小さなヒーローと怪盗
九戸政景
本文
「ごめんね? 重くない?」
「こんなの重くないって」
私、
中でもこの勝太君は私が担当している4-2の中心的な存在のようだ。少しツンツンとした黒髪に幼さの中にも少しだけ大人っぽさが混じった整った顔立ちをしている彼は背丈も他の子よりは少し高めで肩幅もちょっとだけ広く見えた。
「ふふ……」
「なにさ」
「ううん、私が職員室から出てきた時に偶然通りかかってこうして手伝ってくれる勝太君は特撮番組のヒーローみたいだなと思って」
「ヒーロー? 広井せんせ、その年でもそんなの観てるの?」
「だって、カッコいいじゃない。友達はイケメン俳優にしか興味ないようだけど、私はヒーローとしての姿の方が好きかな。ピンチの時に颯爽と現れてくれるヒーローの姿は本当にカッコいいよ」
「ふーん……」
勝太君は少しむくれたような顔をする。その姿が可愛らしくて、まだまだ子供だなあと思った。そして資料室に着き、部屋のドアを開けて私達は資料を適切なところに片付け始めた。
「これはここで……勝太君の方はどう?」
「順調。俺を気にせずにせんせはせんせの方で頑張りなよ」
「うん、わかった」
少し素っ気ない態度を取ってはいたけれど、サボる事なく勝太君は手伝ってくれているのでその姿は頼もしかった。そして最後の一冊をしまおうとしたその時、足元の段ボールに気づかずに私は足をぶつけて体のバランスを崩してしまった。
「わっ……」
「せんせ……!」
すぐに勝太君が反応をして手を掴んでくれたが、私はそのまま尻餅をついた。その衝撃で背中から倒れると、それに引っ張られて勝太君の身体が引き寄せられ、仰向けの私に勝太君が馬乗りになる形になってしまった。
「しょ、勝太君……」
「いてて。ったく……せんせ、足元には気を付けろよな。背中から倒れたようだけど、怪我はしてないのか?」
「うん、だいじょ──」
その瞬間、指に鈍い痛みが走った。見ると、少し擦りむいたのか血が滲んでいた。
「あはは……ごめんね、どんくさくて」
勝太君に対して愛想笑いをして誤魔化そうとしていた時、勝太君は真剣な顔で私の指を掴むとそのまま自分の口の中へと挿し入れた。
「えっ……」
「んっ……むちゅ……」
勝太君は真剣な顔のままで私の指の傷口を舐めていて、その姿はどこか男性的な色気が漂っていた。そうして私の顔が暑くなる中で勝太君はちゅぽんと指を口から出すと、少し垂れたヨダレを手の甲で拭った。
「傷には唾つけとけば治るって親父が言ってたから応急処置だ。実際、唾にはある程度の殺菌効果があるみたいだしさ」
「そ、そうなんだ……」
「でも、このまま悪くなっても仕方ないし、保健室でちゃんと手当てをしてもらうぞ。せんせ、立てるか?」
「え……う、うん……」
私は勝太君に引っ張ってもらう形で立ち上がり、資料をしまい終えてから保健室に向かった。
「まったく、足元の段ボールにつまづくなんて広井先生ってちょっとドジなとこもあるのね」
「あはは……面目ないです」
保健室で手当てをしてもらいながら私は答える。勝太君は授業があるので教室に戻っていたが、さっきの勝太君の姿が目に焼き付いて離れなくなっていた。
「……小さなヒーローに助けられちゃったなぁ」
「ヒーロー……ああ、来栖君ね。それは助けるでしょ、好きな人のためだし」
「え?」
「あら、知らなかったの? 来栖君ってあなたの事が好きみたいなの。前に保健室に来た時に広井先生の話を振ったら顔を赤くしながら広井先生を褒める言葉を言ってたのよ? だから、来栖君があなたを連れてここに来た時に真剣な顔をしてたわけだけど」
「勝太君が……」
それを聞いて職員室から出た瞬間に勝太君が通りかかったのが偶然じゃなかったとわかった。そしてそれと同時に馬乗りになっていた勝太君の真剣な顔や指を舐めて応急処置をしてくれている姿が次々にフラッシュバックして私は恥ずかしさから顔に熱を帯びた。
「あらあら……」
保健室の先生は私の姿を見て仕方ないといった顔で笑った。勝太君は私の小さなヒーローであると同時に心を奪った小さな怪盗でもあったようだった。
小さなヒーローと怪盗 九戸政景 @2012712
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