最終話

 教室内がざわついた。意に介さず、湊本は顎を上げて宣言した。

「いじめをやめろ。今後いじめを発見したら、俺がくらす」

 さらにざわついた。多分「くらす」が通じていない。いや、以前私が言ったことがあるから、通じているかもしれない。ぶん殴りますよ、だ。

「あと、藻戸原は小宮ちゃんに近づくな。ほかの男たちもや。なんかしようとしたら俺が相手んなるばい。いいか」

 みんなあっけにとられている。

「返事をせんか!」

 湊本の気迫に飲まれて男子たちはすぐさま「はい」と答えた。藻戸原は不機嫌そうに黙り込んでいる。

「先生」

「えっ、なんだ、先生がどうかしたか」

「理科準備室のドアを破壊したのは俺です。緊急事態だったのでやむを得ませんでした」

「何だと……、まさか湊本も寂しかったのか……? 先生のせいか?」

「そして小宮ちゃん」

「えっ、あ、はいっ?」

 突然の名指しにどぎまぎしてしまう。

「小宮ちゃんは俺がとっとうったい。ほかのもんにはやられんけんな」

 みんな意味がわからず首をかしげている。理解できたのは私だけかもしれない。俺のもとしてとっておいているんだから、ほかの男には渡さないなんて、こんな人前で堂々と言われる日が来ようとは。恥ずかしすぎて死にそう。でも、なぜか悪い気はしなかった。

「返事は」

「……うん」

 湊本は何でもないような顔をして頷いたが、耳まで赤くなっていた。きっと私も。どうかクラスのみんなに気づかれませんようにと祈った。

「けっ」

 藻戸原だけが口をへの字にしてふてくされていた。


 その後、湊本には近づかず、目も合わせないまま放課後になった。

 お互い何も言わずに自然と一緒に校門を出た。数歩も行かぬうちに湊本が、「手、つなぎたいんですけど!」と、言った。

 私がそろそろと左手を差し出すと、湊本は下からそっと包むように、優しく握った。まるで壊れものでも扱うみたいに。

「ひえっ」

 全身から汗が噴き出した。手を握るってもっと普通にというか、女の子同士で手をつなぐ時みたいな感じだと思っていたのだ。こんなに優しくされるとは思っていなくて、照れくさくてたまらなかった。どきどきしてしまう。口にハンドクリームを塗っていまう系の女子にとって、あまりに無理すぎる。あと手汗が恥ずかしい!

「や、やっぱ、なし」

 私は手を引っ込めた。

「ほ、ほら、校門前やけんさ。人に見られるかもやし」

 タイミング悪くというか良くというのか、周囲には人影はなかった。どうしてこういうときにかぎって。いつもは生徒でいっぱいなのに。

「馬鹿!」

 湊本は走り出した。駅のほうに向かっている。どうやらきょうも送ってくれるようだ。私は慌てて追いかける。走りながら腕を伸ばして、その優しい手を掴んだら、湊本は笑顔で振り返った。初めて見た素直な笑顔をとても可愛いと思ってしまったので、もうどうしようもない。

「小宮ちゃん」

「なん?」

「好き」

「そ、そこは好いとーとでしょうもん」

 照れ隠しでそんなことを言ってしまう。

「そんな博多弁を使うやつ、テレビ以外で見たことなかっちゃけど」

「私も!」

 銀杏並木の木陰を目指して、手をつないだまま駆けていく。息が切れて胸が苦しいのに、笑みがこぼれる。

「私も」

 想いを込めてもう一度言うと、湊本が頷いた。つないだ手が熱くても、もう汗なんか気にならなかった。


 <おわり>

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