旅の仲間が待っている

あんかけパスタ

旅の仲間が待っている

 時計の針が立てるカチカチという音が嫌に煩かった。

 部屋の中にはフィリアを含めて八人。フィリアより年上に見える彼らは思い思いの席に座り、皆一様に口を閉ざしている。会話らしき会話はない。集まってすぐに快活そうな青年……彼はシャルジュと名乗った……が場を和ませようと近くの者に話し掛けていたが、誰も彼の話に乗らず、それきり沈黙が保たれている。

 この場の誰より小さなフィリアは所在なさげに身を縮こませて俯いた。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 頭に占めるのは疑問ばかりだ。

 フィリアはただ、勇者として発つ幼馴染の助けになりたかっただけだ。フィリアの幼馴染は先代の女勇者である先生に連れられてフィリアの住む街にやってきた。同い年で家も近かったからすぐに打ち解けて、二人で野山で遊んだり、一緒に先生に稽古をつけてもらったりした。おしゃべりなフィリアとは反対に寡黙な彼は、けれど穏やかで優しい青年だった。

 そんな幼馴染が勇者として旅立つと聞いて少しでも傍で手助けが出来たらと、それだけを願ってフィリアはここに来た。その為に沢山努力をして銃士として推薦を貰い、最年少ながら巫女様の選ぶ勇者一行の一員に加えてもらえた。

 それなのに。

 フィリアは手に握る『それ』を凝視した。

 ひと目に高価と分かる美しい意匠のナイフがそこにある。

 フィリアの持ち込んだものではない。フィリアの家は地元ではそこそこ裕福な方だが、大きな魔法石の嵌まったこれはそれでも手が届かない代物だ。一層夢であって欲しかったが、ずしりとくるナイフの重みが情け容赦なく存在を突き付けてくる。

 そんなナイフが大盤振る舞いにも八本、この部屋にある。

 この場の八人全員が同じナイフを所持しているのである。


 これを八人に渡したのは他でもない巫女様だ。

 フィリア達をこの部屋に招いた巫女様は皆を並ばせ各々にこれを手渡した。

 「今代の勇者が勇者として相応しくないと感じた時、このナイフを使って勇者を殺せ」と、そう命じて。

 ナイフには一度きりどんな鎧も貫くことができる魔術が施されていると付け加えた巫女様は、予想だにしない命令に動揺するフィリア達を宥めるようにこう話した。

 勇者には勇者たる『素質』があること。

 その素質とは戦いを経ることで人より多くの経験を積み成長するというものであること。

 勇者を殺した人間は、勇者の素質を受け継ぐことができること。

 そうやって代替わりすることで勇者は強くなるということ。

 ……今代の勇者は、本来代替わりを予定していた人物とは異なること。


「だから、貴方達八人で彼が勇者として相応しい人物かを見極めてほしい」


 美しい透き通るような声で巫女様はそう言った。

 どれもが初耳だった。

 ほんの一握りしか知らされていない勇者の秘密。それを握る羽目になったフィリアは顔を青くする他なかった。

 無理もない。幼馴染を助ける為にここに来たはずなのに、気付けば幼馴染を殺す為の凶器を握らされていたのだから。

 きっと他の皆もそうだった。皆勇者と手を取り旅立つ為にここに来たはずだ。だからこそ、誰も彼もが口を閉ざしている。


 後悔と憤慨。沢山のせめぎ合う感情を飲み込んで、フィリアは親の仇のようにナイフを睨みつけた。

 こんなもの今すぐにだって投げ捨ててしまいたかった。

 こんなの間違ってるって、そう大声で叫んでこの部屋から出て行って。そうして何もかも忘れて故郷の暮らしに戻ってしまいたかった。

 そうしてしまえればどれほど気が楽だろう。

 けれどそれはできない。できなくなってしまった。

 知りたくなかった事実に気付いてしまったから。

 その答えを確かめるためには、勇者の旅に同行するしかないと分かってしまったから。


 レガード。レガード。

 今まさにこの場へ向かっているであろう幼馴染の名をフィリアはまるで聖句のように胸中で繰り返した。

 振り向けば隣にあったのにいつの間にか見上げなければいけなくなった横顔を思い出す。

 物静かで優しい幼馴染。

 フィリアの大好きで大切な、初恋の人。

 彼にとっての初恋が誰であったかをフィリアは知っている。ずっと彼を見ていたから、フィリアはとっくに気付いていた。

 先生と、育て親を呼ぶ彼の声が、目が。誰に対するときより一際優しいのを知っていた。知っていたのに。

 レガード。

 フィリアにはどうしても彼に聞かなければいけないことができてしまった。

 あなたは、どうして先生を殺したの?


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