死亡保険

口十

第1話 やり直しコース

「やり直しコース、何だそれ?」

 年もそろそろ四十になろうという今日こんにち。流石に死亡保険にも入っておかないと、とネットを見ていると、そんな単語が目に飛び込んできた。

 死んだらやり直しも何も無いだろうに…

 元来科学の熱心な信者であった私にはそれが滑稽に思えてくる。死とは誰もが行き着く生命の終着点。天界だとか輪廻転生だとかは死への恐怖心を和らげる為の妄言に過ぎないのだ。魂は実在し、二一にじゅういちグラムが死後消えたというのも、今の科学からすれば荒唐無稽な戯言だと言われている。

 だが…安い。一ヵ月百円だ。他のサイトを見ても千円は下らなかったのに、十分の一だ。勿論、代わりに家族に支払われる額もそんなに高くない。だが、オプションとして先程言った”やり直し”が付いてくるようだ。

 家があまり豊かでない私からしたら百円という安さは何物にも代え難かった。妻にも相談して、私は”やり直しコース”に申し込んだ。



 それから更に倍の年月が流れた。ろくに運動していないのがたたって、一人ではあまり動けなくなっていた。歯も幾らか抜け落ち、介護士なしでは生きていけない身体になっていた。

 そろそろ死ぬなぁ。と心のどこかで常々考えていて、息子や孫に遺産と保険の割り振りは話しておいた。息子は三年前に私の妻が死んだ時から覚悟はしていたみたいだが、孫は「そんな事言わないで、百歳まで生きてよ!」と悲しげに訴えてきた。一応、死んだら諸々は息子にたのんである。一人息子で色々と苦労はしてきたが、しっかりと優しい嫁をもらって、元気な子もできて、私としては自慢の息子だ。

「三ヵ月です」

 それだけ伝えてきた医者とももう別れだ。この三ヵ月、思い切り楽しめた。テーマパークにも行ったし、昔からの仲だった友人とも最期に飲み明かした。今までつきそってくれた介護士に驚かれる程動き回った。もう充分、人を楽しんだ。

 スゥー、と瞼が閉じる。嗚呼、息子、お前は泣かないんだな。

 こんな偉くもないお爺ちゃんのために泣いてくれてありがとう。耳だけは、最期まで生きているそうだから、だから何か話しといておくれ…



 パッと眩いばかりの日差しが瞼を焼く。何だと周りを見渡すと、どうやらショーケースの中にいるようだ。

 何が起きた? 私は確かに死んだ。皆に看取られて、痛みはあれど幸せな最期を迎えたハズだ。

 それが今、どうして赤子になっている?

「本当に生んでよかったのかしら…足が動かないなんて…」

 何を言っているんだ? と足を動かそうとしたが、力が入らない。

「最悪、保健所へ…」

 やめろ、それはやめろと叫んでも喉から声がでない。

 すると、頭にこんな声が流れてきた。年の若い女性の声で

「この度はやり直しコースのご利用、誠にありがとうございます。今回は格安コースでのご契約でしたので、艱難辛苦かんなんしんくの道のりではございますが、どうぞ、二度目の人生をお楽しみ下さいませ」

 言われてフッ、とガラス越しに私の親を見た。

 あわれみ、侮蔑、落胆…およそ親として見る目ではなかった。

 艱難辛苦…嗚呼、私はこの親に捨てられるのか。

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死亡保険 口十 @nonbiri_tei

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