第五章 Save the world

第56話 世界を救え

 白い光が収まると彩乃の眼の前には、懐かしい日本の自然の景色が広がっていた。幾何学模様の装飾が刻み込まれた柱を見ると、たしかにこの場所から世界を渡ったことが昨日のことのように彼女には思い出された。


「ねえ、アヤノ。ボクたち無事『ゲート』で転移できたってことでいいのかな?」


「うん。この場所には見覚えがあるよ」


「ふたりとも平気そうでうらやましい……。彩乃様、私はどうもこれ、慣れないですねぇ。ああ、気持ちわりぃ……」


 青い顔をした宇喜多がぼやく。そんな彼を愉快そうに見るヴィス。


「だらしないな、宇喜多は。普段の鍛錬が足りないんだよ」


「うっせぇな、少年。ふつうの地球人は魔力回路なんて身体ン中にねぇんだから、影響を受けるのは当たり前なんだよ。げぇ、げぇっ。あっ、すんません、彩乃さま。これは醜態をお見せしちまって……。ああ、ちょっと連絡いれてきますわ」


 そう宇喜多は言うと、あちらの世界では場違いな感じだったスーツのポケットからスマホを取り出すとどこかに電話を掛ける。繋がると少し離れた場所で会話をはじめた。さっきまでとは違ういかにもサラリーマンといった雰囲気で話していた。


「はい、長束は発見いたしました。……。ですが、こっちに戻りたくないと言っておりまして。……ええ、はい。ですが、俺はクマ獣人だから戻らないクマなどと……。いえ、ふざけてなどは……。はい……、ですが」


 大人は大人で大変そうだと彩乃は分からないながらも、見えない相手に頭を下げたりしている宇喜多を眺めながら思った。


「アヤノ、ほんとに魔力探知に何も引っかからないよ」 


「それはそうよ。こっちの世界にはゴブリンもドラゴンもいないんだからさ」


「ふーん」 


 枢機卿を倒したあの後、彩乃は母、シャルロッテから新たな王となることの宣言と、想像もしていなかったヴィスとの婚約を告げられた。戻った城で当然のことながら抗議するが全く聞き入れてはもらえなかった。父、聖也に泣きつこうとするも彼は既に西へ旅立ったと由美から告げられる。何でも魔王との約束があるのだとか。腹を立てた彼女は誰とも口を聞かず自分の部屋に引き籠もっていたのだが、それも三日ほどで終わる。あの横暴な母から、『世界を救え』と言われ、ヴィスとともに日本へと戻されたのだった。それは『星詠み』エレンミアが遺した最初で最後の未来視に関わるものだとだけ教えられ、詳しくは祖母、シェヘラザード様が知っているということだった。


「彩乃様、お待たせしました。少年もいくぞ! 何かこっちも大変なことになってるみたいなんで、迎えが来ないって言ってました。取り敢えず歩きで行きましょう」


「あっ、はい!」


 彩乃は初めこの宇喜多という男を苦手に感じていたが、ヴィスのことはよく知っているようでその掛け合いを聞いているうちに悪い人ではなさそうだと思えていた。母とこっちで活動していたようなのでそもそも心配はないのではあるが、気になるのは自分のことをお姫様扱いすることだけであった。


 途中、爆破されて跡形もなくなった祖父母の家の跡を通過した。


――お婆ちゃんもほんとに思い切ったことをしたなあ。あれって、私の勉強机だったモノ……。ぬいぐるみも全部燃えちゃってるわ。学校の教科書とかノートとかどうしよう? そもそも私はまた学校に通えるのかな……。


 ヴィスはいろんなものが新鮮に見えるようで、転がっているガラクタを拾っては彩乃に尋ねる。


――どうして私がこの子の面倒を見なくちゃいけないのよ……。ちょっと顔は、いいけど……。思ってたよりガキじゃん。


 母の『大切な婿殿のことは任せたぞ』と言いながらの満面の笑顔を思い出すと、やはり腹が立ってくる。


――帰ったら絶対に決闘よ! 今度こそ私の前に這いつくばらせてやるんだから。


 

 しばらくすると、ダークグリーンの自衛隊の車両が並んでいるのが彩乃には見えた。


「おっ、いたいた。おーい!」


 宇喜多が大声でそちらに呼びかける。それに気づいた隊員が駆け寄ってくる。何か一言二言交わすと大きなテントへと案内された。


「あっ、お婆ちゃん!」


「まあ、彩乃ちゃん無事に戻ってこれたのね。よかったわ」


「なんかお婆ちゃんかっこいいんだけど」


 黒のスーツでビシッと決めた彼女は随分若返って見える。聞くとどういうわけかこの部隊の指揮を執っているということだった。


「いま日本、いいえ世界中が非常事態宣言下でね……。人手が足りなくてお婆ちゃんも駆り出されちゃったのよ。昔、ちょっとだけ自衛隊のお手伝いをしてた履歴が残ってたのねぇ。断るに断れきれなくてね」


――あっちでは大賢者シェヘラザードさま。こっちでは部隊を率いて……。あとは有名な科学者で、バーチャルアイドルだっけか。ほんとお婆ちゃんって何者なのよ。


「さあ、みなさんまずは座ってくださいな。宇喜多さんも。えっと、あなたがヴィス君ね。まあ、イケメンだこと! 良かったわねぇ、彩乃ちゃん」


「な、何がよ!」


 シェヘラザードさまはそれ以上は何も言わずしばらくニコニコとヴィスを見ていた。ヴィスはよく分からず首を傾げていた。


「さて、あなたたちが異世界に行っていた間に何が起きたか説明しましょうかね」


 彼女は隊員のひとりに大きなスクリーンとプロジェクターを用意してもらうと、それに繋がったノートパソコンを操作しながら説明を始めた。


「ヴィス君が、『星詠み』様の観測、『アンスラックス』の調査を続けていてくれたのよね」


「は、はい」


「あなたの観測データは、私のもとに送られてくるようになっていたの。だから、とても助かったわ。ありがとうね」


 ヴィスはいまいち言っていることの意味が理解できていなかったが、取り敢えず頷いていた。


――あの天文台からこっちの世界に情報が送られてたって……。そんなことができちゃうの? ああ。そう言えば家のパソコンとあっちの世界の『ししょう』を繋げてオンライン授業をしてもらってたのか、私……。


 シーマのことを思い出して少し悲しい気分になった彩乃だが、実際にヴィスのいた天文台の魔道機械の多く並ぶ設備を思い出すとそれも可能だと思えた。


「ちょうどヴィス君が、あちらでの『アンスラックス』の行方を見失ったのと同時に、アレはこちらの宇宙空間に出現したのよ」


「えっ!?」


 ヴィスと彩乃は同時に声を上げた。宇喜多は何かを知っていたのかただ頷くだけだった。

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