第二十話:《春の花》が咲く頃に
《ホーリレニア祭》から一月が過ぎた穏やかな晴れの日に、三女王と三騎士、タリアと《地の宰相》、俺の九名だけが参列して、誰からも愛された《地の女王》の葬儀がしめやかに挙行された。生前誰よりも女王を敬愛していた誇り高い騎士の消息は依然として不明のままだ。本来なら全てのグランビアンからその死を悼まれて涙と共に送り出されるべき女王の死を秘匿し、最も親しい関係者だけで密葬する事は、それが国民にとっての最善であるという名分をもってしても拭いきれない罪悪感を参列者の胸に抱かせた。この密やかな悲しい儀式が終わり次第、真実は永遠に闇の中へと葬られ、顔貌が瓜二つの新しい女王が彼女のふりをして引き続き国を治めていくことになる。なお、ジェネスの生死が判然としていないことと、騎士である彼が民衆の前に姿を現す機会はさほど多くないという事情から、彼の代役は目下のところ検討されていない。全てが秘密裏に行われる交代劇のため、守護獣による新女王承認の儀式も執り行わないそうだ。それ故タリアは正式な女王として戴冠することはなく、当然魔法も使えないし、他の女王や騎士と違って不老にもならない。この辺の問題は随時協議を重ねて対処していくことになるだろうが、こちらの事情だけを優先して女王をすり替える代償は決して小さくはなさそうだ。何より、女王の影として今後の一生を捧げねばならないタリアの労苦は計り知れない。
「本当に……これで、カリスとはお別れなのね……」
棺に横たわった青白い顔のカリスペイアを悄然と見つめて、メラネミアが寂しげにぽつりと呟いた。
「正直冗談だと思ってたのにな」
いつもふざけた失言が多いフレインも、今回ばかりは口数が少ない。
「たとえ肉体が土へ還っても、カリスの魂はこれからもずっとわたくし達と共にあってくれるでしょう」
ルーテリアの声は少し震えている。
「カリスと過ごした日々の記憶は決して色褪せません。僕らはいつでも、この大切な思い出を通じて彼女に会えるのです」
笑顔を繕ってそう言ったウォルトは、今にも泣きそうだ。
「ぼく……お別れなんてやだよ……」
フェルは既に号泣していて、とても別れの言葉を述べられそうな状態ではない。
「カリスは眠ってるだけなんじゃないの……?」
言いながら、アエルスがフェルと一緒にカリスペイアの顔を覗き込む。
「……本当に……。眠っているだけだったら……」
タリアの言葉は途中で途切れ、続きは言葉にならなかった。
「カリスペイア様は永久に咲き誇るグランビスの希望の花でございます。どうぞこれからも、あなたが愛したこの美しい花の国を見守っていてください」
タリアの肩を抱いた《地の宰相》が最後にそんな言葉を贈り、それから一同は一人ずつ手に持った花をカリスペイアの棺の中へと置いていった。粛々と行われる一挙一動が悲しみに満ちていて、痛々しくて涙を誘った。式に参列していながらも、結局は部外者でしかない俺に出来る事なんて何も無くて、俺は彼らの深い悲しみに共感することさえ許されず、哀悼を口にする権利も無かった。せめて、今この棺の中に横たわっているのは本物のカリスペイアではなくて、本物は何処かで生きているはずだと主張することが出来たなら、この重苦しい沈黙をどれだけ軽くすることが出来ただろう。だがそれは叶えられない虚しくて無意味な俺の希望論だ。俺が例の名推理を披露したおかげで、一同の中でカリスペイアが実は生きているかもしれないという希望が一瞬閃いたけれど、それは結局ただの儚い幻想に過ぎなかったという無情な事実が後に証明されてしまった。《地の宰相》の研究者が改めて遺体を検死し、間違いなくカリスペイア本人であると断定したからだ。そうなればもう、俺にその科学的に裏付けられた真実を覆すことは不可能だ。あの夜彼女に何が起きたのかは今でも謎のまま。たとえそうだとしても、確かにカリスペイアは死んでしまったのだ。
「俺がカリスペイアにしてあげられる唯一の事が、事件の真相を明らかにすることなんだと信じてた。そう思って頑張ってきたのに、最後まで役に立てなかったのは本当に無念だ」
俺はそう言うと、最後にもう一度だけカリスペイアの顔を見た。雪のように真っ白な肌になった彼女は今にも消えてしまいそうに儚く、同時にとても美しかった。
「それでは、これより皆様のお力をお借りして、カリスペイア様のお体をグランビスの大地へ還したいと思います」
《地の宰相》が感傷に浸っている参列者達にそう呼びかけ、皆の注目を集める。散々議論してようやく決まった混合葬の出番だ。何にせよ前例の無い様式のため何度も打ち合わせと練習を重ねてきたのだが、それでも本番となると酷く緊張する。見ているだけの俺ですらそうなのだから、実際に魔法を使う女王と騎士は更に気が張っているに違いない。
《地の宰相》がグランビスの慣例に則り、死者を送る聖なる文言をひとしきり唱えた後、初めに棺の前へ踏み出したのはルーテリアとウォルトの二人。彼らは息ぴったりに胸の前で清らかな水の玉を作り出すと、その二つの玉をカリスペイアの棺の上で一つにして弾けさせ、小雨の如く降りしきる聖水の雫で彼女の全身を清めた。その次に、フェルとアエルスが優しい風をカリスペイアの上へ吹きかけ、最後にメラネミアとフレインが棺の左右から手をかざして木製の方舟に火を点けた。風と炎は良しとして、言うまでもなく炎と水の相性が悪いので、順序を巡っては多少の諍いがあったものの、最終的にはこのような形で落ち着いた。あとは炎が消えるまで火葬して、遺灰をグランビスの地へ埋葬するだけだ。こうして何もかもが滞り無く終わり、その場の全員が脱力して燃え盛る炎をぼんやりと見つめていた。
するとその時、微かな物音が炎の中から聞こえた。
「あっつい!」
気のせいじゃない。確かに人の声だ。ルーテリアとウォルトが慌てて水をかけて炎を鎮火する。
「どうしてわたし燃やされているの?」
炎が消えたその先には、ずぶ濡れで棺から身を起こして困惑している眠り姫の姿があった。
「カリス!」
皆一斉に彼女の名を叫んで我先にと駆け出し、感触を確かめるみたいに泣きながら彼女を抱き締める。目覚めたばかりの本人はまだ状況が全く飲み込めていない様子なので、ルーテリアが事情を説明してあげているようだ。彼女は自分が死んだと思って葬式をしていた最中だったと知ると随分驚いた風だったが、中でも何故自分が火葬されていたのかについて一番合点がいかない顔をしていた。俺はこの奇跡の復活劇を少し離れた所から見守って勝手に満足していたのだが、久しぶりの再会が一段落すると、みんなは俺の存在を思い出して俺の方へ顔を向けた。
「そうだカリス!アイツはステラって言うの!」
「カリスが倒れた理由をずっと調査して、結局最後まで何もわからなかった役立たずだ」
「失礼ですよ、フレイン。ステラさんはわたくし達のためにあらゆる捜査に尽力してくださいました」
「ルーテリア様の仰る通りです。ステラさんが事件を解決出来なかったのは、情報が十分でなかっただけで、彼のせいではありません」
「ステラさんはカリスとタリアが同じ人だと思ってたんだよ。ね?アエルス」
「ステラさんはカリスが毒で殺されたって言ってたんだよ。だよね?フェル」
みんな、思い思いに好き放題な報告をして、俺が自己紹介する前からカリスペイアにとっての俺の第一印象を歪曲するのをやめてくれ。第一印象は一番大事なんだぞ!
「ええと、ステラだ。わけあってあなたの事件を暗殺事件として捜査してきたんだが、どうも俺の勘違いだったようだな。無事に目を覚ましてくれて本当に良かった」
外野がうるさいのでなんか照れ臭くなって頭をかきながらぼそぼそ言ってしまったが、カリスペイアは俺の言葉を聞くと、にっこり笑って「ご迷惑をおかけしました」と言った。こうして並べてみても区別がつかないくらいタリアとそっくりだが、心なしかカリスペイアの方が落ち着きと品があるのかな?
「それじゃあ、俺には結局解くことが出来なかった謎を解明してもらえるかな?」
まさか本人の口から種明かしを語ってもらうことになろうとは夢にも思わなかったけれど、ここは一つお願いするとしよう。俺がそう頼むと、カリスペイアは「ええと……」と言って視線を上へ向け、記憶を辿りながらあの夜の一幕をこんな言葉で語り出した。
「あの晩は……色々考え事をしながら食事をしていたの。QWの事も心配だったし、ヒュアレーとの条約問題が一段落したらジェネスのご両親を訪ねる予定だったから、手土産は何にしたら良いかしらとか、悩み事が沢山あって……それで……ふと無意識に右手で握ったナイフを振り上げてしまったら、偶然わたしの後ろに立っていたジェネスの胸に刺さってしまって……」
……つまり、あなたがうっかり自分の騎士を刺殺した、と……?
「それで、ジェネスもわたしも床に倒れ込んだの。ジェネスはわたしが痛い思いをする必要は無いからと言って、わたしに契約を解除するように迫ったわ。でも、元はと言えばわたしの不注意のせいだもの。そんな自分勝手な事、わたしには出来なかった。……だから、どうか彼を失わなくて済むように、心の中で守護獣様にお願いしたの。そうしたら、守護獣様は『《春の花》が咲く頃に、冬の眠りから覚めて生命を芽吹くだろう』っていう予言みたいなお言葉をくださったわ。わたしはそれで何だか安心して、そのまま眠ってしまったの」
なるほどね。じゃあカリスペイアは一時的に仮眠、と言うか冬眠?状態になって眠っていたんだな。その背景に守護獣の神秘の力が働いていたと言うのなら、俺がどう頭を捻っても正解には辿りつかないわけだ。こうして俺が納得している側で、ジェネスの姿が見当たらないことに気が付いたカリスペイアが、《地の宰相》を呼びつけて例の黒金の種を持って来させた。もしかしてそれが何なのか知っているのかと期待に胸を躍らせながら彼女に聞いてみると、はっきりとはわからないがジェネスの気配を感じるので、試しに鉢に植えてみたいと言う。隣でフェルが、「ジェニーはえるの?」と無邪気に言って目を輝かせている。生えるの?
「そういえば、俺の世界にも地面に何かを撒いたら人が生えてきたって言う神話があるな」
「はえたの?」
「うん。そして生えてきた人同士が些細なことから殺し合いをー……」
おっと、これは似て非なる不適切な話題だったな。一瞬呆気に取られた一同は口を開けてぽかんとしていたが、「ジェニーしかはえないなら大丈夫だよ!」というフェルの自信たっぷりな笑顔に騙されて直ぐに正気を取り戻した。そうとも。とにかくまずはこの種を植えてみようじゃないか。みんなが円になって小さな鉢を取り囲んで座り、カリスペイアが丁寧に浅く土を掘って黒金の種を土の真ん中に埋める。すると次の瞬間、撒かれた者が土から姿を現した!
「ジェニーはえた!」
しかも首だけ。
「カリスペイア様……。鉢が小さ過ぎます……」
復活した騎士の落胆した第一声を聞き、もっと大きな鉢はないかと狼狽える一同。いやさ、もう鉢なんて壊して直接土に植えてやれよ。みかねた俺がこう助言して騒動を鎮め、フェルとアエルスが風刃で鉢を破壊した。ジェネスの生首は土ごと地面に触れるや否や、瞬く間に元の肉体を取り戻してふわりと地面に降り立った。どう考えてもこの身長は鉢の中には収まらないだろ。何にせよ、これで四女王と四騎士が再び全員揃い、暗い気持ちで迎えるはずだった葬儀が思いがけず笑顔の再会の場に変わったのだった。
「初めましてだな、ジェネス。俺はステラだ」
右腕をアエルス、左腕をフェルにしがみつかれて子連れのお父さんみたいになっている背が高い紳士にそう自己紹介すると、彼は俺の目を真っ直ぐに見据えて「初めてではありませんよ」と不思議な返事をした。
「私はこれまでに何度もあなたの枕元に立っておりました。あなたが一連の出来事を暗殺事件と勘違いされていると知りましたので、真実をお伝えしなくてはと思い、霊魂の姿であなたの元を訪ねたのです。生憎声が出せず、物体にも触れられませんでしたから、結局どうする事も出来ずに終わってしまいましたが……」
あの幽霊お前だったのか!
「まあ、でもこれで一件落着ハッピーエンドだ」
グランビスを象徴する《春の花》が満開に咲いた丘を見上げて、俺は静かに目を細めた。
ホーリレニアの物語はこれでおしまい。めでたし、めでたし。ちなみに、この一件の後ルーテリアが調べてくれたところによると、どうも女王と騎士は《代替わりの大禍》以外で命を落とすことはないらしく、それゆえ在任中に崩御した例が見つからないのは当然らしい。要するに、不老なだけでは無く期間限定で不死でもあったのな。どうしてそんな重要な情報が本人達に共有されていないんだ。だが、とにかくそう言うわけなので、今回俺が知り合った四女王と四騎士の面々は、推定もう五十年くらい仲良く一緒にホーリレニアを治めていくことになる。在位五十年経った今でも見かけも頭脳も全く進歩していないらしいところを見ると、将来が不安な者達も数名いるが、きっと彼らならこれからもうまくやっていけるだろう。俺はそう信じている。
それで、作者。もう書く事無いからこれで終わりにしようと思っているのだが、異論は無いな?よし。それじゃあ最後になったが、この小説のタイトルを教えてくれ。もう言い逃れはなしだぞ。決めていないなら俺が勝手につけて自分の作品として世に出すからな。そうか。ようやく心が決まったか。……何?ストーリーテラーは登場人物に含まれますか?何で急に敬語?しかも質問?……は?これタイトルなの?この野郎!それじゃあお前最初から俺をネタにしていやがったのか!何て奴だ!このタイトルに対する俺の回答か?イエスだ。だから、俺は《ストーリーテラー》という役でこの物語に出演した。しかも、この物語は俺の一人称体で書かれたものだから、つまり全編俺視点なわけで、そうなると自ずと俺がこの物語の主人公であるということになる。そうと決まったら書き直しだ!まずは俺の自己紹介からだな。俺の本名はー……。
ストーリーテラーは登場人物に含まれますか? 淡雪蓬 @awayukiyomogi
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