第57話 世界の急激な変容

 日本では明智深雪あけちみゆきと名乗り、本当の名はシェヘラザード。大賢者と讃えられる彼女がニュース映像を流す。


『二日前にハワイで観測された巨大隕石についての続報です。NASAの発表によりますと日本時間9日の深夜2時ごろ、日本を含む東アジア上空で大気圏へ突入するのではないかということです。JAXAも同様の見解を示しており、このあと岸部きしべ総理による緊急の記者会見が予定されているとのことです。詳細は……』


 映像が切り替わる。画面には総理大臣が映っている。数時間後の映像のようである。


『先般、世界各地において観測された巨大隕石について、さまざまな有識者からの意見を聞いたうえで、政府としての見解をまとめました。本来なら国家非常事態宣言を発動するべきところではありますが……』


 シェヘラザードは一旦映像を止める。


「ちょっと難しい法律のお話しになるからここは簡単にね。海外とは違って日本では強制的に国民の移動を制限することができないのよ。かつて感染症で似たようなことはあったのだけどね。あくまでも国民の協力をお願いしてるって感じよ。NASAやJAXA、日本政府に随分前に『アンスラックス』の情報を提供したのは私なのだけど、時間が足りなかったようね。岸部さんなりに頑張ったとは思うのだけど……。泰造さんと雪恵ちゃんも首相官邸に乗り込んで説得した話もあるけど、それはやめておきましょうか」


 続いて海外ニュースの映像が流れる。アジアだけでなくヨーロッパやアメリカにおいても商店が襲われたり、社会的な不安による株価の大暴落などの内容だった。


「日本はこれに比べたら随分落ち着いていたのだけど、それも長くは続かなかった。これを観てくれるかしら新宿の様子よ。似たような動画が次々と投稿されていたわ」


「なにこれ……」


 それは一般の撮影者がおそらくスマホで撮ったものなのだろうと彩乃には思えた。逃げ惑う人々。光る閃光と同時に人間が蒸発する。人間だけでなく自動車や建物も削り取られたかのように、部分または全体が消失する。撮影者が上空にスマホを向けると、そこには白いヒトガタの何かが何体も飛んでいた。実際は浮かんでいるのかもしれないが、大きな翼のようなものを広げているので彩乃にはそう見えた。顔の部分はつるりとしていて口だと思われる黒い穴だけが空いていた。天使と呼ぶにはあまりに出来の悪い不気味な存在であり、彩乃は気分が悪くなった。


「彩乃ちゃん、ちょっと我慢して観てね。これが日本各地、さらに世界各国の都市部で起こったことなの……。こういった動画が投稿されたのは正確には今から13日前までね。巨大IT企業もそれ以降はどうなってしまったのか、それ以来インターネット自体が機能しなくなったの。国の上層部では各国とのやりとりは続いているのかもしれないのだけども、もう私のところにさえまわってこなくなっちゃったわね。私の試算ではもう人類の半数はおそらく……」


「世界が……、そんな……」


 彩乃は自分が異世界に行っていた間に、この世界が絶望的な状況に陥っていしまったことを知り、言葉を失う。


「彩乃ちゃん、あなたが会った『星詠み』エレンミアは、あなたと同じような年齢のころ宇宙から飛来した未知の金属を手にしたの。彼女の未来が視える力はそのときに発現したと聞いっているわ。彼女はこの現在の状況が一番初めに視えたとも言っていた。まったく違う世界のとても先の時代の不幸な映像。それが彼女を長く苦しめ続けたって。その後、あちらの世界に現れた女神という存在とそれが引き連れてきた人族という新たな種族。異世界転移により呼び出される勇者たちから得た情報も彼女の未来視を理解することに繋がったと。そう以前私に語ってくれたわね。自分とは全く関係のない世界の遥か未来の世界をなんとかしたくて、彼女はその一生を費やしたの」

 

「あ、あの……、シェヘラザード様。あの白いバケモノは魔族の伝承にある『アンゲロス』ではないのですか?」


 ここまで口を閉ざしていたヴィスがようやく発言した。


「ええ、ヴィス君。あなたはちゃんと学んでいたようね。お父様のエリゴリアル様も学びには熱心であったことを思い出すわね。『アンゲロス』はこちらの世界のエンジェル、天使の語源としても大昔に存在する言葉よ。ここでは現在私たちが通称として使っている『天使』でお話しするわ」


 シェヘラザードによるとその『天使』が、女神の本来の姿だという。魔族の古い伝承によれば複数出現したそれは、世界を七日で焼き払ったとされる。地上での活動には制限があるのかその後その姿は確認されてはいない。

 

「あちらの世界で『女神』として活動していた一体は、ヴィスのお父様である魔王エリゴリアル様と彩乃ちゃんのお父さん、勇者セイヤによって倒されました。でも……、聖也さんが言ってたのだけど、あちらの世界の別の場所で『女神』は複数存在し活動しているんじゃないかって。彼はそれを調査するために動き出したわ」


「お父さんが……」


 彩乃が呟くのを聞きシェヘラザードは静かに頷く。


「自衛隊の持っている情報では、現在あの『天使』の活動は報告されていないの。この地球の環境に順応するために潜伏しているのか、既に人の姿をとなって私たちの世界に紛れ込んでいるのかは不明だけど」


「シェヘラザード様、それで『アンスラックス』は……」


 ヴィスが尋ねる。


「そうね、それは気になるわよね。この状況から推測できるかもしれないけど、結局、巨大隕石として把握されていた『アンスラックス』は地球に衝突はしていないわ。気象衛星なんかと同じ高度3万6000kmで一旦静止。それからゆっくりと地上に降下を始めたの。まるで意識を持っているかのようにね。あれが何なのかは未だに不明だけども、『天使』がそこから飛び立つのはそれまで使えていた衛星によって分かっています。『アンスラックス』は日本海に着水後、そのまま海底に姿を消したわ。海上自衛隊の潜水艦が探索を続けているけど現在も発見できてはいないの」


「消えたの?」


 彩乃の問いかけにシェヘラザードは首を振る。


「そうだったら、どんなによかったかしらね。おそらく海底あるいは地中深くに存在していると考えられるわね。たぶんその影響なのでしょうけど、地球環境が大きく変化することになったわ。簡単にいうと大気中に『魔素』が含まれ始めたのよ」


「魔素ってあの魔力の素の?」


「ええ、そうよ。彩乃ちゃんもシーマから教わったから知っているでしょうけど、それね。これは推測だけど異世界も同じ手順で『彼ら』によって環境に手を加えられたのではないかと考えるわ。ああ、これを見て。海自の撮影した画像よ」


「これは、シーサーペント!?」


「ヴィス君の言う通り、あちらの世界でいうところの海竜だわ。サイズは小さいのだけど、こちらの世界で『魔物』が発生したと考えられるわ。他にもこういった魔物の姿が日本海で複数見つかっている。福井や石川あたりでは人型の魔物も目撃されたらしいわね」


「お婆ちゃん、日本が……、地球が異世界化しているっていうの?」


「そのようね」


 彩乃はそう答えるシェヘラザードに、思いつくだけの質問を次々としていった。ヴィスもそれに加わる。宇喜多はうんざりした顔で、途中からテントを出ていってしまった。そうやって久しぶりに戻ってきた彩乃の日本での一日は過ぎていくのであった。


 

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