第155話 恐山学園都市荒夜連 九

 氷邑ひむら梅雪ばいせつと、マサキ──


 二者のあいだで視線が交わされ、


 


「…………ハァ?」


 マサキが首をかしげながら、苛立たし気な声を発する。


 梅雪、煽らないと言っておきながら、小馬鹿にするように鼻で笑う。


「確か……『術式開発の天才』だったか? うーん、なんというか、性格が終わっている上に、唯一のよりどころである術式についてまで言ってやるのは、さすがにこの俺も良心が咎めるのだが……使? 本当に終わっているなあ、貴様」

「…………はぁ? ハァ? ハぁ?」

「やはり言葉は通じんか。いやいや、貴様は悪くないぞ。天才だなんだと貴様をおだてた当時の周囲にもやはり責任はあった。おだてられたせいで勘違いしてしまったのだな。自分の間抜けなおつむに、素晴らしい中身があるなどと……かわいそうに。仕方ないからこの俺が教えてやろう」

「……」

「実は貴様、馬鹿だったんだぞ」

「……死んでくれないかなぁ!」


 マサキ、視線に神威かむいを込める。


 だが、ことごとく、二者の中間点で氷が爆ぜるのみである。


「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!? なんなの!? なんなの!? おかしいでしょ絶対! なんなのよ!」


 もちろんこれは神喰かっくらいの成せるわざ


 梅雪、迦楼羅かるらやルウが戦っているあいだ何をしていたのかと言えば……


 その答えを知る手がかりは、ここ、学園都市荒夜連のにある。


 学園都市のほとんどを閉ざしていた永久凍土。

 マサキの『死』の術式による氷……


 


 梅雪がしていたのは、


 神喰は以前まで、己に向けられた攻撃を吸収、己の存在を神威化するという、カウンターの起死回生手段であった。

 ところが凍蛇いてはばを使いこなすことができるようになり、


 ゆえに梅雪、学園都市を閉ざしていた氷という氷、すなわちマサキの神威を喰らい、その神威の特性を身に宿して参上したのであった。


 これにより、マサキの操る術式、


 あとは『絶大な神威量を誇る素人』たるマサキ対……


『絶大なる神威量を誇る玄人』梅雪との戦いである。


 負ける道理なし。


 梅雪が肉体に神威を回し、超速度でマサキを間合いに捉える。

 長刀と化した凍蛇による一刀両断。


 素人のマサキ、なんの反応もできず頭から真っ二つにされる。

 。妖魔・妖怪となったマサキは神威がある限り死なない。

 初期のルウや他の氾濫スタンピード四天王のように、もともと人であったのに世界に敵認定されて神威生命体に落とされたような妖魔は、人間基準で『死』を確信する攻撃を受けると、散逸してしまう。

 だがマサキ、強烈な怨念によって人間なら死んでいるかどうかを。それゆえに頭を吹き飛ばされようが体を両断されようが、神威ある限り生き続ける。


 とはいえ梅雪をはじめマサキ討伐に来た面々、その程度のことは承知済み。

 ゆえにマサキを一刀両断した梅雪、返す刀で今度は下から一刀両断。一度の攻撃で二度殺すことに成功。


 しかしまだ死なない。

 ゆえに、死ぬまで殺す。


「あああああああああもおおおおおおおおおおおおおお!!!! ほんっと!!!!! うっざ!!!!!!! 死んでよぉ! 死んでってば、ねぇええええ!!!」


 マサキの視線が梅雪を捉える。

 梅雪の目もマサキを捉えている。


 見つめ合う二人の間で散るは氷の火花。対象に届く前に同質・同威力の攻撃をぶつけられ相殺された氷が散らばり、冷たい煙を巻き起こす。


「あああああああああああ!!!!」


 マサキ、真っ白い髪をかきむしりながら大量の氷の槍を生み出す。

 十では利かない。百でも利かない。千を超える氷の槍が空から地に切っ先を向け、一斉に降り注いだ。


 梅雪、


 自分や仲間を守るのみで済むところであった。

 だがわざわざすべて打ち消したのは、『神威総量、道術構築速度、精度。軌道の読み合い。すべてでこの俺が勝っているぞ』というに他ならない──


「ううううううう……ああああああああ……ああああああああああ!!!」

「ついに人間の言葉を忘れたか? 似合っているぞ。知能なりの振る舞いが出来ていて偉いではないか」

「こいつううううううううううううう!!!!」


 マサキが人間であれば頭の血管全部切れていることであろう。


 そう思わせるような形相で梅雪をにらみつける。

『死』の術式発動──

 だがやはり相殺される。


 マサキは頭を掻きむしり、振り乱し、白い髪をばらばらと揺らして叫ぶ。


「なんなんだよもおおおおおおお!!!!!」


 マサキの髪が揺れ、揺れ、揺れ……


 それが氷をまとって伸び、無数の氷の鞭となる。


 氷であるにもかかわらず皮革のごとき柔軟性でしなりながら、ヒュンヒュンと音を立てて暴れ、そこらで破裂音を響かせながら、周囲一帯に襲い掛かる。

 それはある程度マサキ自身の意思を反映しているのか、大半が梅雪に襲い掛かった。


 命中──


 だがその場で突っ立って氷の鞭を受けた梅雪、いささかの痛痒もなさそうである。

 その理由は、


「なるほど、

「!? おまえええええええええ!!! おまえええええええええええええ!!!」

「次はどの術式を再現してやろうか? ああいや、『再現』ではないか。使──『見本を見せてやる』と言うべきだなァ?」

「こいつううううううううううう!!!!」

「はははは! 語彙は以上かァ!? こうまで煽りがいのない相手も珍しいぞ! 来年のクリスマスには国語辞典でもくれてやる! 頑張って生き抜いてみせろォ!」


 一、二、三、四、五。


 梅雪の刀が振るわれるたび、マサキが死ぬ。

 妖怪であるマサキは神威総量が尽きるまで死ぬことはない。だが、一回殺されるごとに、その総量はどんどん減っていっていた。


 そもそもこの勝負、


 マサキは妖怪ゆえに神威総量がなくならない限り死なない。

 その『死』とて散逸でしかない。強い妖魔ほど特定条件を満たして封印せねば死なず、しばらくして復活するのみなのだ。


 だが梅雪らは一度殺されれば死ぬ。不可逆の、蘇生もしない死だ。


 だというのにマサキ、その『一度』ができない。


 マサキは怒りと焦りと憎悪──

 怨憎会苦おんぞうえく求不得苦ぐふとくく五陰盛苦ごおんじょうくに苛まれ、叫び声をあげてもがく。


 だが……


 不意に、ピタリと叫びが止まる。


 マサキは不気味に沈黙し、それから「あー」と喃語なんごのような声をあげ、空を見上げ……


「………………付き合ってらんない」


 フッと掻き消える。


 


「逃がすかァ!」


 梅雪、すぐさま追いかける。


 天才・マサキの革新的技術シンギュラリティ

 恐山から出た途端に発動する、九つの術式最後の一つである『天上天下てんじょうてんげ』。


 マサキは戦いで勝つのを諦めて、それを発動させるため逃走を開始したのだった。


 こうして戦闘は次の段階へ。

 逃げるマサキを追いかける、猛吹雪の恐山追撃戦が始まった。


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カドカワBOOKSファンタジー長編コンテスト優秀賞受賞しました。

みなさんありがとうございます!


嬉しいので一週間ぐらいあとがきで言い続けます。

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