「お酒が飲みたいわ。碧。シャンパンがいい」と紅お嬢様は言った。

「まだお昼ですからお酒はだめですよ。紅お嬢様」

 碧は紅お嬢様のグラスに炭酸の入った美味しそうな水を入れる。

 今日のお昼のメニューは(すごくいい匂いのするソースのかかった)お魚だった。

 それに焼きたてのパンとサラダ。透明なお皿の上にはいろんな種類のフルーツが盛り付けられている。

 紅お嬢様はつまらなそうな顔をしてぶどうをひとつ指でつまんで自分の口の中に放り込んだ。

「夕ご飯はお肉が食べたい」と(銀色のナイフとフォークを使って)お魚を食べながら紅お嬢様は言った。

「かしこまりました」小さく頭を下げながら碧が言う。

 紅お嬢様はとても優雅な仕草でお魚を自分の小さなお口に運んでいく。

「今日のお魚。美味しいわね」紅お嬢様は言う。

「本日の料理当番は翠です」と翠を横目に見ながら碧は言った。

 紅お嬢様は感心した顔をして翠を見る。

「なかなかやるじゃない。翠」と紅お嬢様は口をもぐもぐさせながら、言った。

「ありがとうございます」

 紅お嬢様にほめられて翠は顔を赤くして、そっと恥ずかしそうにしながら下を向いた。

 翠が碧を見ると、碧はにっこりと微笑んだ。

 どうやら料理は合格のようだった。(よかった)


 穏やかな午後の時間。

「紅お嬢様。そんなことではお嫁の貰い手が誰もいなくなってしまいますよ?」と碧は言った。

「私は結婚しません。一緒独身のままでいます」不機嫌そうな顔をして紅お嬢様は言った。

 自分の部屋の中でだらだらとすごしている紅お嬢様に碧がお説教をしている。

「とりあえずまずはきちんとした着物を着てください。橙。紫。お願いします」

 碧が言うと橙と紫の二人は「かしこまりました」と言って(むすっとした顔をしている)紅お嬢様の着替えを手伝いはじめた。

 手伝うといっても紅お嬢様は寝そべっていたふかふかのベットから動いて、畳の床の上に立ってただ両手を左右に広げているだけだった。着物の着付けは橙と紫が二人で手慣れた手つきで(まるでお人形に服を着せるみたいに)行っていた。

「紅お嬢様。お着替えが終わりました」と橙と紫は言った。

「どうもありがとう」とまだ少し眠そうな顔をしながら紅お嬢様は言った。

 それから紅お嬢様はじっとそんな歴史ある名門、白湯家での日常の様子を珍しそうに観察していたまだ右も左もわからない新人お手伝いさんの翠のことを(まるで獲物を見つけた猫みたいな目をして、あるいは新しいおもちゃを見つけた子供のような目をして)見つめた。

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紅のお屋敷 雨世界 @amesekai

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