保馬祭巡り~壱~

 時は昼。保馬城の城下町は、保馬祭の開始を今か今かと待ちわびる人々でいっぱいだった。


「そろそろ始まりますね……!」


「楽しみですね、桜様。私達も沢山手伝ったんだから、大成功してほしいですよね~」


「お藤の言う通りだ。俺達だけじゃない、藩中の人達が総力を挙げて準備したんだ。大成功するに決まってますよ」


 虎和と桜、お藤も群衆に紛れて、祭りの幕開けを心待ちにしていた。

 少し待って、やぐらの上に見覚えのある人物が現れる。誰よりも祭りの準備に精を出してきた運営委員会総括の杉本だ。大きく息を吸って、祭り開始の宣言をする。


「お待たせしました皆さん! 今年も集まっていただきありがとうございます! それでは早速、保馬祭の開幕をここに宣言します!」


 杉本の宣言と同時に、ド派手な太鼓の音が町中に響き渡る。それが合図となり、静かに待っていた人々は一斉に騒ぎ出した。


「これが祭り……! 始まったばかりだけどもう楽しそう!」


「俺も祭りに参加するのは初めてだけど、こんなに盛り上がる物なんだな!」


「保馬祭は全国で見てもかなり大規模なお祭りだからね。……あ、来た!」


 自信気に解説したお藤だったが、誰かに気付いたようでその視線はそちらに向けられる。その視線の先にいたのは……。


「御茶之介先生! こっちですよ~!」


「おぉ。お藤君に虎和君、それに桜様じゃないですか!」


「げ。御茶之介……」


 虎和達を見つけて嬉々とした様子で走って来たのは御茶之介だった。


「お藤君から聞いたよ。僕も君達三人の中に混ざらせてくれるんだって?」


「えちょお藤、俺聞いてない……」


「まぁまぁ良いでしょ!? 桜様も嬉しいですよね、御茶之介先生と一緒にお祭り回れるの!」


「え⁉ 御茶之介先生、私達と一緒に回ってくれるんですか⁉」


「勿論ですよ。二人は僕の大事な読者さんだし、虎和君もいる。むしろこっちが混ざらせてくれて嬉しいくらいだ!」


 桜とお藤は御茶之介の小説が大好きなので、彼にぞっこんなのだ。逆に虎和は彼の奇行を散々見せられているので苦手意識を抱いている。つまりこの組み合わせ、虎和だけが損をしているのである。


「それじゃ、四人で回るって事で! 保馬祭楽しんで行こ―!」


「「おー!」」


「……まぁ、いいかぁ」


 待ちに待った保馬祭が、ついに始まった。


 ~~~


「まずはやっぱり昼ご飯の調達ですよね。何か良い店ありますかね?」


「クンクン……この匂い、『どれも良い店』だ……! 僕達は今、無数の選択肢に囲まれているッ! この中から昼飯にする一店を選ばなきゃいけないなんて、なんて試練だ……!」


「何言ってるんですか、皆。お昼ご飯のお店はもう決まってるじゃないですか!」


 皆が昼飯に悩む中、桜は迷うことなく走り出した。


「ちょっ桜様! 危ないですから走らないで!」


「ほら、あった! ここですよここ!」


 桜がやって来たのは虎和達もよく知る店。


「豆腐屋風斗!」


「お、皆さんいらっしゃい! 食べてくかい?」


 屋台から豆太夫がひょこっと顔を出して、虎和達を誘ってくる。


「そうかこの店があったか! すっかり忘れてた!」


「虎和さんから出店している事は聞いてたので! 豆腐屋風斗の愛好家として、行くしか無いですよね!」


「そう言っていただけて光栄です、桜様! この祭りの場に恥じない美味しい料理を提供させていただくので、少々お待ちください!」


 四人で屋台の椅子に座り、料理の完成を待つ。色々な屋台から多様な匂いが流れ込んでくるが、やはり豆腐屋風斗の匂いは格別だった。数多の匂いが跋扈する中でも独自の存在感を放っている。


「さぁ、できましたよ! 保馬祭限定の華豆腐定食です!」


 運ばれてきたのは、一瞬芸術作品かと錯覚する程に美しい豆腐料理だった。

 豆腐が上手いこと切り取られて、美しい華の形になっている。それに加えて白く輝く白米、たっぷりのった脂が光を反射する銀鮭、温かな湯気が肌を撫でる豚汁も付いて来た。


「おぉぉぉぉ! 美味しそう!」


「え、これ本当に豆腐なの⁉」


「いつもに増して気合い入ってますね! 流石豆太夫さん!」


「これが本気の豆腐定食……! 素晴らしい! これは小説の参考になるぞ!」


「さぁさぁどうぞ、召し上がってください!」


 まずは華型の豆腐からいただく。形を整えるために硬めの豆腐を使っているのか、箸でも簡単につまむことができた。そのまま口に運んで、その美味さに圧倒される。

 やはり豆腐屋風斗の豆腐は極限まで洗練されている。四人全員がそう感じた瞬間だった。


 提供された全てが圧巻の美味さだった。十二分に満足した四人は、礼を言って豆腐屋風斗を後にする。


「豆太夫さん、今日のご飯めっちゃくちゃ美味しかったです! ありがとうございました!」


「いえいえこちらこそ。喜んでいただけたようで何よりです! お祭り、楽しんでいってくださいね!」


 盛大な祭りはまだ、始まったばかりだ。

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天才異能使いの穢れた侍は妖魔を断ち暗躍す 三ツ谷おん @onn38315

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