第58話 踏み出す一歩
彩乃が日本に戻ってから半年が過ぎようとしていた。
彼女は少し背も伸びたし、身体つきも女性らしいものへと成長しつつあった。まだ幼さはその顔には残るが、銀のプレートメイルに身を包む彼女はもう立派な戦士になっていた。
「戦車隊による砲撃後、スケルトン隊は突撃。一気に敵を殲滅する!」
自衛隊は国防軍と名を変えていた。日本各地に発生する魔物の排除をその主たる仕事としている。魔物の群れに占領されたかつての首都東京の奪還作戦である。戦車隊と呼ばれたそれは人の乗らない自動運転の魔導兵器である。シェヘラザードと『ものづくり』の勇者泰造により開発されたそれは、厳しかったこれまでの戦況を大きく好転させることになった。それらに対する指揮はかつて『トラ子』と呼ばれた隊長機が自律して行っている。
ゴブリンやスライムといった低ランクモンスターから中級のオークまでの集団は、この戦車隊が搭載された魔導砲により駆逐していく。だがそれ以上の強個体においては彩乃の言う『スケルトン隊』が相手をする。
「いやいや、ほんと。素晴らしいですねぇ。あのシャルロッテにも引けをとらない勇姿でございますよ」
「うるさい! お前は黙って魔力供給をしていればいい」
「そんなことを仰られましても、この私、自分でも口から生まれたのではないかと思うほど……。痛たたたっ! ちょっと耳を引っ張るのは止めてください。カタリナがあなたの耳は素敵ねって言ってくれる自慢の耳がぁ。ああ、ちぎれるかと思いました」
彩乃の隣に立つのは上から下まで黒の聖職者服を着た神父姿の男。
「レンブラント、貴様は不死身なのだろう? なぜ自分から突っ込んでいって魔物を蹴散らしてこない?」
「ですから、何度もご説明しておりますように、復活してから十年は私はたいした力が使えないのですよ。その上、あのシーマ、いや元シーマでしたね。あの私の眷属の強化にもリソースを費やしましたからですね……」
白い骸骨兵の集団を率いるのは、かつて賢者シーマと呼ばれていた男。悪魔レンブラントとの魂の契約により、一旦その生涯を閉じたのだが生前と全く変わらぬ姿でこの戦場にいる。彩乃としては昔憧れたその男にたいしてまだ複雑な気持ちは残っているのではあるが、この悪魔とともに自分に絶対の忠誠を誓う配下であると割り切って考えることにしていた。
「あらあら、面倒なのがやはりこの新宿には巣食っていたようで……」
レンブラントの言うように旧新宿駅廃墟の地下から巨大な魔物が複数這い出してきた。
「トラ子、情報をまわせ!」
そう彩乃が言うと右耳に装着したデバイスからトラ子の声が流れてくる。
『了解。マスター彩乃。データベースト照合シマス。脅威度ランクハ彩乃サマとヴィスサマノ現在ノ推定戦闘力値ニヨリ修正。甲種サイクロプス三体、ランクC。乙種オーガ二体、ウチ一体ハ変異種ト推定。再計算ノ結果、ランクBプラス。更ニ地下ニ大型ノ竜種ガ潜伏シテイルノヲ確認。コチラハ一致スル情報ガアリマセン。脅威度ランクハ不明』
それを聴いた彩乃の口角が上がる。
「ヴィス、聴こえたか? ここからは私たちの出番だ、問題ないな?」
『ふぁあ……。あっ、ごめん。ちゃ、ちゃんと聴いてたよ。居眠りしてたわけじゃないから、信じて! 大丈夫だって、ドゥラリュンヌもやる気だし』
――ほんとうに、私の旦那様からは緊張感を感じないわね。私なんて頑張ってお母さんの口調を真似して雰囲気出してるっていうのに……。もう、絶対帰ったらお説教なんだから!
大きく跳躍し、魔物のまえに立った彩乃。上空を旋回していた黒竜の背から飛び降り、その傍らに音も立てずに着地するヴィス。二人の手には光という意味をもつ銀剣が握られている。この半年で数々の死線を越えてきた彩乃とヴィスの間には、お互いを信じる深い繋がりができていた。恐ろしい異形の存在を前に恐怖は一切ない。二人は同時に右足を一歩踏み出す。ここから一方的な蹂躙劇がはじまる。
世界を救うための戦いはまだ始まったばかりであり、この先ふたりを待ち受ける過酷な試練を知るすべはない。
了
ちょっとウチの家族とかが意味わかんない件について~異世界ってなんか思ってたのと違うんだけど~ 卯月二一 @uduki21uduki
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