第3話 幸福を呼ぶクローバー
一緒に水族館へ行ったのをきっかけに、私とハル君の距離は縮まった。夏休みが終わったあとも、休日に近場の観光地へ出掛けたり、映画を見に行くなど、2人で過ごす時間が多くなる。
その年のクリスマス・イブ。湖畔のイルミネーションを見たあと、周りにいる恋人たちの雰囲気に流されたのか、ハル君はそっと私を抱き締めてキスをした。
イブという時期や幻想的な夜のイルミネーションで、彼も少々大胆になっているようだ。
ただ、二人の想いが深くなると薄々予想はしていたものの、今後のことを考えると、このまま付き合うという選択が正しいのか悩んでしまう。
まだ彼には言っていない。卒業後には東京を離れ、故郷へ帰るということを。こうして気軽に会えるのも、あと何度もないだろう。これ以上に関係性を深めてしまったら、会えなくなる寂しさに耐えられなくなる。
いずれ、お別れの日はやってくるのだから、このことを彼に伝え、もう会うのは終わりにしよう。
重なる唇が離れ、彼が私の目をじっと見つめながら「付き合いたい」と告白してきた。キスを受け入れてしまった罪悪感に胸が痛んだ。
気持ちはありがたく、嬉しいが、私は理由と共に彼の告白を断った。ところが――
「テンちゃん。好きでいることに距離は関係ないよ」
「えっ……?」
「お互いがどんなに遠く離れたって、好きという気持ちが離れるわけじゃない。そうでしょ?」
「でもね……。今までのようには会えなくなるのよ。そんなの辛くない?」
「そんなこと……。ずっと会えないのは辛いけど、辛いなら会いに行けばいい。寂しい思いは僕だってしたくないし、させたくないから」
「ダメだよ。迷惑はかけたくないの」
「……僕の“好き”は迷惑?」
「違う。そうじゃなくて……。東京にいるハル君にはもっと素敵な人が現れるかもしれないし……」
「なんで今そんなこと言うの? 会えない日が続いたって、僕はずっとテンちゃんを想い続けるよ。テンちゃんがいたから、僕はここまでやってこれたんだ。離れた場所にいても、見ている星は同じなんだよ」
心の奥に隠れていた気持ちが湧き出てきた。彼に対してだけではない。思い出が詰まったたくさんの仲間たちの輪から、自分ひとりが離れて行く寂しさ、いつかきっと忘れ去られてしまう怖さから逃れようとしていたのだと。
彼は上空の星を指差す。湖畔の周辺は街の灯りも届かず、満天の星が瞬いて見える。目に映る星々は私の故郷からも見えるだろう。どこにいても優しい光で見守ってくれる。
「本当に、それでいいの?」
「もちろん。テンちゃんは僕の一番大切な人だから、ずっと想い続けると約束する」
「…………」
「また一緒にいられる時が来るように。また並んで笑い合えるように」
「……うん、そうだね」
「テンちゃんも僕のこと想ってくれる?」
「うん、想う。会えるまで想い続ける」
「じゃあ、もういちど言わせて。テンちゃん、大好き」
「私も大好き。ありがとう、ハル君」
ごめんね、私の気持ちだけを押し付けようとして。あなたの気持ちを尊重してあげられなくて。あなたは私が考えていたよりずっと大人で、自分軸を持った強い芯の持ち主だった。素直な気持ちにさせてくれてありがとう。
4年生にもなると、大学で講義を受けることも少なくなる。この日は数少ない講義とゼミの履修のために来ていたのだが――。
「あれ、テンちゃん、なにか探してるの?」
「あ、
「廊下で?」
「キャンパスのどこかだと思う。2限目までは付いてたってミナミが言うから、移動したところを探して回っているの」
「俺は教室を探してきてあげるよ。どんなイヤリングなの?」
「教室はミナミが行ってくれている。四葉のクローバーを
「そうか、じゃあ途中の通路を探してくるよ。
「ありがとう。でも次の講義が始まるまでに見つからなければ諦めるから」
「もうちょっと探してみようよ。あっ、もしかしたら誰かが拾って学生課に届けたかもしれない」
「そうね。学生課に行って聞いてみる」
一緒に探してくれていたミナミが戻ってきた。
「テンちゃん、教室にはなかったよ」
「ミナミ、ありがとう。学生課に届いているかもしれないって吉野君が……。届いてなければ諦めるよ」
「私も一緒に行く。届いているといいね」
私の大学生活は、いい仲間たちに恵まれた。こうして仲良く過ごせる時間は、あとどれくらい残っているのだろう? これから各々は慌ただしい最後の1年を過ごすことになる。
日々の忙しさに追われているうちに、楽しかった大学の4年間はあっという間に過ぎ去ってしまう。
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