裏切り
身長は百九十センチもあり肩幅も広く、古い不良スタイルも相まって、かなり威圧感のある容貌をしている。
とはいえ、別段素行に問題があるわけでもない。
絡まれれば喧嘩くらいはするが、カツアゲや万引き、強盗や殺人の類は一切やらないタイプの穏やかな学生だ。
そういう彼がなぜ陰キャの神崎恭一と仲がいいかと言えば、シンプルに成績が悪いため補習でよく一緒になるからだ。
勉強で疲れ切った放課後には、寄り道して買い食いしたりゲーセンでストレス発散 などをしているうちに自然と親しくなった。
まだ、二人ともに物事を深く考えずその場のノリで行動するきらいがあり、そういう意味でも相性が良かったのだろう。
実際、真面目に夏期講習を受けないとまずい状況なのに楽しいことを優先し、こうして水鉄砲バトルに興じている。
アサルトライフル型水鉄砲を携え、気分はもう特殊部隊だった。
「静かだな……」
「だね。もう、追加の人員はいないのかな?」
リーゼントに追随し、ティエルとグラビアも慎重に四階の教室を確認していく。
聞こえるのはセミの鳴き声だけ。じっとりと汗が滲むも、口が渇くのは暑さのせいばかりではなかった。
「二人とも」
声を潜めて、グラビアが合図をする。
四階の教室の窓に人影を見つけたようだ。
九重小春はクラス委員長になるだけあって、品行方正な優等生として教師陣にお墨付きをいただいている。髪は染めずに編んで化粧をせず、スカートを短くすることもしない。 まあそれでも男子の目を引く、ある意味派手な女性ではあるのだが。
彼女がこうやって武雄や恭一のバカなノリに付き合ってくれるのは非常に珍しい。ただ、嫌々というほどでもないようで、最初は戸惑っていたようだが今は大分動きが様になっていた。
「よし、まずは俺が突っ込む。ティエルとグラビアはそれに続いてくれ。それはそれとしてグラビアのやられ姿は超見てえ」
「いっ、いきなり煩悩丸出しになるのやめてもらえません!?」
やっぱりリーゼントはバカだった。
三人は、勢いよく教室の引き戸を開け、銃を構えたまま侵入する。
「玉川ぁぁぁぁ!」
リーゼントの怒号が響く。
教室には、まるでマフィアのボスのようにゆったりと座る、担任教師の玉川の姿があった。
いや、今は担任教師ではなく、テロリストに従った悪辣なただの男だ。
「おやおや、よく来たじゃあないか生徒諸君」
なお座っているのはソファーではなく学生用の椅子を横に並べたものだ。
周囲には複数の水鉄砲が用意されている。
「これ以上、お前の無法は許さねえ……!」
「なにを、無法は学校側だ! 夏休みに出勤しても手当てなんぞないし残業代なんて一切出てないからなぁ!?」
「くそぉ、ところどころ本音が出てきてやがる……! 教師ってすげえブラックなんだな!」
「あと浜田君は後ろの九重さんと夢見さんどっちがタイプなのかなぁ⁉」
「教師がなんてこと聞いてんだおらぁ⁉ ポニーテールで明るく元気な涼野さんとか日焼け跡が眩しい陸上部の小泉さんとかがタイプですっ!」
「ひゃっほう、青春だねぇ!」
なんか妙なテンションで玉川先生が悦んでいる。
すっかりペースを掴まれているリーゼントを、グラビアが強めに叱責した。
「浜田くん、そう言うのはいいですから」
「お、おう、そうだった。ってことで、これで終わりだ玉川ぁ!」
リーゼントたちは銃を構え、勢いよく連射する。
しかし、玉川は既に対策を終えていた。
「なっ、段ボール⁉」
「単純だが、効果的だろう? やっぱりボスは簡単に倒れちゃ駄目だからねぇ。そして、最強の手札を切らせてもらう!」
「なっ、ぐあああああああああああっ⁉」
一瞬にして水浸しになるリーゼント。
さらにテロリストの牙は、少女たちにも向けられた。
◆
リサを倒した僕は僕は四階に向かい、注意深く一つずつ教室を確認していく。
敵が現れたらすぐに銃を構えられるよう体勢を崩さず、慎重に。
一つ目、二つ目。三つ目、今は空き教室になっている場所に気配を感じる。
そりゃそうだ、他の生徒が普段使ってる教室で水鉄砲バトルなんて出来ないし。
そう思いつつ室内を確認した時、背筋に冷たいものが走った。
「リーゼント、グラビアっ⁉ ティエルも!」
僕は水浸しになって床に転がる友人たちを見つけ、我を忘れて教室には駆け込んだ。
「あっ、ウィザード…無事だった、んだね……」
「うん、なんとかね」
一瞬喜びの顔を見せてくれる夢見さん。
僕は頷き、倒れたリーゼントを抱き起し、ぐっと彼の手を握る。
「浜っち! だ、大丈夫⁉」
「おいおい、俺は……リーゼントだって、言ったろ?」
「こんな、ぐちょぐちゃになって……」
「はは、ワリィ。下手ぁ打った。頼む、お前が、玉川の野郎を……!」
そこで、がくりと浜っちは力を失った。
あ、ああ。
僕の、大切な、友達が。
「浜っちぃぃぃぃ⁉」
あまりの哀しみに何もできずただ叫びをあげた。
そんな僕に、横たわるグラビアが声をかける。
「……あの、私も倒れているのになぜ一直線に浜田くんだったのでしょうか」
「そんなのっ! 水でぐちょ濡れになった九重さんを僕が抱き起せるわけないだろ! 言っとくけど君すっごいかわいいしグラビアなんだからね常識的に考えてよ⁉」
「褒められてるのかバカにされてるのか分かりません……」
そのまま九重さんも気を失った演技に入った。
唯一無事だったのはティエルだけだ。
「ごめんね、遅くなって。これからは、僕も戦う」
「うんっ」
大切な人たちを失った僕は、責めて彼女を庇うように背中に隠し、教室に鎮座する全ての現況を睨み付ける。
「おやおやぁ、まだ抵抗勢力が残っていたか」
「玉川先生っ!? あなたが、やったのか!」
「その通りだ」
両手を大きく広げ、玉川先生は誇らしそうに笑う。
「なぜ、こんなことを……!」
「知れたこと。先生ね、けっこう真面目なタイプなんだ。真面目な教師って、仕事押し付けられることも多くてね。いや、生徒達の補習は自分の意志でやってるからいいんだよ。でも他の先生の雑事は違うんじゃないって気になって、もうストレスが溜まってね」
「だからって、こんなことは許されない! あと今度バイト代入ったらおすすめのハンバーグ屋さんがあるからそこで奢らせてもらえませんか?」
「ありがとう、君は優しいね。ふはは、ゆえに私はテロを起こしたのだよ! 止めたければ私を倒してみせろ!」
先生の銃口が僕に向けられる。
咄嗟に横に飛んだ僕は転がりつつ、銃を構えた。
この状況なら、僕の方が早い!
「……ざぁんねん」
けれど、僕は激しい銃弾の雨(水)に呑み込まれ、一瞬で水浸しになってしまった。
「うあああああああっ⁉」
なにが起こったのか、一瞬理解が出来なかった。
けれど遅れて、夢見さんの冷たい瞳と銃口から滴る水を見てしまった。
そこで、ようやく気付いた。
彼女が……僕を、撃ったんだ。
「な、なん、で……」
立っていられなくなった僕はその場に倒れ込む。
どうにか顔を上げれば、夢見さんは見下すような視線を僕に向けていた。
「……忘れたの? 抵抗勢力チームには、テロリスト側のスパイがいるって」
「あ……」
忘れた訳じゃない。
でも、残ったのが皆だった時点で、もう大丈夫だと勝手に判断していた。
仲のいい友達が裏切り者だなんて、考えてもいなかったのだ。
「じゃあ、夢見さんが……?」
「そう。私は、最初からテロリスト側。抵抗勢力チームが乗り気じゃなかったときに、この茶番を盛り上げるために仕込まれた、埋伏の毒ならぬカンフル剤」
あー、こういう遊びって誰かが「くだんねー」とか言い出したら冷めるもんね。
美少女且つ演技力があって悪ノリにも全力な夢見さんは、テロリストというより先生の配下として、この水鉄砲バトルを楽しいものにするために動いてたってことか。
お疲れ様です。
なので僕も、しっかり信頼していた女の子に裏切られた男として、悲しそうな悔しそうな顔をするとしましょう。
「そ、そんな……」
「ふふ、覚えてる? 神崎くん、一年生の頃を」
「う、ん。あたり、前、だよ」
夢見さんは、一年の時も同じクラスだった。
中学の頃からの友人である浜っちとは別になってしまったし、僕はちょっと緊張していた。
それでもなんとか周りの生徒と話せるようになったが、陰キャで弱そうな僕は、ちょっと素行が悪そうななんちゃって不良くん二人組に目をつけられてしまった。
まあ、ベタないじめっぽい絡み方だ。
入学早々問題を起こしてはいけないと、僕はそれを我慢しようと思った。
『そういうの、ダメだよ』
それを止めようとしてくれたのが夢見さんだった。
女の子が悪っぽい男子二人に物申すのは、きっとすごく怖かったに違いない。
実際、その肩は震えていた。
そんな彼女に、男子二人は好色な表情を見せる。あとは定番の『ならお前が突き合えよ』というやつだ。
『い、いやっ』
その悪辣を、僕は許せなかった。
我慢が出来なかったのだ、
だから僕は、不良くんに飛び掛かり、その頭部を掴んで顎を的確に膝で撃ち抜いた。
その上で彼らを全裸にして、廊下にワックスをぶちまけ彼らのカラダを使ってサーフィン・インフェルノを敢行したのだ。
ぶっちゃけこんなことしたら夢見さんには引かれると思ったけどむしろその逆。
これをきっかけに僕たちはそこそこ仲良くなり、僕の処分を軽くするよう教師陣に嘆願もしてくれたのだ。
「おぼえ、てるさ。でも、なんで、今、そんな話を……。ま、まさか……! あの時から」
「そう、あの時の流れはすべて、あなたの油断を誘い懐に潜り込むための策なんてことは全然ないよ。ありがとうね、ってちゃんとお礼を言っておこうと思っただけ」
ですよねー。
「いやいや、助けられたのは僕の方だから」
「ふふ、お互い様だよ。でもね、私はあなたを裏切った。そうしたら……焼き肉無料券をレギュラーからプレミアムに変えてくれるって玉川先生が言ったの」
「なん、だって……!」
プレミアムチケットは、【焼き肉吾郎】の最上級食べ放題コース。
通常メニューだけじゃない。ワンランク上のお肉屋、デザート類、海鮮系も全て注文できるようになる特別仕様だ。
僕には、裏切った彼女を責めることができない。
だって、きっと、僕だってそうする。
特上カルビをオン・ザ・ライスしてかっ込むことに勝る正義がこの世にあるものか。
「ぐ、うぅ。そっか、なら、仕方ない、よね」
「ごめんね」
「でも、最後に一つだけ、聞かせてくれる?」
「うん……なに?」
「僕たち、ちゃんと、友達だったよね?」
その問いに、夢見さんは、心からの笑みを浮かべ。
「もちろん、だよ」
けれど、それをこの目に焼き付けようとしても、連続して水の銃弾が叩き込まれる。
ああ、彼女の弾丸が、このカラダを貫く。
遠くならない意識の中、僕はぼんやりと考える。
なまじ脆い体だから、壊れるのが怖い。
もし、壊れない体なら、恐怖を感じることもないし。
……人を、疑う、必要もない。
結局僕は怖かったのだ、彼女に裏切られることが。
だから疑おうとして、でも信じたくて。
真実も偽りも知りたくなかったら、中途半端なまま、なあなあでここまで来てしまった。
その末路が、水浸しになってしまった自身。
何者にもなれなかった、愚かな僕が転がっているだけだ。
仲間にやられた時の独白ってこんな感じでいいですか?
しかし、その思考も止められた。
夢見さんではなく、にやつく玉川先生が、トドメとばかりに水鉄砲を僕に向けて撃ち尽くす勢いで放ったのだ。
「いーい、ドラマだった。楽しませてもらったよぉ。だが、ここでおしまいだ」
こうして、抵抗勢力チームは屈した。
テロリストたちがその後どうなったかは、志半ばで倒れた僕たちには知りようもなかった。
玉川先生もそこまでは考えていないから本当に誰も知らなかった。
「ふ、はは。ふはあっははははははは!」
こうして、戦いは終わった。
抵抗勢力の弾丸は届かず、教室にはテロリストの高笑いがいつまでも響いていた。
◆
「じゃあ、こっからは普通の水鉄砲なー」
その後は、玉川先生の合図で普通に演技とかナシで校内を舞台に水鉄砲の打ち合いが始まった。
みんなで撃ったり撃たれたり、楽しいし涼しいしイイ感じだ。
「か、神崎くん、楽しい、ですね」
「そだねー。そら、由良さんもくらえー」
「きゃー」
僕は散々激しく動いたので、由良さんあたりとまったり水鉄砲をやり合ってる。
やっぱり赤色は気になるし、なんか物凄い怒気が向けられてる気もしたけど、とても充実した一日でした。
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