足跡を追って
【前書き】
いつも、お読み下さりありがとうございます。
全話までの章立てを変更し、話数をいくつか纏め、新たにサブタイトルを付けました。
内容は変わりありません。
****
「……ボス? ここのオーナーってことか」
ジェームズは追加の札を押し付けながらバーテンにそう尋ねる。と、バーテンは「あぁ」とだけ答えた。
その表情は、どこか「不味い事を言った」とでも言いたげなものだったが、今のジェームズにはそんな事は関係はない。
重要なのはこの場所にリサがいたという事だけなのだから。
「その人と話をさせてくれ」
「駄目だ」
ジェームズの問に間髪入れずに答えるバーテン。
「何故だ? 別段そうボスとやらにそう尋ねるくらい良いだろうに……」
そう呟くジェームズにバーテンは溜息を一つ吐くと、
「アンタの為に言っているんだ」
、とだけ淡々と言う。
「……どういう意味だ?」
と聞き返すジェームズにバーテンは更に溜息を一つ吐くと小さく、辺りを気にしながら答える。
まるで、他者にその会話がバレては不味いとでも言いたげに。
「……まぁ、一言で言えば『ヤバい』人なんだ。アンタみたいな勤め人が関わるべきじゃない。
その、リサって女の事も、……事情は知らんがちょいと引っ掛かっただけなら諦めろ」と。
バーテンの言葉にウィルソンは暫し考え込むように押し黙るが、やがて覚悟を決めたかのように顔を上げると口を開いた。
その目は真剣そのもので、一切の冗談やお為ごかしといった類いのものは存在しない。
そこにあるのは真摯な願い。
だからこそだろうか、この強面ながらも妙に人の良いバーテンが心を動かされたのは。
「リサはこの店で何をやっていたんだ。唯のホステスではないな?」
そう問うジェームズにバーテンはまた小さく溜息をつくと、渋々と言った様子で語り出した。
それはまるで昔話をする老人のような口振り。
「この店にホステスはいないよ。
……言ったろうここのボスはヤバいって。
……人には言えないあれこれもやってる」
「つまり、リサもそれに関わっていた?」
そのジェームズの問いに、バーテンは小さく首を振ると答えた。
「そこまでは知らない。
俺がその女を見たのはその時だけだ。
……だが、あのボスの事だ。きっとロクでも無い事をしているだろう」
その答えにジェームズは小さく頷くと「ありがとう」と言って再び踵を返す。
そんなジェームズの後ろ姿を見送りながら、バーテンは独り言ちるのだった。
「気を付けろよ。ボスはアンタみたいな初い男が大好物なんだよ」
ーーと。
****
そのクラブから出る頃には、日はとっぷりと暮れ、辺りを暗闇が支配していた。
少し奥まった場所に店がある為か辺りに人気はなく、ただ街灯が灯るのみでシンと静まりかえっている。
だが、そんな静寂と暗がりの中だからこそ、一瞬、クラブ内での大音量と激しい光の明滅とのギャップに目が眩む。暫しウィルソンはその場でじっと、立ち竦んでしまうのだった。
「帰ろう」
そう自分に言い聞かせるように呟くと、ジェームズはゆっくりと歩き出す。
と、そこに一台、黒塗りのベントレーが通りの角を曲がり、この路地裏にスルスルと滑り混んでくる。
「……」
何となしに感じた予兆。
それは嫌な予感か、それとも何か別のものなのか。
彼の予想通り、その車はウィルソンが先程までいたナイトクラブ『グラナダ』の前へとつける。
運転席から降りてきたのは、スキンヘッドの大柄な黒人男。
絵に書いたようなボディガード然としたその男は、後部座席のドアを開くと恭しく頭を垂れる。
「足元にお気を付けて、ボス」
と言いながら。
そう、確かに言ったのだ。ボスと。
まさにあのバーテンが言っていた、このクラブのオーナーの事ではないか。
「…………」
ジェームズはそこからどのような人物が降りてくるのか、固唾を飲んで見守る。
だが、予想に反してドアの中から現れたのは、美しい女性。
年の頃は三十代前半くらい。
目鼻立ちの整った、まさに美の女神のような美貌を持つそのブロンドの髪の女性は、その身に纏った黒のドレスを気だるげに揺らしながら降りてくる。
その長い脚を惜しげもなく晒しながら歩く姿は妖艶そのもので、男を惑わす悪魔と言われても納得してしまう程だ。
しかし、その容姿とは裏腹に彼女の纏う雰囲気は何処か陰鬱であり、まるでこの世の全てを呪っているかのような、暗い影を感じさせる。
彼女は車から降りるとそのままクラブの中へと入って行く。
「あれがここのオーナーでボス?」
そのウィルソンの問いに答える者はいない。
ただ、大通りを走る車の音だけが微かに聞こえるのみ。
彼は一度大きく深呼吸をすると意を決して再びクラブの入口へと向かうのだった。
ジェームス・ウィルソン覚え書き ほらほら @HORAHORA
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