第83話 情報屋に会いに

「セツ、うちの借金って23億7000万シルバーあるんだぞ、知ってたか?」

「もちろんなのです! おじちゃん知らなかったのですか?」

「ナツは知ってたのか?」

「当然、だよ。おじいちゃん、何を慌てているの?」


 みんな覚悟のうえでラトリスについていっていたらしい。

 なるほど。知らないのは俺だけだったのか。


 酒場でお祝いをしている間も、俺のなかには漠然とした不安があった。むしろ皆の楽観的な姿勢が俺にはわからなかった。この借金って返せるものじゃなくねと心のどこかでは思っていたからだ。


「先生、どうしたんですか、浮かない顔をして」

「どうにも俺には借金の迫力が凄すぎてな。返せるか不安なんだ。これまでの稼ぎを考えたら、23億っていうのは、無理っぽくないか。俺の寿命が先に来そうだ」

「なーんだ、そんなことを考えていたんですか。安心してください、わたしも40年も律義に返済を続けるつもりはありません」

「それじゃあ、やっぱり、アウトローらしく金貸しをどこかタイミングでヤルってことか?」

「先生、それはアウトロー過ぎます! 刀に手をかけないでください!」

「借金ってそんなに多いの~?」


 クウォンはお肉をむしゃむしゃ食べ、幸せそうな顔で首をかしげる。


「23億7000万だ。あと40年かかる」


 俺は包み隠さず現実を告げた。

 クウォンの食べる手が止まる。

 お肉とフォークが皿の上に落ちた。

 

「普通に金貸しをぶっ潰したほうが手っ取り早くない?」

「ほらな、ラトリス、クウォンもこう言ってる」

「馬鹿狼の意見なぞ、野良犬の鳴き声と大差ありません、聞かないでください」

「おじちゃんとクウォンお姉ちゃんがカチコミをかけるのですっ!!」

「これは無法者界でもとびっきり、だね」

「あと金貸しは海賊ギルドだから、そう簡単にぶっ潰すとかできないし、言わないでよ、馬鹿狼」


 言われてみれば、そうだった。

 じゃあ無理か。敵が強大すぎる。


「先生のお気持ちもわかります。確かにこれまでの稼ぎからだと、永遠のように長い時間がかかってしまうでしょうし。でも、安心してください、返すめどならありますから。実はわたしたちがこれまでお金を稼いでいたアンブラ海は、資源の埋蔵量・レア度ともにスケールがちいさいとされている海なんですよ。もっと遠くの豊かな資源の眠る海へ行くことができれば、わたしたちはもっともっと稼ぐことができるようになります」


 ラトリスいわく、これまで俺たちがアンブラ海を東方西走して稼いでいたのは、あくまで毎月の返済のためにヴェイパーレックスの渦潮に戻ってくる必要があったからだという。余裕のない状態では、近場にしか稼ぎにいけなかったのだ。


「でも、いまは貯蓄があります! なんと2カ月先までの返済を乗り切れるだけでの貯蓄がすでにあるのです! つまり、片道1カ月くらいの距離なら、わたしたちの射程範囲に入るということになります!」

「なるほど! それじゃあ、もっと美味しい稼ぎ場にいけるのか!」


 これは盲点だった。俺はすっかり広い世界に漕ぎ出した気になっていたが、実際はちいさな海を駆けまわっていただけだったのか。


「海にはたくさんのお宝が眠っているはず。それらを集めれば40年かけずとも、数年のうちに全額返済できるでしょう!」


 ラトリスの力強い演説は、俺に希望を与えた。

 クウォンも再びお肉を食べる手が進みだす。


 豪華な宴が終わった後、乗組員らは皆、お腹を押さえて、ご機嫌に尻尾を振り回して「もう食べれない~」と気分良さそうに船に戻っていく。まったく気の抜けた子たちだ。ここは無法者の島。油断は禁物だというのに。

 

 かくいう俺もまたアルコールに頭をやられて、フワフワと気持ちよくなっていた。

 ふと、ラトリスが別の方向に行くのが視界に入る。


「あれ? ラトリス? どこいくんだぁ?」

「情報屋に会いにいくのですよ。次なる稼ぎ場のネタをいち早く仕入れなくてはいけませんから」

「情報屋ねえ、情報屋、うーん、いつも会っているやつか、俺も会う!」

「え? 先生もですか?」

「その情報屋とかいうやつが、ラトリスにふさわしい野郎か、俺が見定める!」

「ふさわしいって、えへへ、別にそういう関係じゃないんですけど。って、ずいぶん酔ってますね、先生」

「酔ってない、酔ってないぞ、ひっく」

「まったくもう……くふふ、この状態の先生もまたいい。普段はすっかりお世話になっているのに、この時だけはわたしがついていないとダメな感じが非常に良いです♪」

 

 なんだか楽しそうなラトリスは俺から酒瓶を取り上げ、肩に手をまわしてきて、抱き着くようにして身体を支えてくれた。


 気が付けば暗い部屋にたどり着いていた。薄汚れた窓から入ってくる光だけが室内の光源。汚れた紙やら本やらが山積みになっている部屋の奥。大きな机があり、眼帯をした少女が鎮座していた。耳と尻尾が生えている。獣人ソムリエの俺の眼にかかれば、彼女が猫人族だと一撃でわかる。懐かしいなあ。うちの道場にもいたいた。


「……え、だれ?」

「ひっく、何見てるんだぁ?」


 不思議そうに俺を見つめてくるものだから、俺は「ニャア!」と威嚇してやった。

 眼帯三毛猫の少女はビクッとして恐がっていた。あはは。面白いなぁ。


「ラトリス、この酔っ払いは誰?」

「このお方こそ! アイボリー流剣術の師範オウル先生よ!」

「オウルって……それ、いつも話していた凄い剣士のこと? そいつを助けるために魔法の船を買い取ったんだよね」


 驚いたような猫の視線が俺に戻ってきた。


「うぃっす、オウル・アイボリーだぜ、ひっく」

「……まったく強そうには見えないけど」

「オウル先生の凄さはそこよ。真の強者は、その圧倒的な実力を外見から伺わせないの」

「魔力もまったく感じないし」


 俺は近くの椅子に崩れ落ちるように座った。

 目がぐるぐるして、天地が逆さまだ。


「ふーん、こんなのがね」

「どうしたのよ、ミケ。先生がそんなに気になるの?」

「まぁちょっとした情報を掴んでてね。ラトリスと私の繋がりもまた剣術だったでしょう? 昔から自慢していた世界最強の剣士がコレって言われても、正直、がっかりしたというか」

「ふふん、面白いわね、それじゃあ、試してみてもいいんじゃない?」

「試すって……叩くってこと?」

「ええ」

「この状態に?」

「ええ」

「本当に言ってるの?」

「本気よ。先生なら問題ないわ。先生は真の達人。常在戦場を完成させているんだもの。あなたもけっこうな使い手だし、それで十分にわかると思うわよ」

「なにそれ。甘く見られたものね。昔はラトリスともいい勝負したっていうのに」


 ぐわんぐわん回る世界。

 誰かと誰かが会話しているのはわかる。


 こちらに近づいて来る。猫が。

 そいつは可愛い顔して、突然に拳を突き出してきた。

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