第84話 思ったより頼りになりそう
目が覚めると俺は船のベッドでぬくぬくとしていた。
喉がすごく乾いていて、かつ頭がとても痛い。
ジンジンと鈍痛が響く脳裏。
昨日の映像が浮かびあがる。
あぁそうだ。昨日、パーティで飲み過ぎて……。
「記憶がないな……やれやれ、俺としたことが」
ベッド横のサイドテーブルに水が用意してあったので、ありがたく喉に流し込む。誰かが気を利かして用意しておいてくれたのだろう。
「あれ? なんか顔、腫れてね?」
個室の姿見で自分の顔がダメージを受けていることに気づいた。もちろん、経年劣化という辛く厳しい現実により元々ダメージは無視できないレベルで蓄積しているわけだが……そういうものではなく、より最近できた外傷っぽいものだ。
「転んでどこかにぶつけたのか? いてて。くそ、全然記憶にねえ……」
「こんこん、先生、起きてる~? 入るよ~?」
ノックしてから扉を開けてくるのはクウォンだ。
「返事する前に開けるなって。つーか、俺の顔、大丈夫そうか?」
「? オウル先生はいつも通り男前だね!」
「それはわかりきってることとして、そうじゃなくてだな。顔の青あざ、目立つか?」
「まぁ多少は? でも平気だよ!」
「そうかぁ」
「先生、それよりさ、セツとナツと朝ご飯食べにいくんだけど、一緒にいかない?」
「誘ってくれてありがとな。でも、悪いが、俺はパスだ。身体が眠りたがってる」
二日酔いを理由に若者たちだけを送りだした。
ひと眠りして、昼に起きると、いくらか気分がマシになっていた。
俺はリバースカース号をおりて、ようやく活動を開始、まずは散歩にでも出かけることにした。
「ん、ミス・ニンフム」
甲板にあがるとミス・ニンフムとミス・メリッサがいた。ふたりとも船の掃除をしているようだった。セツとナツの仕事だが、最近はゴーレムの彼女たちがやっているのもよく見る。
「少し出てくる。まだ出航の予定とか出来上がってないよな」
「ミス・ラトリスからは特になにも」
「そうか。どうも」
「ミスター・オウル」
「ん? なにか?」
「どうぞ気を付けていってらっしゃいませ」
なんだか親に送られる子の気分だ。
まぁ気持ちはわかる。
俺はお飾りとはいえリバースカースの大事な船長。
なにかあれば困るのだろう。
それを抜きにしてもこの島では用心したほうがいい。
ヴェイパーレックスの渦潮。ここは荒くれ者ばかりの拠り所。無法者ども楽園。
武器をいつでも手に取れるようにするのは当たり前だし、そこら中にいる目をギラつかせた盗人どもに意識をくばっておくのも忘れてはいけない。
酔っ払いはそこら辺に転がってるし、たぶん死んでるっぽいやつも転がってるし、なんなら白骨化した遺体が浜辺とか、路地裏に捨てられていたり、柱にくくりつけられているのも珍しくはない。
「このクソ猫! ふざけてるんじゃあねえ!」
「契約とちげえ!」
「白鯨討伐は俺たちにまわされる依頼だったはずだ」
ここでは争いごとは珍しくない。道を歩けば、怒鳴り声をあげる荒くれ者どもに鬼詰めされている可哀想な猫人族の獣人だって見かけるだろう。
あれ?
なんかあの子、見覚えあるな?
倉庫の隅で泣きそうな顔している彼女。
薄っすらと記憶が蘇る。
昨日の出来事。情報屋に足を運んだこと。
うーん……ラトリスの知り合い、かなぁ?
少女と目が合った。
一瞬、期待の眼差しを向けられた。
しかし、すぐに残念そうなものに変わる。
どういう感情だろう。
「あ? なんだ? このおっさんはお前の知り合いか、ミケ?」
「いや、知らない人だよ……」
知らない人扱いされちゃったんですけど。
「こほん。知り合いってやつだな。うん。なんで嘘つくんだ? 一応、覚えてるぞ」
少しだけね。マジで少し。
猫娘──ミケと呼ばれた彼女は、苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「おじさん、私が気を利かせて関わらないようにしてあげたのに!」
「え? そうなのか? なんで?」
いまいち状況がわからない。
ラトリスの友達ミケを詰めていた荒くれ者どもが、鼻で笑い、俺の足元から頭のてっぺんまで舐めるように見てくる。
「なに突っ立てるんだよ、さっさと失せろや、じじい」
「女を買いてえならよそあたりな!」
「はははっ!」
三名の荒くれ者は下卑た笑いで合唱する。
「穏やかな昼下がりのお散歩、そのイベントとしちゃ、ちと物騒だが、まぁそれもいい」
俺は拳を鳴らして、シャドーボクシングで威嚇する。
「喧嘩しようぜ、お前ら」
三人は顔を見合わせ、愉快そうに笑い、腕をまわしたり、肩をまわしたり。
「ずいぶん威勢がいいな、こいつ」
「女の前で恰好つけようとすんなよ」
「じじいだからって手加減はしねえぞ!」
────
ミケは顔を手で覆いたくなった。
いきなり現れた親友の師オウル・アイボリーが、おそらく自分を助けるために、海賊たち三名に喧嘩をしかけたからだ。
普通なら救世主の登場に喜ぶところだろう。
ミケが素直に喜べず、こうもいたたまれなくなっているのは、理由がある。それはその救世主が頼りないことを知っているからだ。
昨日、ミケはこの酔っぱらった救世主を殴った。
自慢げな弟子の前で、一撃ノックアウト。
ミケの拳によりオウルは眠りに落ちた。
その後の空気は地獄。
親友ラトリスは涙目で師を心配し「先生は優しいから女の子相手には手を出せなかっあみたいだわ……!」とそれらしい言い訳をし始める始末。
マジシャンの前で手品のタネを一撃で当ててしまったかのような、あるいは「よく実際より若いって言われるんだ! 何歳に見える?」と言ってくる女に、実年齢より高めに見えると言ってしまったかのような気まずさ。
それゆえにミケは、窮地でオウルを見つけた時「う、うわぁ、あんたかぁ……ラトリスだったらぁ」と内心で思ったことを否定しない。
あぁだからこそ、眼前でオウルが三名の若く粗野な男衆を、見事に素手だけで制圧する様を見た時、目を丸くし、唖然としてしまった。
オウルの使う見たことのない格闘術、恐らくは何らかの体系化された技術であろう体術には、一分の無駄もなかった。あっという間に親友の師は、体格で勝るとも劣らない三名の男をいなしてしまった。
「ぐへっ、このおっさんっ」
「は、はん、けっこうやるじゃねえか!」
「アニキぃ、俺、もう、ちょっと、キツイかも、です……」
腹を押さえ、苦悶の声を漏らす男たち。
「運がよかったな、別に武器を手にとったっていいが……命の奪い合いまでしたいわけじゃあねえ。今日はこの辺で勘弁してやらぁ!」
「覚えてろよ、このじじい!」
「あっ、待ってください、アニキぃ!」
事態の展開は実にスムーズ。海賊たちが逃げ去ったあと、倉庫に残されたのはふたりだけとなった。オウルは軽く服の汚れをはらい、ミケに向き直る。
「大丈夫か、お嬢ちゃん。怪我とかはなさそうか?」
「あぁ、はい、大丈夫です……ありがとうございます、助かりました」
思ったより頼りになりそう。
ミケは眼前の中年の評価を改めることにした。
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