でも修羅場は残る




 【焼き肉吾郎】。

 ハンバーグレスラン【肉吾郎】で有名な株式会社【肉のマルワイ】が経営する、チェーンながら国産和牛の食べ放題が売りのお店だ。

 プレミアムコースは3980円。生徒十六人+玉川先生の分で、たぶん……だいたい七万円くらい? 奢ってくれる先生には感謝の言葉しかございません。なお、こいつバカだから計算雑だわーって思った人は靴擦れになります。


「大丈夫だぞ、先生パチンコで爆勝ちしたから懐に余裕あるんだ」


 先生、マジメな人だと思ってたのにパチンコとかやるんだ……。

 テロリスト演技といいブラックの嘆きといい、今日だけでいろんな面を知ってしまった。

 それはそれとして水鉄砲バトルですっかりお腹を減らした僕たちは、店舗に入ってそれぞれ席に着いた。

 網焼き式なので店員さんが火をつけてテーブルを回る。それだけでわくわくが止まらない。


「はい、今日はお疲れ様でした。たっぷり食べて、また明日からは夏期講習頑張りましょう」


 良き先生に戻って音頭をとってくれた後は、念願の焼き肉タイム。

 時間は二時間、タッチパネルでのオーダーバイキング制だ。

 席はお好きにーだったので、僕は浜っちと並んで座る。


「恭の字、飲み物はー?」

「ウーロン茶」

「おっけ。俺はコーラを、と」

「炭酸だとお腹いっぱいになっちゃわない?」

「なに言ってんだ、肉の油を洗い流す甘みとしゅわしゅわ感……。焼き肉にはコーラが定番なんだよ」

「僕、白ごはんとジュース類は合わせたくない派ー」


 甘いの飲みながらお米ってなんか違わない? ……と思うんだけど、意外とみんな気にしてないようで、向かいの二人も普通にオレンジジュースとかカルピチュとか頼んでいた。


「食い放題なんだ、元とるくらい食うぞぉ」


 向かいの男子・原田太はらだ・ふとしくんはぽっちゃり系の男の子。

 かなりの大食漢の柔道部員。大らかな性格だから僕としても接しやすいタイプだ。

 もう一人は九重さん。合計17人だから、基本はテーブルに四人でどこかが五人という形になる。


「九重もお疲れさん」

「いえ、まあ……結構面白かったです。水鉄砲を撃ちながら校舎を走り回るなんて、なかなかできない経験ですし」


 普段はきっちりした優等生な彼女も、しっかり楽しんでくれたようだ。


「コードネーム<グラビア>、けっこう最後まで生き残れたもんね」

「夢見さんにしてやられましたが……。こういうごっこ遊びやったの初めてです。意外とありでしたよ」

「お、ならTRPGも楽しめるかも。今度やってみる?」

「キャラを演じるボードゲームでしたか?」


 学校では喋ってもプライベートで遊んだりはないけど、この機会に少しは仲良くなれたように思う。

 ま、話はここまで。制限時間もあるし、さっそく注文をしよう。


「とりあえず、塩タンだろ、ロースにカルビに」

「浜っち。僕ライスの小ね」

「お前、焼き肉好きなわりに別に量を食う訳でもないよな」

「うん、胃はちっちゃい。だから、お肉をいっぱい食べるにはお米は少なくないとダメなんだよね。それでも種類は少なめになっちゃう」

「じゃあ、好きなヤツ頼めよ。残ったら俺が食っちゃる」

「わーい、浜っち大好き」


 友人同士雑談しながら注文してると、原田君が「なんかお前ら恋人同士に見える……。というか神崎がマジ女の子」とか言ってくる。「ですよね」とか九重さんまでこくこく頷いてた。


「ごめーん、皆。仲間入れてもらっていい?」


 そこで入ってきたのが夢見さんだった。

 どうやらまだ席を決めていなかった様子。他のところは席が全部埋まっているし、ここが五人席になるようだ。


「おう、いいぞー。夢見、飲み物は?」

「カルピチュ、お願いできる? 飲み慣れてるし」


 夢見さんも甘い飲み物とお米でもいけるタイプらしい。

 もしかして食事中のジュースが苦手なのって少数派なんだろうか?


「神崎くん、念願の焼肉だねー」

「大好物だからね。正直、食べ放題に勝てるタイプじゃないんだけど」

「あはは、少食だもんね。もしかしたら私の方が食べれるかも」

「お? なになに、フードファイトの挑戦? いや、僕は受けないけどさ。ごはんは楽しんで食べるものだよ」


 注文は完了。あとは待つだけ。

 先にきた飲み物をちびちび飲みつつ、夢見さんとTRPG談議に花を咲かせる。


「楽しいんだけど、高校二年の夏にもなると中々長丁場のセッションは難しいんだよね」


 夢見さんはちょっと憂鬱そうに息を吐いた。

 TRPGはボードゲームに区別されるが、一日では終わらず日をまたいでしまうこともしばしば。短い時間でさっくり終われないゲームだと、受験が控えてた時期だけに純粋に盛り上がるのは難しくなってくる。


「じゃあ、しばらくは部活も休止?」

「ううん。実はね、文化祭用にオリジナル異世界もののTRPGを自主制作してるんだ。それを最後に、って感じかな」

「そっか。あ、テストプレイは呼んでね」

「いいの? じゃあ、よろしくでやんす」


 ぺこりと夢見さんが頭を下げ、僕も返すようにお辞儀をする。

 奇妙なやりとりにお互い笑ってしまった。

 ……というところで、再びテーブルに人がやって来た。店員さんじゃなくて、うちの女子だ。

 というかリサだった。


「ねぇ、原田ぁ。悪いんだけどさぁ、席替わってくんない?」

「へ? え、あの」

「おねがいっ」


 両手を合わせておねだりする。不覚にも顔がいい。

 原田くんもその美少女パゥワーに負けて、「も、もちろんっ」と顔を赤くして違うテーブルに移ってしまった。


「やっほー、キョウくん。いっしょに食べよ。あ、浜田も九重も……夢見も、よろしくねぇ」

「う、うん?」


 なし崩しでメンバー交代、原田out、リサin。

 別に僕的には古い知人だし構わないけどさ。


「どうしたの、リサ? わざわざ席まで替わって」

「どうしたっていうか、せっかく仲直りしたんだから……まぁ、みたいな? ていうかさぁ、今日の話的にキョウくんから誘うべきじゃない」

「う、それはそうかも。ごめん、カルビとライスに心を奪われてた」

「あー、好きだもんね。焼き肉」


 曖昧な感じでリサはにへらと笑う。

 まあ、これまでけっこう疎遠してたしね。うまくつかめない距離感を、それでもどうにかしていこうと彼女は頑張ってくれているのだろう。


「……キョウくん?」


 夢見さんが小首を傾げると、リサが「あっ」と今気づいた、みたいな感じで口を押える。


「織部さん、前は神崎くんって呼んでなかったっけ?」

「ごめんごめん、つい中学の頃の呼び方が出ちゃった」

「あー、そーなんだ?」

「アタシ、昔はキョウくんと同じ道場に通っててさ。いっしょに頑張ろーって感じだったのよね」

「へー」


 あれ?

 リサも夢見さんも笑顔なのになにやらちょっと圧力が……?

 空気が淀みそうなところに、待望の焼き肉吾郎の店員さんがお肉を持っていらっしゃった。

 牛タン、カルビ、ロース。野菜盛り合わせにわかめスープ、ライスも。

 本日の主役がそろい踏み。きゅるりと僕のお腹も鳴った。


「おー、きたきた。ほい、ライスは恭の字と……やべ、原田が頼んでたやつは俺がもらうか」

「ありがとね。あ、リサも夢見さんも食べたいやつあったら注文するから言ってね? さあ、さっそく焼いて食べるヨー。九重……さんも……?」


 雰囲気を変えようと明るく振る舞う僕だったけど、驚きにあんぐりと口を開けてしまう。

 なんと、クラス委員長の九重小春さんが、物静かな優しい系の由良之小路霞さんだった。


「ど、どうも、です」


 違った。

 いつのまにやら九重さんも席を交代しており、ウチのテーブルにちょこんと座っていました。


「由良、さん?」

「あの、こ、九重さんが。元の席は男子が多いから居づらいだろうと、変わってくれました。め、迷惑でしたか……?」

「いやあ、そんなことはないよ? ぜんぜん、まったく」


 僕たちの会話にリサがちょっと目を細める。 


「……由良之小路と、仲良かったんだ?」

「あー、ほら、僕この顔でしょ。男の子が苦手な由良さんからすると、接しやすいんだってさ」

「あー」


 納得したようで何度も頷いている。

 浜っち、「恭の字は美少女だからな!」とかいくら僕でも怒るよ? ピーマンしっかり焼いて取り皿に乗せてやる。


「よっしゃ、腹いっぱい肉を食おうや!」

 

 浜っちは純粋に焼き肉を味わおうとしている。

 ただなんと言うか。

 メンバーが僕、浜っち、夢見さん、由良さん、リサ。

 そこはかとなくアレがアレでアレもんな雰囲気の席になってしまったような気がするでございますですハイ。


「九重さん!? どこ⁉ 九重さん!?」


 なので今の僕にはコードネーム<グラビア>が必要だ。

 クラス委員長で、マジメで、基本的にツッコみ気質だからなんか空気が変になりそうになったらいい具合にゆるるんガルドにしてくれるはず!

 

「あ、私はこちらで美味しく頂いてるの、神崎くんはそちらで舌鼓を打っていてください。具体的に言うと巻き込まないで」


 既に別の席について、焼いたエビをいただいておりました。

 初手海鮮とはなかなか珍しいタイプだった。


「いや、僕、九重さんともごはんを食べたいなぁ的なサムシングだなぁ。九重さん大好き勢だし!」

「巻き込まないでって言ってるじゃないですか⁉ もう私を緩衝材にする気見え見えなんですよ!」


 怒られた。

 あと、浜っちも何故か参戦した。


「緩衝材って胸の大きさ的にエアバックな意味でか?」

「浜田くんはそのセクハラ思考止めてもらえませんっ⁉」

 

 そしてやっぱり怒られた。

 そんな中、こちらの席でも肉の焼けるいい匂いがしてきた。

 

「でね? アタシは、中学のころほぼほぼ一緒にいた訳よ?」  

「あー、そーなんだー。カルビおいひ」

「夢見、さっきから全然聞いてねーよね?」


 なんか妙な盛り上がり方してらっしゃる。


「まあ、でも、私はいっしょにエロトラップダンジョンTRPGヤるナカでやんす」

「え、エロトラ、てぃーあーる?」

「TRPGはキャラになり切って遊ぶボードゲームね。エロトラのヤツは、ダイスの出目によってエロトラップに引っかかった時の演技をするの」

「ぜってー男女でやるゲームじゃないよね⁉」


 どうしよう、ギャルの方が倫理観がまっとう。

 ちなみに僕たちの関係の始まりは、エロトラTRPGの演技に熱が入り過ぎてちょっと変な空気になっちゃって、自然と……みたいな流れでした。


「ロース、や、焼けましたよ……」

「あ、ありが、と?」


 そして甲斐甲斐しくお肉をとってくれる由良さん。

 もぐもぐ、美味しい。でもなんだか胃がキリキリする。

 だってそれに気付いたリサから「キョウくん、こっちも焼けてんよー」とカルビが、「じゃあ私もー」とにたにた含みのある笑みで夢見さんからもキャベツがプレゼントされる。

 なんだろう、美味しいのに圧迫感がある。


「いやぁ、うめぇなぁ。追加追加っと。恭の字、なんか食う?」

「浜っちは楽しそうだね……」

「おん?」


 すごい羨ましい。

 僕もシンプルに焼き肉を食べたい。

 でも夢見さん達の手によってこんもりなってく僕のお皿。

 せっかくの水鉄砲大会だったのに、色んなものが水に流れたりはせず、僕の周りだけなんだかドロドロっとした感じになってしまいそうでした。



・おしまい












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バカの放つ夏の銃弾(水) 西基央 @hide0026

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