後編

「……リナちゃん、大丈夫?」


 心配そうなリージュの声でハッと我に返った私は、慌ててニッコリと笑った。


「うん! 全然大丈夫!」


「なら良いけど、体調悪いのかな、って心配になっちゃった。ちゃんと食べてる? 依頼はちゃんと来てる? もし来てなかったらお金の助けには……」


「……私、候国勇者だから、今は大丈夫だよ」


「……もちろん、そうだよね。でも、リナちゃんいっつも人のために使っちゃうから……」


 私はあいまいな笑みを浮かべて目の前のパイをほおばった。

 この話題は嫌だ。


「あのさ、リージュ! この後、よかったら服見に行かない? ここに来る途中、すっごくお洒落な服屋さん見つけたんだ! で、夜は屋台で色々食べようよ。ここに来る途中でおいしい串焼きを……」


「あの……ごめんねリナちゃん。服屋さんはお付き合いできるけど、夜はちょっと……戻らないといけないから」


 その言葉の意味がすぐに分かった。

 あの人。

 セイグリッドさんの決めた時間だからか。


 そう思うと、キラキラしてた空気がスッと濃度と温度を下げたように思えた。

 また……あいつが。


「あの杖、持って来てないんだね」


 自分の声が硬くなっていて、それにイラっとする。

 もっと上手くごまかしてよ。

 気が抜けすぎ。


「あ、うん。あの人が『友達と会うならいらない。置いていっても良いんじゃないか』って」


「セイグリッドさん?」


「うん……どうしたの? リナちゃん。やっぱり体調悪いんでしょ」


 そうじゃない。

 なんで……


「セイグリッドさんを『あの人』って言うんだね」


「え……」


「あの人が持っていくなって言ったんだ? そうだよね。杖を奪おうとしたりへし折ろうとした女の前に持っていかせたくないよね」


「リナちゃん、それは違うよ。あの人は私のこと……」


「だからあの人ってだれ!」


 しまった。

 私は血の気がサッと引くのを感じた。

 

 慌てて目の前のリージュを見ると、彼女は表情がこわばっている。

 やだ……そんな顔しないで。


「……リージュ、セイグリッドさんはあなたを利用しようとしてるだけ。自分の目的のために、あなたの人生や大切なものを捧げようとしてるんだよ」


「リナ……ちゃん」


「叡智の杖を持たせなかったのも、リージュを気遣ってるんじゃない。私に奪われたくないだけ。そしたら貴方を利用できなくなる」


 私、なに言ってるんだろ……

 自分で自分を止められない。

 でも……分かって。

 私はあなたを救いたい。


「あの人を見たでしょ? 何が神聖勇者なの? 自分の部下を踏み台にして、ボロボロにしてかなえる夢ってなに! そんなの1人でやってればいいんだ。あんな人、勇者なんて認めな……」


「あなたに何が分かるの!」


 突然聞こえたリージュの声に、私は声が出なくなった。

 今……怒鳴られ……た?


「リナちゃんには彼の事なんて分からない! 何も分かってないのに、パッと見ただけで決め付けないで……悪者にしないでよ!」


 私は目の前がぼやけるのを感じた。

 私、泣いてるんだ。

 そう思った途端、この場に居たくなくて私は立ち上がるとお店を走って出て行った。


 お店の近くの路地に入ると、私はしゃがみこんで子供のようにワンワン泣いていた。

 嫌われた……あんな顔、始めてみた。

 なんで?

 なんで……私……

 声を上げながら泣いていると、そっと背中に手が触れるのを感じた。

 驚いて顔を上げると、リージュが居た。

 目が真っ赤になっている。

 

「やっぱり、ここに居たんだ」


「何で……分かったの?」


 リージュはクスクス笑うと言った。


「あんなにワンワン大きな声で泣いてたら分かるよ。リナちゃん、そういうとこ、変わってないよね」


 変わって……ない。

 その言葉でまた涙があふれてきた。

 リージュ、今のは……ごまかしてないよね?


「うん。私……変わってないよ。二人で冒険してたときと何も変わってないよ」


 そう言うと、私は目の前のリージュを抱きしめていた。

 突然の事に驚いたのか、リージュの身体が固まってるのを感じる。


「一緒にお金の事でウンウン困ってたよね。小さな依頼だけど、一緒にドキドキしたり悩んだり、笑ったり。私、リージュの木の杖大好きだったよ。いつかお金溜まったらもっといい杖を買ってあげたい、って思ってたんだ。ローブだって、お出かけしたとき『こんなの似合うな』って選んでたんだよ。私はその時とずっと変わってない」


「……リナ……ちゃん?」


「リージュ、一緒に帰ろう。ロッドベリーへ……ううん。二人でここから船に乗って、別の国に行こう! 私、ずっと守ってあげる。お金だって絶対何とかする。候国勇者じゃ無くなるけど……お尋ね者になるかもだけど、あなただけは幸せにする。一生守るから! 勇者じゃなくてもいい。ドブさらいだってウェイトレスだってする。だから……一緒に船に乗ろ……お願い」


 しゃべりながら泣き声になってきてるのを感じた。

 いいんだ。泣いてたって。

 リージュさえ「うん」って言ってくれたら。

 そしたら、もう勇者なんてどうでもいい。


 ああ……私……そうだったんだ。

 ハッキリ分かった。

 私、どんなものよりも。どんな夢よりも。

 リージュの事が大切だったんだ。

 この温もりや綺麗な瞳、綺麗な肌。

 鈴のような綺麗で可愛い笑い声。

 全部……大好きだったんだ。


 ふと、私の脳裏にリージュの唇が浮かんだ。

 蜜をたっぷり含んだような甘い香り……

 もし……もし、キスしたら。

 そしたらあなたは私に着いてきてくれるかな?

 「あなたを愛してるの」

 そう言ったらあなたはセイクリッドさんなんかよりも、私とずっとずっと居てくれるのかな?


「リナちゃん」


 リージュの声が耳に飛び込む。

 私は返事をせずに抱きしめていた。


「……私、怖い。自分が自分で無くなるのが。この先……この道を進んで行ってどこに行っちゃうのか。考えると怖くて眠れなくなる」


「だったら……一緒に逃げよう」


「でもね。それ以上に、背負ってるものから逃げたくない。私、沢山の人を見てきたの。みんな魔物の影に苦しんでた。怖がってた。でも、私とあの人ならその人たちに『当たり前の生活』を取り戻せる。私とリナちゃんが過ごしてたような……小さな事に驚いて困って、お腹が苦しくなるくらい笑っていた、そんな生活をあの人たちにも取り戻せる」


 私は目の前のリージュをぼんやりと見ていた。

 彼女はあの時と同じくキラキラしてた。

 でも……あのときより、綺麗になっていた。


「私が叡智の杖を使えるのも、セイグリッドさんと一緒に戦えるのも、リナちゃんとの日々があったから。あの日々は忘れてない。今でも泣きたいくらい幸せな思い出。だから、国中のみんなにそんな思い出を感じてもらいたい。いつ死ぬか、いつ魔物に襲われるか。そんな思い出じゃない、普通に笑っていられる普通の思い出を」


 リージュはそう言うと、私の頭を優しく撫でた。

 それはまるでずっと前に死んじゃったお母さんのようだった。


「私は絶対変わらない。絶対リナちゃんのところに帰ってくる。約束する。叡智の杖なんかに負けない。だからリナちゃんも信じて欲しいな」


 私は涙を拭うのも忘れて頷いた。

 

「帰ってきて……くれるの」


 リージュはあの頃と変わらない笑顔で頷いた。


「この芋虫にかけて約束する。そしたら、また一緒に旅しようよ。またどうでもいい事で笑わせてくれない?」


「もう……どうでもいいなんて酷いよ! 私だって成長したんだからね!」


 リージュはクスクス笑って言った。


「本当に? その服だってエクトール君に無理やり選ばせたんじゃない?」


「え! ……ち、違う……よ!」


「リナちゃん、正直すぎ!」


 そう言って笑い出したリージュを見て、私もいつの間にか笑っていた。

 異国の雑多な臭いのする港町。

 そこで私たちはあの頃みたいに大声で笑い合えた。


 ああ……やっぱり、私あなたが好きなんだ。

 やっと気付いた。

 だから、あなたの気持ちを大事にするよ。


 だって、あなたが戦うのは私との思い出があったから。

 その思い出のために戦うんだよね。

 だったらリージュを信じる。

 

 そしていつか、また一緒に旅をしよう。

 その時、私はあなたにこの気持ちを伝える。

 だって、今度こそあなたを離したくないから。

 何を犠牲にしても、リージュさえ居てくれたらいい。

 

 時間ピッタリに迎えに着た馬車に乗って、リージュは帰っていった。

 彼女が居なくなると、それまで熱気に満ちていた街が急にひんやりと温度を下げたように感じる。 


 私はホッと息をつくと、ロッドベリーへ帰る馬車に足を進めた。

 私も負けない。

 リージュを信じる。

 だけど、セイグリッドさんは信じられない。

 リージュの望み、夢をセイグリッドさんがどうするのか。

 それを見てやる。

 もし、それがリージュに不幸をもたらすなら……


 私はギュッと目を閉じた。

 

 リージュ、私は貴方のためならなんでも出来る。


 そう決意を固めながら、馬車のステップに足をかけた。


【終わり】

 

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「あなたと私の約束」【凡才少女は勇者の夢を見るか 二次創作】 京野 薫 @kkyono

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