三つ子の魂

脳幹 まこと

施設に入っていた時のこと


 こう見えても俺は昔、ある施設に入っていたんだよ。


 別に知ってても知らなくても良いんだけどさ、子供の時にしばらくお世話になったんだ。


 親が不仲だったとか貧乏だったとかそんなことじゃない。俺の頭がちょっと遅れてるんじゃないか、っつー疑いがあって、それで入った。


 どうだったかって? 君とこうして話せているんだから、頭に問題は無かったんだろうな。


 三つ子の魂、百までなんて言葉があるように、子供の記憶は印象に残りやすい。


 施設にいた時のことは、今でもはっきり思いだせる。


 俺は文章を読み、計算をし、施設長と会話をし、運動をし、指導を受けた。


 泣いた記憶も幾つかある。でも、許してもらった記憶はない。流石に記憶違いだとは思いたいが、俗に言う「昔ながら」の教育だったから、何とも言えないな。


 まあ、いいんだ。そんなことは。


 俺は施設に感謝してる。こうして平穏無事に生きてるんだからな。恨む道理もないさ。


 本題は俺のどうこうじゃなくて、一緒にいた子についてなんだ。


 俺が施設に来た理由が示す通り、ここに来る子はみんな「そういう疑い」があった。つまり、独特な子、ズレている子ってことだ。


 鏡に映った自分を延々睨みつける子とか、水たまりの揺れに怯える子とか、どうしても足し算が納得出来ない子とかだ。

 最後に挙げた子はな、足し算のやり方を理解はしてる。が、納得できないんだ。だから自分で別解を作って長々と説明するんだ。独自の理屈はあるんだろうな。でも、もごもご唸る上に独自の言葉を作るものだから誰も理解できなかった。あの子も卒業したはずだが、どうなったかな。


 で、俺が言いたいのがな、施設を卒業する直前に少しだけ面識のあった男の子なんだ。

 流石にそのときの俺は「みっつ」の意味は把握していた。その子の当時の年齢は三つだった。


 入って早々、彼は色々かき回していった。

 具体的にどれだけいたかは覚えてないが、それなりに長くいた俺よりも、更に高度なテストを受けて満点を取った。100以下の素数を言うこともできた。まあ、素数という呼び方は知らなかったらしく、「ふしぎすう」と言ってたけど。

 俺達が何で出来ているかも知っていたし、しりとりじゃこちらの分からない物をたくさん言って有利に立っていた。オトナの施設長が正しいと言っていたから、まあ正しかったのだろう。


 実際、三つにしてはその子は大人びていたよ。

 今になったら分かるが、他の子供たちには丁寧語を使っていたし、粘着質な子に絡まれてもやんわりと躱してたしな。

 その子が施設内でどうだったかと言えば、まあ、浮いていた。そもそも施設にくる子たちは浮くような子とまわりに思われた子ではあるんだろうが、それに輪をかけて浮いていた。

 施設長ですら持て余した。どこかで「こういうのは年長がやるべきもの」と彼の教育を指示した。年長といったらあなたなんじゃ、とでも返したら昔仕込みのお仕置きだ。


 仲間うちでじゃんけんをした結果、俺が彼の教育係になった。


 彼の方が色々知ってたし、教えるのも上手かった。どっちが教育係だって話ではあるが、ともかく教育という体で色々と話をした。

 

 まずは自分が学んできた内容をありったけ。それからは施設のこと、他の子供たちのこと、施設長のこと。見たテレビの内容とか、お絵描きや運動した時の気持ちまで伝えた。


 彼はニコニコ笑いながらそれを聞いていた。本心は分からないが、バカにしてるような感じではなかった。

 振り返ってみると、施設生活で誰かに笑顔を見せたのは彼だけだったかもしれない。

 施設長は昔の頑固オヤジみたいな人だったし、他の子も大半がしかめ面か真顔。笑うにしても自分の世界で……という子なわけで、かく言う俺もその一人だった。そんな施設の中で友達なんて望めなかった。


「ステキなお話をどうもありがとうございました」


 子供心に「この子はすごい人になるんだろな」と思ったものさ。

 そんな子と友達になりたかった。

 そんな子が見ている景色を見たかった。

 仮に出来るのなら、そんな子の隣で一緒に歩きたかったんだ。

 でも、そもそも俺は施設に入るほど臆病なやつだったのさ。「俺がいたら不幸になる」だなんて悲しくて筋違いな気遣いを若くして持っていた。


 彼はいよいよ最後まで、隙を見せてくれなかった。落ち度のない、救われる必要のない子でい続けたんだ。

 ちょっとした後悔を抱いて、俺は施設から卒業した。


 その後は、まあ……臆病のせいで散々苦労することにはなったが……施設生活と部活動でしこたま叩かれたおかげで、何とかこうして警察にもなっている。


「そうなんですね。それは本当に良かった」


「でも、やっぱり、あそこで手を出すべきだったんだ」


 そうすれば、ひょっとしたら――


「もう忘れてしまったことですよ」


 犯人はあの時のニコニコ顔を浮かべている。


 燃え広がる施設を背後に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三つ子の魂 脳幹 まこと @ReviveSoul

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ