Cat House
暇崎ルア
Cat House
ーー久しぶりにみんなで集まったと思ったら、怖い話かよ。お前らも好きだなあ、いい年してさ。小学生の頃はだいたい学校の怪談だとかクラスで流行ったもんだけどな。
あーはいはい、わかったよ。ちょうど俺も最近変な体験したから話してやるって。怖いって感じるかはお前ら次第だけどな。
3日前だな、職場で仲良いAってやつと別の同僚のBの家に遊びに行ったんだ。最初は普通に店で飲もうって話になったんだけど、Bがせっかくなら自分の家で飲まないかと言い出してきた。実はな、Bは明治時代に先祖が栄えてた家系らしくて、その代から受け継がれた屋敷みたいな一軒家に住んでるって話で有名なんだよ。俺とかAのアパートの狭い部屋で飲んでも良かったんだけど、一度噂のBの家を見てみたかったし、本人が良いってんならそうするかって話はすぐに決まった。で、コンビニで缶ビールとかつまみとか買ってBの家に向かったわけだ。
うちの会社の最寄り駅から数駅ぐらいのとこにBは住んでるんだ。場所は具体的には言えねーけど、よく言う「閑静な住宅街」ってとこかな。なんつーか、ごちゃっとしてねーんだ。下世話な話だがあれは相当良い土地だと思うぜ、本当に。
サラリーマン3人で駅から10分ぐらい歩いたかな。Bが、着いたよって言った家を見た時は俺もAも驚きすぎて声も出なかったな。俺は昔ながらの日本家屋を想像してたんだ。だけど、実際のBの家は洋画なんかに出てきそうな洋風の屋敷そのものだった。良い家っていう意味では一緒だけどな。Bが言うには経済的な理由で今は家が縮小されてて、Bのおじいさんの時代はもっと大きかったらしいんだが、ガキの頃からアパート暮らししかしたことない俺とかAにとってはそれでもあきれるぐらいでかい家だったよ。
中に入ったらリビングに通された。リビングも観葉植物とかオブジェって言うのか? 洒落たものが多いちょっとした美術館みたいで「やっぱすげーなお前ん家」とか言ってAと茶化してた。そっから男3人で飲みが始まったわけだ。むさ苦しい男だけで飲んでいい場所じゃねーなとか冗談飛ばしながらさ。気分良く飲んでたんだよ。
それから2時間ぐらい経ったかな。俺たちみんな程よく酔いも回ってきてた。
Aがトイレで一旦席を立ったんだが、戻ってきたら妙な顔してこう言うんだ。
「B、お前、猫でも飼ってるのか?」
俺とBは顔を見合わせた。一軒家だからBがペットなんか飼っててもおかしくないが、いるなら俺たちがこの家に入って来た時に姿を見せてくれそうな気がした。
「いや、飼ってないけど」
Aの問いにBはすぐ否定すると、Aは不審そうに首を捻った。
「お前が言うならそうなんだろうけどさ。……でもなんかさっき、廊下で猫の鳴き声みたいな声がしたんだよな」
今度はAが不審そうな顔をする番だった。
「でも、うちには犬も猫もいないよ。空耳とかじゃないのか?」
3人の間に気まずい沈黙が流れた後、Aが「わかった」と手を振った。
「悪い、今の話は忘れてくれ」
Aはまた席に着いたから、変な雰囲気を残しながらも俺たちは再び飲み始めた。今度はBの奴が用があると言って、リビングから出ていった。
俺はさっき猫がいないかと聞いてきたBの様子がまだ気になっていたから、聞いてみることにした。俺たちが知らないだけでAが猫アレルギーだったりする可能性もあったしな。だが、どうやら猫アレルギーというわけではないらしい。ただ、Bはそのまま妙なことを続けて口走った。
「さっきは猫の鳴き声みたいな声って言ったんだけどさ。今考えたらちょっと違うかもしれない」
「何だよそれ、じゃあ何の声なんだよ?」
「……人間の声、とかな」
Aが引きつった微笑みを浮かべながらぽつりとつぶやく。俺は予想もしなかった言葉に驚きすぎて突っ込むことも出来なかった。
「なんていうのかな、んおお、とか、おああみたいな声が聞こえたんだよ。発情期とかの猫ってそんな声出すだろ。それがさ」
Aは重い息を一つついて続けた。
「口を塞がれた人間のくぐもった声にも聞こえそうじゃないか? ドラマとかでしか聞いたことないけど」
俺は一瞬よくわからなかったんだが、何となく想像がついた。犯罪ドラマとかで、猿ぐつわされた人間なんかが声を出そうとして、言葉にならない声を出そうとするシーンあるだろ。Aはそれを言いたかったんだと思う。だけど、それはあまりにも恐ろしい考えだったから、俺はついAを責め立ててしまった。Bが誰かを誘拐して閉じ込めてるなんて疑うつもりかってな。Aが気まずそうな顔で口を開く。
「悪い、そんなつもりはないんだけどさ。ただ、そんな風に聞こえちまったんだよ」
「だからってお前、いきなりそんな発想はないだろ。ミステリだかホラーの読みすぎだっての」
「はは、それは確かにそうだな」
Aの最後の言葉は冗談めいた口調になってたから、Aもそこまで疑ってるわけじゃなかったんだと思う。俺もそのときはもう、少し前にAをきつい言葉で責めたことを反省していた。何故かって、怖くなってきたからだ。Bがリビングを離れてからもう15分以上が経過していた。そもそもあいつはどこへ行っているのだろう? トイレが長引いているのかもしれないが、それならさっき「トイレに行く」と言ってくれても良かったはずだとも思った。
その時ようやく気づいたことなんだが、俺たちはBの家の中全体がどうなっているのか全く見ていない。無理に見せてもらう必要もないからおかしいことではないんだが、この広い家のうちの知らない部屋でBが何をしているのか分からないことがその時の俺には不気味に思えてしなった。さっきAが言ったことのように、俺たちに言えないような何かをしているんじゃないかと嫌な想像が頭をよぎった。Aも似たようなことを考えているらしく、不安そうな目で俺を見ていた。お互いもう、酒を飲む気はなくなっていた。明るく洒落たリビングで男2人が缶ビールを手にしたままずっと俯いているその時の光景を、第三者が見たら異常だと思っただろうな。
それからどれぐらい経っただろうか、どこかからBが戻ってきた。恐らく暗い顔をしていたであろう俺たちを見て、どうしたんだ、と不思議そうな顔をしていた。
「お前、今までどこ行ってたんだよ」
聞きたいことはいくらでもあったが、俺が震えそうな声を抑えて聞くことができたのはこれだけだった。Bはきょとんとしていたが、ああ、と頷いて答えた。
「今、親戚の子が遊びに来てるんだけど、具合が悪くて部屋に籠っていてね。様子を見に行ってたんだ。先に事情を言っとけば良かったな、ごめん」
「……そうか」
申し訳なさそうな顔でそう言われてしまったら、それ以上の追求は出来なかった。
Bがいなかったときの不信感を宥めることはできたが、Bの家から一刻も早く離れたいという気持ちの方が強かった。Aが
「だいぶ飲んじゃったし、俺もう帰るわ」
と言ったのに便乗し、俺も帰らせてもらうことにした。俺達の態度が不審がられないかと怖くなったが、Bは残念そうに
「そうか、また今度な」
と言っただけだった。
俺とAは帰り支度をして、廊下に出た時だった。Aが最後にトイレに行くから待っててくれと言うので、俺は廊下で待っていることにした。真相を確かめもせずに勝手にビビってるだけだったんだが、一人で帰るのが怖かったから、その時はAにそう言われたのがありがたかった。もしかしたらAも同じことを思ってたかもしれないな。
そうして、誰もいない廊下で一人待っていた時だった。どこかから、ドン、と音が響いた。何の音だ、と思って辺りを見回したが音を出せそうな人間も物もどこにもいない。Bはリビングにいたはずだから廊下には俺一人だ。音は天井辺りから聞こえたような気がする。Bの家に二階があることは、廊下の玄関近くに上に続く階段があることからわかっていた。どうすべきか迷っていると、またドン、ドンと二回続けて音がした。上にいる誰かが床を蹴るか叩くかしているような音に聞こえた。上にいるのが具合が悪くて伏せっているBの親戚なのかわからなかったが、確かめに二階に上がる勇気はなかった。この音が何なのか、天井一枚隔てた上の空間に誰がいるのかわからないという恐怖で俺は固まっていた。不意に
「助けて」
という声が確かに耳元で聞こえた。その声を聞いて俺がひいっと情けない声をあげてうずくまってしまうと同時に、廊下の奥のトイレからAが戻ってきた。
その夜の後のことは、帰りの電車の途中の駅でAと別れた事、いつの間にか自分のアパートの部屋に戻っていたこと以外覚えてない。廊下で聞いた音と声のことは未だにAには話してない。どちらかがそうしようと言ったわけではないが、あの夜のBの家で起きたことを口にするのは俺とAの間ではタブーのようになっていた。
……ここからは、俺の邪推になるんだがとりあえず言っておく。女子高生が行方不明になってる事件が最近ニュースでやってるだろ?
ーーそう、都内の17歳の女子高生の行方が一昨日からわからなくて、家族が警察に捜索願いを出して現在捜索中っていうやつだ。急に何の話だって言われそうなんだが、ニュースで言ってたその子の家っていうのが、Bの家付近なんだよ。
だから、あの夜Aが聞いたっていう、発情期の猫の声みたいなくぐもった声ってのがさ、Bに誘拐されて、喋れない状態で二階に閉じ込められた女子高生の声だったのかもしれないって思うようになっちまったんだ。廊下で聞こえた何かを蹴るような音は、下にいた俺たちに助けを求めるメッセージだったのかもしれない。
でもそれが事実だったとすると、俺が廊下で聞いた「助けて」っていう声は何だったんだという話にもなるんだよな。確かに聞いたんだよ、聞き間違いなんかじゃねえ。廊下にある配管とかを通じて声が届いたってことなのかもしれないが、話せない状態だとしたら、意味がはっきりわかる言葉が聞こえたってことはおかしくないか? 誰が言ったってんだよ? ……ごめん、でかい声出して。
そうだな、ここまでの話のほとんどが俺の推測でしかない。実際はBと行方不明の女子高生は無関係なんだろうし、俺やAが聞いた声も音も全て幻聴だったのかもしれない。ただ一つはっきりしてるのは、あの夜、Bがどこかへ行っていたとき何をしてたのか聞いておくべきだったってことだろうな。本人が真実を全て話してくれるとは限らないけどさ。
Cat House 暇崎ルア @kashiwagi612
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