お稲荷さんちのアライグマ 〜夏の水遊び〜

右中桂示

アライグマとご褒美スイカ

 夏の日差しは容赦なく地上を焼く。

 神聖な稲荷神社でも変わらない。普段なら涼やかな鎮守の森の木陰も蒸し暑い。

 生き物は皆、熱気に参っている。


「あづい〜」


 薄墨はぐったりと畳に寝そべっていた。

 グレーのふわふわした髪は汗に濡れ、Tシャツやショートパンツも鬱陶しい。舌を出し、髪と同じ色をした縞模様の尻尾が力なく垂れる。


 彼女は人の姿に変えられたアライグマだ。

 


「やれやれ。だらしがないですね」


 そこに声をかけたのは、整った顔立ちで神職らしき服装の男性。その正体は稲荷神社の神使たる狐。神社を荒らしたアライグマに薄墨と名を付けて人の姿に変えた張本人だ。

 我慢しているのか神秘の力なのか、彼は涼しげな様子だった。


「こんなにあついとムリだよ」

「それなら水場に行きましょうか」

「え!? いく」


 不満げに応えていた薄墨も、その言葉にはガバっと反応して元気に起き上がる。現金な反応に神使は苦笑した。





 薄墨は水着に着替えていた。

 山吹色のタンクトップビキニ。

 お小遣いをもらって、人間の友達と遊びに行って買ったものだ。

 プールにも誘われたが、作り物だとして誤魔化している尻尾が流石にバレそうなので一緒には行けない。それでもいつかは気にせず遊びたいと思っている。

 今回一人なのは残念だが着る機会が訪れて機嫌は良かった。


 しかし、目的地に着いた途端、薄墨の気分は落ち込んでしまった。


「……なんか、思ってたのとちがう」

「ええ、仕事ですから。今日はアメリカザリガニなどの外来種を駆除してもらいます。繁殖し過ぎて困っていますから」


 しれっと言い渡された内容に、ぶすっと口を尖らせる。


「わるいキツネめ〜」

「外来種同士勝手に戦ってください。あ、捕まえたものは食べてもいいですよ」


 そう言い残して去っていく神使。

 薄墨は苛立ちのままに、しばらく後ろ姿へ向けて威嚇していた。



 目の前に広がるのは農業用の溜め池。川から繋がっており、かなりの広さがある。

 いかにもザリガニが棲息していそうだった。


「でもひさしぶりかも」


 薄墨は早速ズカズカと池に入ってバシャバシャと水中を漁る。

 その顔には、不満の消えた笑み。

 水の冷たさが心地良く、更に言えば狩猟本能が刺激されていた。

 神使に捕まって人の姿に変えられる前は、実際こうして狩りをして食べていた。アライグマは雑食である。


 まずは一匹ザリガニを見つけ、易々と捕まえる。

 そのまま口元に持っていこうとして、途中で止めた。


「むう」


 あくまで反射的な行動であり、別に食べたい訳ではなかった。人の食べ物に慣れたせいで今更ザリガニには食欲が湧かないのだ。

 ぞんざいにバケツへ入れた。


 そしてまた池に向き合う。

 水中を覗き込んで、探して、手を突っ込み、時には潜って、捕獲。

 神使への不満をぶつけるような豪快さ。アライグマの本能が表れていた。


 これはこれで楽しいのだが、神使にいいように働かされているようで悔しかった。

 それでもやっぱり気分は乗ってきて、どんどん捕獲の速度は増していく。


 アメリカザリガニ以外にも外来種は多い。

 アカミミガメ。

 ブルーギル。

 ブラックバス。

 多くの外来種は北米原産、奇しくも同郷。

 知ってか知らずか、薄墨の狩りへのやる気は溢れるようで、止まらない。すっかり熱中している。


「ん!」


 だが、順調だった駆除の最中、思わず苦しげな声をあげてしまう。


 重い、大物の手応え。簡単には捕まえられない強敵。

 闘争心に火が点いた。

 暴れる大物を真っ向勝負で押さえつける。

 引きずられるように水に飛び込み、水飛沫を盛大にあげ、辺りには水音が響く。

 ぐるんぐるんと抵抗に付き合って格闘。疲れてきても意地で離さない。

 そうして弱ったところを、一気に引き寄せる。


「とりゃっ!」


 かけ声とともに勢いよく陸に揚げた。

 ビチビチと跳ねるのは、五十センチ近いブラックバス。

 苦戦の末の勝利。薄墨は獲物を前にムフンと勝ち誇るのだった。





「お疲れ様です。調子はどうです……いや、凄い数ですね!?」

「ふふん。すごいでしょ」


 バケツ山盛りになったザリガニや魚は予想以上だったらしい。

 迎えに来て驚いた神使に、薄墨は気分よく胸を張った。なんならまだ捕まえ足りないくらいだと自慢気だ。


「はい。立派な成果です。あちらに頑張ったご褒美がありますよ」


 感心した様子の神使は気を取り直すと、溜め池の外、綺麗な川の中を指す。そこには大きな丸い影が冷やされていた。


「スイカだ!」


 薄墨は疲れの見えない元気さで喜んで飛びつき、水の中に浸かってバシャバシャと洗う。

 そしてそのままかぶりついた。

 しかし当然歯は立たない。


「いたい」

「何をしているんですか」

「ついくせで」

「癖って……洗うのまではともかく、皮のまま食いつくのは……」


 呆れた様子の神使だったが、不意に視線が鋭くなる。


「……あなた。まさか畑から西瓜を盗んでないでしょうね?」


 薄墨はあからさまに目を逸らした。神使はじっと見つめていた。

 互いに無言。ピリッとした緊張感。

 膠着状態がしばらく続いた後、やがて神使が溜め息を吐く。


「……まあ、いいでしょう。野生動物を叱っても仕方がありません。それも含めての罰ですし」


 それから切り替えるようにパンと手を打った。


「それより今日は頑張ってくれました。西瓜を持ってきてください。切ってあげましょう」

「わーい」


 薄墨も先程までの事がなかったかのようにはしゃいで、西瓜を持ち上げて駆け寄っていく。

 ソワソワしながら待って、切り分けられた途端にスイカにしゃぶりつく。


「あまーい」


 口の周りをベタベタにしながらの、気持ちの良い笑顔。

 無邪気な子供のような様子を、神使は保護者のように見守っていた。



 そして、今日はもう仕事は終わりでいいと言われたので、この後は日が落ちるまで川で楽しく遊んだのだった。

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