8
「アリーねえさま!……ルードにいさま!」
事件が収束し、イリーネ領を訪れた私とルードはパタパタと駆け寄ってきた一人の少女――フィミラに出迎えられていた。
「久しぶり。フィミラちゃん。……元気だった?」
「はい!あのね、この前ね、数字が全部書けるようになったの!アリーねえさま、見てくれる?」
「すごい!見せて見せて!その後、何して遊ぼっか?」
「えっとね、かくれんぼと、鬼ごっこと、それと、それとぉ……」
玄関でワイワイと騒いでいると、奥から呆れ顔のヘデラとアグラ氏が現れる。
「こらフィミラ。アリーを困らせてんじゃない」
「……いらっしゃいませ」
「ヘデラ、久しぶり!アグラさんもご無沙汰してます。……困ってないよ?私、子ども好きだし」
子ども、という単語を口にするとアグラさんとヘデラは少し困った顔で微笑んだ。目の前のフィミラの姿は、子どもと言えるほど幼くない。けれど、今やその精神は子どもそのものだ。なら、全力で遊ぶのが私の信条である。
フィミラは裁判の結果、条件付きで解放されてイリーネ領に帰ることとなった。
その条件とは、昔ルードが私に使った
フィミラは決して許されないことをした。しかし、『実験』をした奴隷は怪我や病で先の長くない者であったり、実際にその命を奪ったのはエールリヒ公爵の仕業だったりと、情状酌量の余地はなくもないと判断されたのだ。また、エールリヒ公爵の元で悪事の片棒を担がされながら過ごすうちに精神状態に異常をきたしていたのであろうとも考えられていた。なによりも彼女は未成年だ。
それに――彼女の孤独がこんな小さい頃から始まったのだと考えると……。もう一度、やり直してほしい。……そう願ってしまうのも、仕方ないんじゃないだろうか。
そうして今、彼女は兄であるアグラ氏のもとで父、モリア氏の服役が終わるのを待っている。
ヘデラはイリーネ領に戻り、フィミラの傍についている。三人は、新たに家族としてやり直そうとしていた。まだ、ぎこちなくはあるが。
ちなみに、イリーネ領に帰ると宣言したヘデラに、ユルゲンスさんが勢いで告白してなんとオーケーをもらっていた。すごく拍手した。……いきなりの遠距離だけど、二人ならきっと、大丈夫だろう。
あと、驚いたことにフィミラの元にはエドガー殿下が定期的に訪れているらしい。様々な事情を知って彼女のせいで腕を失ってもなお、好きになった相手には一途な男だったらしい。知らなかった。
「ん」
私とフィミラが遊び疲れておやつの時間になった頃、テーブルに片肘をついたヘデラが何かを催促するかのように手を伸ばしてくる。
「え?なんだっけ」
「アリー……招待状」
「あ。……忘れてた」
ルードに思い出させてもらった私はカバンから持ち込んだ封筒を取り出し、ヘデラに渡す。ヘデラは呆れたような顔をしながら受け取った。
「忘れてんじゃないよ。アンタら、そのために来たんでしょうが」
「えへへへ……はい。アグラさんも、よければいらしてください。フィミラちゃんも、もちろん」
「……ありがとう。喜んで、お祝いさせてもらうよ」
「けっこんしき?おひめさま?」
「お姫様……かどうかは微妙だけど、ドレスは着るよ。アクセサリーは全部ヘデラが作るの。……フィミラちゃんもおめかししてきてね」
フィミラはヘデラから渡された招待状に、目をキラキラと輝かせている。
「女嫌いの薄明さんは手が早いねぇ……半年足らずでゴールインてか」
「……知り合ったのは八年前だ。それからずっと、アリー以外見ていない」
「ル、ルード……えと、ヘデラはユルゲンスさんとどうなの?最近」
「……週一で遊びに来てる」
熱烈である。ここから王都まで結構距離あるんだけどな。
「……ヘデラ、何度も言うが、本当にあの男でいいのか?なんだか……全身から軽薄さが滲み出ている気がして……」
「はぁ!?兄貴にそんなこと言われたくないんですけとぉ!?いい歳なんだし、自分の心配しなよ!」
不安げに眉を下げたアグラさんが苦言を呈し、赤くなったヘデラに噛みつかれて、その隣でフィミラがきょとんとしている。……なんだか、家族って感じだなぁ。モリアさんも戻ってきたら、きっともっと賑やかになるんだろう。
三人の後ろには優しく微笑むお母さん――ロザリーさんの肖像画がかかっている。私がその絵を眺めていると、視線に気づいたフィミラが話しかけてきた。
「おかあさま?」
「……うん、フィミラちゃんは……お母さまのこと、覚えてる?」
「うん!あのね、いちどだけだけど……フィミラのこと、愛してるって言ってくれたの!」
――記憶は、ないはずだ。でも、彼女の中には確かにロザリーさんの最期の願いは刻まれている。ぐ、と込み上げるものを唇を噛んで堪えると、ルードが私の肩を引き、抱き寄せてくれた。
「……そっか。よかった」
*****
――あの後。
フィエステ領を襲った異形の群れは、フィミラが術を解除した後全て動きを止め、静かになった。街に被害はなく、人の被害もなし。後でお父様からバルドルさんが大活躍だったと聞いた。意外と武闘派だったらしい。知らなかった。
フィエステはカリウス王国から離れ、デルシュタイン領になることとなった。王家からさんざん迷惑をかけられた迷惑料として割譲された、という名目だ。とはいえ、
ナハトは今回も大手柄だったということでデールさんに目をつけられてしまい、散々しごかれ……もとい期待されている。勉学やら課題やらに押しつぶされそうになっているが、ネルのような子どもを作らないように国の治安改善を推し進めるという目標ができたらしい。日々頑張っている。
デールさんは
……ケルベロスはチーズの食べ過ぎでちょっと太った気がする。
――そして、ルードと私は。
「これで招待状は全部配り終えましたかね……。あ、デールさんがまだだ」
「あれは……渡さなくても、なんなら呼ばなくても勝手に来るだろうけど……」
「まあ……こういうのは、気持ちの問題ですから……」
この前来たときに渡せば良かった。そう思いながら招待者名簿とにらめっこしていると、ふとルードの指が私の髪に触れる。
「……髪、伸びたね」
「はい。やっぱりドレスには、長いほうがいいかなって……」
卒業パーティで切り落とした髪は少しずつ伸び、今は肩より少し長いくらいまでには戻っている。
「式の後は、また切るの?」
「どうしようかな……短いの楽なんですよね。……ルードは、長いほうが好きですか?」
「え」
ルードは驚愕した表情で動きを止めると――口元に手を当てて、物凄く真剣に考え始めた。たっぷり悩み抜くこと数分、がっくりと肩を落とし、頭を抱えてしまう。
「本気でわからない……アリーなら、どちらでも最高だから……」
「そ、そうですか」
「初めて会ったとの長い髪も可愛かったし、再会したときの短いのも……俺には……選べない……ッ」
「もういいです、わかりました!」
ほっとくと際限ない褒めが始まりそうなので、慌ててその口を押さえてストップをかけた。最近は、一事が万事こういう感じである。なんだか、私への甘さが加速している気が。
表向きには、病弱な王弟に、最近割譲された領地の令嬢が嫁いできた、と発表されるらしい。ザ・政略結婚だ。国民に向けての大々的なお披露目もしない。それでいい。
私とルードはただのギルドのマスターと受付の従業員として結婚式を挙げる。身近な人達に祝ってもらえるのなら、それが最高だ。
「……愛してる」
「……わたしも、です」
私の手を優しく外して指を絡め、ルードが囁く。綺麗な瞳をこの距離で見るのはまだ照れくさい。きゅ、と目を瞑ると、唇に柔らかいものが少し触れ――離れた。おそるおそる目を開けると、もう一度触れそうな距離に、柘榴の、赤。
「アリー……」
蕩けるような、甘い声。ルードの指が私の唇に触れ、もう一度顔が近づく。
――その時、入口の扉が音を立てて開いた。
慌てて目の前の体を押し返す。ルードはあからさまに舌打ちをしていた。……実は営業時間だったのだ。悪いのは私達のほうなのに。
そこに居たのは不安げな顔をした一人の女性だった。――きっと、依頼人だ。私は彼女が安心できるよう、とびきりの笑顔を作って迎える。
「……いらっしゃいませ!こちらは幽霊事件専門ギルド『薄明の夕暮れ』です。……お困りごとは、なんでしょうか?」
【完結】幽霊令嬢の怪奇事件簿 ヨシモトミネ @yoshi2547
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