エピローグ

 季節は晩春、南北に長い列島の南の端から桜の噂が聞こえ始め、近頃は関東から東北へと進んでいる。そんな心地よい噂を一心も楽しみとして聞いている。

 邦日銀行関連の事件はすべて決着した。

丘頭桃子警部は送検までの仕事にけりがついて、今日は旅支度をして探偵事務所を訪れていた。

一心一家と丘頭警部と長野県信濃町にある才川鈴子のお墓へ行くことになっている。

一週間の休暇を取った丘頭警部は、静に合わせて着物姿で現れ、一家を驚かせた。

「まぁ似合わなくはないが、なぁ数馬……」

「お、おぅ、……」

「何言ってんの、丘頭警部お似合いよ」珍しく美紗が褒めた。もしかしたら自分も着たいと思ってるのかもしれない。

「えぇ、素敵やわぁ。桃子はん、持ってはったんやな。淡い萌黄色の生地に細かな桜の木と花弁が落ち着いた雰囲気で、よぉおまんなぁ。それに帯がやわらな白系の地に花唐草文が品の高さを醸し出しているようや。えぇわぁ」

静はべた褒め。

「いやーそんな、褒められたら照れるがな」

警部の言葉に訳わからぬ京都弁? が混じる。

 

 北陸新幹線で長野まで行ってしなの鉄道に揺られ黒姫駅へ。そこからはタクシー二台に分乗し才川家の菩提寺に着く。

三時間ちょいの旅だった。

お参りした後、黒姫温泉の宿までタクシーで向い、午後三時半、宿に。

旅館ではひと風呂浴びてから全員浴衣姿でテーブルを囲みビール片手に小宴を始める。

「今回の事件は訳わからんかったなぁ」

一心は丘頭警部の思いを吐き出させようと敢えてその話題を口にしたのだった。

「一心、あきまへんでその話題、少しは桃子はんの気持も考えな……」

静が少し強めの口調で言った。

「良いんだ。静、ありがと。鈴子を刺した幸手は、阿久田から十万ドルで殺害を依頼されたって言ってた。売却の真相を知られたと思ったらしいわ。……悲しいけど、いつまでも落ち込んでてもしょうないし、彼女もそう言うの嫌いだからこの温泉で悲しい想いは流して、鈴子との楽しかった想い出を忘れず心にしっかりしまっとこと思ってんのよ。連続殺人みたいな流れだったけど、動機も犯人も複数だったからややこしくなるのは当たり前よね」

「おぅ、俺のマッチングアプリ無かったら、迷宮入りだったな」

すぐに威張りたがる美紗。

「そうだな、お前にはそれしか能力ないからな」数馬のきつい一言に美紗が眉を吊り上げる。

「ふん、鍵しか開けられない奴に言われたくない」

今回出番無しだったが数馬は鍵師の資格を持っているのだ。

「数馬も半地下の車庫のトリックを良く気付いたよな」一心がホローする。

「室蘭港と森港をモーターボートで行く方法に気付いたあても偉いやろ?」

静が丘頭警部に微笑みかける。

「そうね、私らは気付かなかったもの、さすがだわ。美紗も、数馬もよ」

警部が返した。

「でもよ、犯人は別人だったから、あんまり関係なかったよな」一助が突っ込んで笑いを取った。

「一助、それは言ったらあきまへんで」静も笑いな言う。

「俺のバルドローンの活躍誰も言ってくれんからよ……」

一助が拗ねた振りをする。

「なぁに言ってんのよ。お前だけだぞ、彼女とラブラブ旅行したの」数馬が冷やかす。

「へへへ、それはそうだがよ。でも、ちょっとくらい言ってくれても良いんじゃないか?」

「そうだわ、礼言わなくっちゃね。成田で一助に見つけて貰わなかったら幸手に逃げられてたかも。ありがとね、一助」

一助は自分から言ったくせに、言われて照れて頭を掻いている。

「あの買取業者はどないなったんやろ?」

「あぁ、専門捜査班が引き続き捜査してるんだけど、買取と売却してるのは違法行為であることははっきりしてるから経営陣は全員逮捕されるんじゃないかな。一心達への暴行や脅迫の関係者はもう起訴済みよ」

「闇の業者は沢山いるんだろうなぁ」

「そうね、今回みたいな大量に売却される事件が起きないことを祈るしかないわね」

「あての情報も売られたんかいな?」

「もし、そうだったら、銀行から謝罪文がきて慰謝料が振込まれるんじゃないか」

一心がイワナの塩焼きにかぶりつきながら言った。

「テレビじゃ総額数百億円とか言ってたから銀行潰れるんじゃん?」と、一助。

「潰れはしないんだよ銀行は、何だかんだ助けるんだ。俺も潰した方が良いと思うんだけどよ、顧客が困るじゃん」

「一助、数馬の言う通り国が銀行を潰さないだろう、影響が大きすぎる。最悪でも吸収合併じゃないか? 昔、そんなのあったろう」

「私には悔いが残る事件だったわ。鈴子のこともそうだけど、七人もの方が亡くなってしまって……死なせずに済ませられなかったか夜な夜な考えちゃうのよ」

丘頭警部が思い深げに言ってビールをグイッと空けた。

一心もそれは同感だった。

「そうよなぁ、未然に事件を防げればどれだけの家族が泣かずに済むことか……」

「せや、桃子はんは、明日は鈴子はんの実家に行くんか?」

「えぇ、何か遺品でも貰えたらと思ってる」

「そうかぁ、で、明日の晩もここに泊まるんか?」

「そう、鈴子のご両親とも親しくさせて貰ってたから夕方まで話して、ここに戻ってこようと思ってるのよ」

「えぇなぁ」

一心は急に不安になった。静がとんでもないことを言い出すんじゃないかと……。

「なぁ、一心。えぇなぁ、桃子はん明日もここに泊まるんやて、でも、考えたら桃子はんをひとりぽっちにさせたら何や思い詰めて、変な事でも考えたら大変でんなぁ、なぁ、一心?」

「そうだな、それに丘頭警部はうちらの家族同然だから、一緒にいてあげないと可哀そうだぞ」

美紗まで恐ろしいことを言い出した。

「だな、俺もそう思う。親父もそう思うだろ! な、だろ!」

数馬と一助までもが声を揃えて一心を脅す。

それでも一心が無言でビールを口にしていると「みんなありがとう。優しいなぁ、そう言ってくれるだけで十分。明日の晩はひとり寂しくこのホテルの五階の窓際に立って鈴子の事を想うわ……」

丘頭警部までが奴らの調子に合わせて……もう。

「分かった。分かったって、もう一晩泊まりたいんだろ。でも、満室かもな? へへっ」

一心は残念そうに言ってやった。

「いや、大丈夫だ、もう予約入れてあるから、女一部屋に男一部屋でな」

「美紗、勝手に……」一心が怒ろうとすると「さすが美紗やわ、準備がええなぁ」

静が褒めたら、もう一心は怒れない。

はめられた。罠だ!

一心は残ったビールを一気に飲み干して「静、お代わり!」

 

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地に堕ちた銀行 きよのしひろ @sino19530509

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