「あなたと私の約束」【凡才少女は勇者の夢を見るか 二次創作】

京野 薫

前編

「これ、どう思う? これでいいかな? ハッキリと教えて欲しい」


「どう思う? って、逆に聞くけどどう答えろというんだい? 前から言ってるけど、君は何で主語を抜かすかな……」


「もう! 付き合い長いんだからそのくらい察してよ。リージュと歩いても恥ずかしくないか、って聞いてるの!」


 こっちは焦ってるのに……鈍い男はモテないんだからね!

 そんな理不尽な不満を感じながら、私は目の前で明らかに早く読みかけの本に戻りたがっているエクトール君を睨み付けた。


「ああ、明後日の事か。別に何でも良いんじゃない。その格好でも問題ないだろうし。と、言うかいつもの格好じゃ駄目なの? あの革鎧の」


 そういわれて私はグッと言葉に詰まった。

 先週の大討伐でのリージュや、あの男の人……セイグリッドさんとの一件で沈み込んでいた私に届いた手紙。

 

 それはリージュからだった。

 任務がひと段落ついて、休暇をもらったのでロッドベリー近くのブラカルトと言う街に来ているらしい。

 ただ、1人で来ているため良かったら遊びに来ないか、と言うものだった。

 

 私はそれまでの沈んだ気分がどこかに飛んでいってしまい、任務でロッドベリーにきていたエクトール君の宿舎(と、言っても候国勇者らしく豪華な所だけど)に押しかけて、手紙を見せては大量に運び込んだ服から、衣装選びに付き合ってもらったのだ。


 って、こうして思い返すと、王の頭脳とまで言われている勇者にする事じゃないよね。

 しかも、明日のお城の会議で王様の話す内容の原稿を書いてる、って言ってたのに。

 ありがと、エクトール君……選び終わったらお仕事、戻っていいからね。


「感謝するなら、僕を自由にしてくれないかな。僕は君の不毛な服選びのための学びをしたことないし、するつもりもない」


「じゃあこれからしてよ。君だって好きな人が出来たとき、このくらい出来ないと嫌われるよ」


 そう言うと、何故かエクトール君はムッとした表情で私を見ると、何か言いかけたけど珍しく口ごもって本に戻った。


「ん? どうしたの? 珍しいね。言いたいことあるなら言ってよ」


「……別に。君だって、女友達のための服選びでそんなに悩むなら、目の前の男に対してパジャマ姿で歩き回る単細胞を直してもらえないかな。それじゃ、好きな人が出来ても嫌われるよ。そもそもその格好で宿舎まで……」


「それは……私と君との仲だからでしょ。私だって、気になる人の前ならちゃんとするよ! だから大丈夫。ところでどんな服がいいと……」


 そこまで言いかけると、エクトール君は突然表情を硬くして私から目を逸らした。


「もういいよ。だからいつもの革鎧でいいんじゃない? 前までそれで会ってたんだろ? なんで今更悩む必要あるの。あと、この脳細胞を数個しか使ってないような会話を続ける意味ってあるのかい? 悪いけどそろそろお引取り願えないかな」


 そう言うとエクトール君は話は終わり! と、言わんばかりに本に目を向け私の方を見ようともしなくなった。

 なによ……いつもより無愛想に磨きかかってさ!

 

「分かった! じゃあ明後日は下着姿でリージュと会ってやるからね!」


「……はあ!? あのさ……君は馬鹿か!」


「馬鹿じゃないもん! だってなに着てけばいいか分からないんだもん」


「何が『もん』なんだか……分かったよ。もう一回着てみて」


 そうして結局渋々ながら選んでくれた服……上下ともに若草色の服で会うことにした。

 いい感じじゃない! そして、何よりリージュとおそろいの芋虫ストラップとよく似合っているのも気に入っちゃった。


「エクトール君、凄い……いいチョイス! 流石の頭脳だよね。感動した!」


「称賛されてこんなに心が動かないのは始めてだよ。勉強になった。有難う」


「いやいや、照れるな……エクトール君の勉強になったなんてさ。……えへへ。また協力してあげるからね」


「……君は皮肉って言葉を学んだ事ある?」


 上機嫌で宿舎を出た私は、ふと足を止めて夜空を見上げた。

 リージュと会うのはいっつも嬉しい。

 目の前の景色がキラキラと……光の粒に包まれるみたいな幸せを感じる。

 でも……今回は。

 

 そうだ。

 

 なんで今回はこんなにドキドキしてるんだろ?

 そう。なんでいつもの革鎧で会いたくないんだろ?

 これもエクトール君に聞けばよかった……


 ロッドベリー砦から馬車で半日かけてたどり着いた港町ブラカルト。

 貿易の拠点なだけに人口もトップクラスに多く、他国からの貿易品や食材も毎日多数入ってくる。

 そのせいか、町中が様々な異国の文化や風俗、そして臭いに満ちていた。

 

 様々な人種の臭い。食材や香辛料の臭い。

 布や香水の臭い。

 

 そして、そんな国々のるつぼのような街に共通する熱気にもあふれており、この多国籍な感じが私は大好きだった。

 どこかにあるようでどこでもない。

 そんな全てを包み込んだ果てに生まれた、圧倒的個性。

 

 やっぱりこの街、大好き……


 リージュとの待ち合わせとなっている「ヴィヴァロワ」と言うカフェに行く前に、串焼きを買って食べて見る。

 異国の香辛料を使ったそれは、鼻にツンと来る刺激臭があったけど食欲をそそる刺激だった。

 エクトール君やリージュにも食べてもらいたいな……

 そう思っていると、ぽとりと落ちたお肉を小鳥がついばんでいた。

 この街は鳥や犬、猫まで、はち切れそうなエネルギーを持っている。


 ぶらぶらしてたけど、それでも待ち合わせ時間にはかなり早く着いたので、店内を居て回ろうと思っていた私は「リナちゃん!」と言う声で、足を止めた。

 慌てて声のほうを見ると、窓際の席でリージュが手を振っていた。

 その姿を見て、私はすぐに手を触れなかった。

 

 あれ? どうしちゃったんだろ……

 

 リージュはいつもと変わらなかった。

 雪のように澄み渡る綺麗な白いローブ。

 宝石をあしらった上品なカチューシャ。

 服装は品のある豪華さとでも言うようなものだけど、代わらない優しくて明るいリージュ。

 でも……なぜか、彼女に光の粒が沢山見えちゃうな。

 それが、たまらなく幸せになって、ドキドキする。


 私は頭を振って、ニッコリと笑うとリージュの向かいの席に座った。


「リージュ! 久しぶりだね……」


「リナちゃんこそ。……どうしたの? 何かいつもと違うけど」


「え! 何かおかしいかな……」


「ううん、逆。なんか凄く上品でお洒落だよ。なんかリナちゃんじゃないみたい」


「え……そうか……な」


 私は自分の顔が真っ赤になるのを感じた。

 え? なに、なんで……こんなに嬉しいんだろ。

 

 私たちは、早速カフェの名物のパイとケーキを頼んだ。

 そして届くまでお互いに積もる話をした。

 私はすっかり浮かれていた。

 あの忌まわしい杖……「叡智えいちの杖」が無かったのだ。

 そう、彼女はこの場にあの杖を持ってきていない。

 それがたまらなく嬉しい。

 それだけで前の私たちに戻れているみたいで。


 今、この時間。リージュは私だけの友達。

 彼女は勇者でもなんでもない。

 私だけに笑ってくれる。私と同じものを食べて、同じ空気を吸って、同じもので幸せを感じてくれている。

 それが嬉しい。


「わあ、このパイおいしそう! 僕も食べたいな。そうだ、リージュの分を先に食べちゃおう」


 私は芋虫のストラップを取り出すと、テーブルの上でピョコピョコ動かしながら、リージュのパイに向かって動かした。


「もう! リナちゃん、なんなの! ……ダメだよ、このパイは僕のだからね」


 リージュも笑いながら芋虫のストラップを出すと、私の真似をして動かした。

 嬉しいな。

 私、今心から笑ってる。

 この時間の1秒ごとに深まる幸せを、欠片も逃さないようにしようと思えている。

 

「……ちぇっ、食べるのはまた今度」


 そう言って私は芋虫をしまうと、改めてリージュを見た。

 私は心から笑っている。 

 でも……今までと違った気持ちも、まるで布の袋から染み出す水のように漏れだしている。

 

 彼女の小さくて、ツンと突いたら弾けそうな唇。陶器のような首元。そして繊細な指の先の蜜のような爪を持つ指先。

 それらが私の心を変な感じに染め上げていく。

 これって……なんなんだろ?

 なんでリージュを見てるだけでため息が出るの?

 リージュってこんな風だったっけ?


 私たちって……友達なんだよね?

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