるんだ……?」
「たぶん、おじさんがワンパンで沈んだせいかも……」
「え? なんか言ったか?」
「いや、なんでもないよ」
ミケは気まずそうに視線を逸らす。
「こほん。まぁクラーケンうんぬんは盛り過ぎとして置いておいて。私としても、信頼できて、実績もあって、親友であるラトリスに『白鯨討伐』を斡旋したわけ。私が斡旋した相手の仕事のクオリティは、同時に私への海賊ギルドからの評価に関わるんだ。だから、私も出来る奴にしか仕事を任せたくない」
「ふーん。でも、それってわりと怒られて当然なんじゃないか? 先に向こうが予約してたんならいい気分じゃないだろうし」
「予約まではいってなかったんだよ。だってあいつら大してギルドの実績なかったからさ。まぁというか、予約させることは普通はないんだけど。よほど信頼できる奴じゃない限りね」
「ラトリスのことはよほど信頼してるんだな」
「もちろん、あの子は凄く真面目に仕事をするから。それに古くから知ってるし。おじさん、ラトリスから私とあの子の友情を聞いてないの~?」
「ない」
「すごく即答するじゃん……」
猫耳がシュンっと縮こまる。
「まぁとにかく。複数の海賊パーティにネタを売ったあと、実際にギルドから依頼が出た時に、ゴタつくこともままあることだね。大事なのはより準備が出来ていることだよ。依頼ってのは、どれだけはやく取り掛かれるかが凄く重要だからね。二日後に仕事を始めるより、明日から始めるほうが偉いし、仕事に一ヵ月かけるより、二週間で終わらせたほうが偉い。まぁはやさだけが正義じゃないけど、往々にして良い仕事っていうのは、素早く完遂されるものだよ」
「まぁ一利ある」
「あの”悪漢たち”は準備が足りてなかった。実力も足りてなかった。だから、きっと依頼をすぐに受注できなかったんだ。それで、難癖つけてきたんだよ。私があいつらのための専属アドバイザーだとでも思っていたのかもね。準備をしていなかったのは自分たちのせいなのに! それにさ、ネタを独占したいならもっとシルバー積んでもらわないとね!」
ミケは頭のうえでピンと立っている耳を手で撫でた。折れ曲がって、ぴょんっと元の形に戻る。獣人の子がよくやる手遊びだ。
「ん、おじさん、来たよ」
「来た? 何が?」
「あれあれ」
ミケが一階を見下ろす。
下の階でなにやら注目を集めるのは白髪のいかついおっさんだ。
俺がおっさんと言うくらい見た目。年齢は50代前半。片目には深い傷があり、瞳は真っ白、片足は義足である。ただし身体が全体的に分厚いので、よわよわしさはまったく感じない。
「誰だ、あのおっさん、有名人?」
「有名だよ、復讐者にして、亡きホエールブレイカー号の船長、ひと呼んで”鯨を追う男エイブル”。ヴェイパーレックスの渦潮じゃ名の知れたじいさんだよ」
下の階がざわつきだす。
”鯨を追う男”の周囲、どこか物騒な雰囲気をもつ男たちが集まってきた。
そのなかでモフモフの赤色と亜麻色を発見。うちの子たちだ。
周囲に集まった者どもを右から左へ舐めるように睥睨し、エイブルはしゃがれた声で話し始めた。
「お前たちが、鯨狩りに名乗りをあげた馬鹿野郎どもか。ふん、どいつもこいつもすぐ死にそうな顔をしておるわい」
「あ? なんだ、このじじい?」
そう言って、一歩前に出たのは、俺と先ほど喧嘩をした悪漢。
「俺はいますげえ機嫌が悪いんだ、依頼主だかなんだか知らねえが、舐めたこというなよ、こっちはあんたみてえな負け犬に手を貸してやろうっていう立場の──」
エイブルの鋭い片眼が悪漢をとらえると、分厚い手でその頭を鷲掴みにし、強烈なヘッドバッドを食らわせ、吹っ飛ばした。悪漢は白目を剥いて、鼻を陥没させ、酒場の床のうえに伸びた。
「ゴミが、口を閉じてろ。──いいか、わしが求めるのは骨のあるヤツだけだ。それ以外はいらん。足手纏いにすらならない。さあ、わしと共に『白鯨』を殺す気骨があるやつはどいつじゃ?」
エイブルはニヤリと笑み、黄色い歯をのぞかせた。
一階に暴力と血の香りが満ち始めた。
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