第4話 それぞれの行方

 昼下がりの図書館。私とミナミは分担して、課題に使う資料を探していた。

 履修しているゼミの教授から新たな課題が配られたからだ。ゼミでは与えられた課題から、演習方式で制作・発表をする機会がある。履修している学生たちは予定を組んで取り組まねばならない。


「参考になりそうなのが見つからないね……」


「見つからないと言えば。テンちゃんのイヤリングは見つかった?」


「あ、そうそう。ハル君から見つけたってさっき連絡があったの。ミナミも探してくれてありがとう」


 失くしたのは母から受け継いだイヤリング。気に入っていたのに、大学のどこかで片方を落としてしまった。学生課にも届いておらず、諦めかけていたのだが――。

 偶然とはよく言ったものだ。キャンパス内で、たまたま座ったベンチの足元に落ちていたそうだ。『あったよ』というメールが先ほど届いていた。


「ハル君ねぇ……」


「ん、なに?」


「なんかさ、妙に仲がいいよね」


「えっ、そうかな……?」


「テンちゃん、キレイになってきたし。心配……」


「心配ってなに? そう言うミナミはどうなの? 吉野よしの君、ミナミに気があるみたいだけど?」


は友達以上、恋人未満だからいいの」


「アレって……。本人が聞いたら落ち込んじゃうよ」


「いいのいいの気にしない。そんなことより、卒業したらテンちゃんと会えなくなることの方が悲しいよ」


「それは私も悲しい」


「でしょう? せっかく相思相愛になれたのに」


「相思相愛って恋人同士が使う言葉じゃないの? それに、ミナミと愛し合ってないから」


「テンちゃんとなら愛し合ってもいいけどな」


 顔を見合わせ、二人して声を潜めて笑う。

 こんな楽しさも今のうちだけだろう。だけど、離れるのは距離だけ。気持ちまでは離れない。そう彼が教えてくれた。

 大学ここでの思い出は、一生忘れないよ。




 カフェCielシエルでのアルバイトもあと僅か。今後は多忙となるため、今月末でのカフェの退職が決まっている。

 お別れを言うには気が早いけど、感傷的な気分で店内を見回してみた。Cielではたくさんのお客さんに出会い、多くのことを学んだ。またいつか、東京に来ることがあったら必ず立ち寄ろうと思っている。奥様の澄玲すみれさんはもちろん、Cielにも「ありがとう」とお礼を言いたい。


 午後7時にCielは閉店時間を迎える。残っていたお客さんも徐々にいなくなり、残っているのはひとり――。


「ん……。あれ、寝てた?」


 おでこに赤い跡を付けた彼が辺りを見回す。

 今日は金曜日。週の終わりで気が緩んだのだろう。来店して10分も過ぎた頃には、うとうとしていたのだから。


「珍しいねハル君。疲れちゃったの?」


「いま何時?」


「ちょうど閉店時間ね」


「やばっ。もうそんな時間か。帰らないと」


「慌てなくていいよ。少しくらい大丈夫だから」


「うん……」


 支払いを済ませた彼が私を見る。


「じゃあテンちゃん、また明日」


「うん。明日ね」



 彼を送り出してから、私はテーブルを片付けに戻る。

 彼が使ったカップをトレーに乗せる。半分ほど飲み残した薄茶色の液体が、カップの中で静かに揺れた。

 テーブルを拭いて、イスを定位置に戻す。


 動かしたイスの下にノートが落ちていた。表紙の端には手書きの上手な絵が描かれていた。

 ペンギン? これって……。

 どうやら去年の夏に行った水族館のペンギンを描いたようだ。

 彼の忘れ物か。


「もう行っちゃったかな?」


 ノートを手に外へ出た。暗がりで目が慣れず、しばらく辺りを見回してみる。

 地上の街明かりが、街路樹を影絵のように路面に映し出している。その影の合間に、自転車で坂を上って行く彼の姿が見えた。


「ハル君!」


 呼びかけてみたが、その姿は徐々に小さくなって行った。


 明日でもいいか……。

 後姿を見送ってから店に戻ろうとした時、背後で急ブレーキの音が聞こえた。振り向いた先に1台の車が停止した。車のヘッドライトに照らされた先に、路肩に倒れている人影が映し出されている。

 事故だと気付き、慌てて駆け寄る。容体を確認するために近付いて、倒れている人の顔を覗き込む――


六ッ川むつかわ君!?」




ദ്ദി・◡・) おわり



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インビジブル・スレッド【改稿版】 中里朔 @nakazato339

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