最終話:やっぱ俺は主人公じゃないです

どうもみなさんこんにちは。

異世界転生者です。


目の前に追放系主人公がいます。多分主人公あいつです。



ラインジャを制圧して数か月。

父と義父の仇をドミネートの魔術で片っ端から支配して芋づる式に引きずり出して皆殺しにした俺は、見事に鬱病患者と化した。


こんなにも簡単に皆殺しにできる連中が父と義父を殺したのだという現実が、俺の失策が連中を手助けして父と義父を殺したのだという事実が、俺を苛んだ。


そして、俺がそうして無気力になっている間にも、エレナは精力的にゴーレムを作って旧ラインジャ国内に配備し、開拓と治安維持に努めてくれていたし、やるせない気持ちをぶつけるだけの行為によって魔人となったメイコは不平の一つも言わずにゴーレムに武器を配備している。

それだけなら国中に自らの目と武力を行きわたらせる暴君ムーブだが、暴政、圧政と呼ばれずに済む程度にはセレスが頑張ってくれている。

セレスは肥料が出せる魔術師を集めて数多の農村になるべく均等に配備するというとんでもなく面倒な調整を完璧にこなし、ラインジャの復興に向けた政策をいくつも検討して実行してくれているのだ。

リエルも、フィンブルに陣取って、はるか遠くの蛮族が少しでも攻撃の気配を見せようものなら数キロ先まで爆砕できる異次元の狙撃能力で近付くことを許さない国防の要となってくれているし、万一近付かれてもクロセルがリエルを連れて退却してくれる手はずになっている。

カイト、ブランドル、カーティスの三人も、その機能がマヒしている冒険者協会に代わって国内に潜んでいる蛮族の巣を叩き潰す仕事を頑張ってくれている。


シルヴィアに世話をされて、ただ食事のスプーンを上げ下げすることしかできない俺が、俺だけが、ただ一人無能だった。



そうして、すべてを仲間に押し付けて無気力に過ごしていたある日、カイトが椅子に座ってぼーっとしていた俺の手を取って、言った。


「ラグナくん、旅に出よう」


「旅?」


旅に出て、どうしろというのだろうか。

まあ、俺のような無能な皇帝はいないほうが国のためか。

殺すだけ殺して、滅ぼすだけ滅ぼして、そこから先は何もできないような奴は、国外追放したほうがいい。


「ラグナ、きっと今のラグナは、何もかも一回投げ出して、全てを忘れて、好きに過ごす時間を持った方がいいと思うんです」


セレスがそんなことを言ってくるが、いまいちピンとこない。

そんなことをして、いいんだろうか。


俺なんかが。


「大丈夫です。ラグナくんが帰ってくる場所は、私達がちゃんと守りますから。妻を信じてください」


エレナが笑っている。


帰ってきてもいいのか。

ていのいい追放だと思っていたが…。

いや、そういう嘘だという可能性もなくはないか。


まあ、どうせこの国は俺無しでも問題なく運営できている。

もう帰ってくるなと言われても、構うまい。




俺はみんなに送り出されて、カイトと二人で、ラインジャがあった地から南方の、比較的ラインジャと友好的な関係だった国へ旅に出た。

幸い、亡きワシエ陛下が、俺に残してくれた日記とほぼ同等の情報を送ってくれていたらしく、ラグナロクへの心象は悪くなく、北から来た俺たちがいきなりラインジャを滅ぼした憎き相手みたいな扱いで拘束されるようなこともなかった。


「どうだい、ラグナくん、僕たちが、君の旗の下でやったことは完璧には届かなかったかもしれないけど、何もしなかったら、今頃ラインジャの反逆者はこの国にだって魔の手を伸ばしたかもしれない。これって、君が守ったってことにならないかな」


その穏やかな街の風景を示し、カイトはそんなことを言ってくるが。


その街の様子が、どうにもおかしい。


「あんたらもお触れを知って来たクチかい?」


冒険者らしき男が俺たちに声をかけてきたことで、その違和感は形を結ぶ。

冒険者が集まってくるような、お触れ。


町の立て看板を読んでみる間、その冒険者は、第一王女が乱心し、百年前に王城だった古城に立てこもって魔物を大量に呼び出し、王位継承を前にした継承権一位の王女の乱心に王は心労で寝込み、第二王女が姉である第一王女の討伐をなしたものに望むだけの褒美を出すという悲痛なお触れを出したという敬意について説明してくれた。


「ラグナくん、ごめん、君の心を癒す旅だけど、僕、ちょっと見過ごせないよ」


「好きにするといい。俺も、やることがあるほうが気がまぎれる」


こんな時でさえ、カイトはやはり主人公だった。

どんな時でも、必ず人の不幸を見過ごさず、誰かのためにできることをしようとする。

それは、できなかったことでふさぎ込んで、すぐ無気力になる俺などでは持ちえない、真なる主人公の資格だ。


俺はきっと、コイツが紡ぐ物語を進めるためのデウスエクスマキナ、主人公がその意志を押し通すための暴力装置、そういう存在に過ぎないのだろう。

ああ、なるほど転生者にはふさわしい役回りだ。


「申し遅れましたな。あっしは冒険者のヴェイン、あんたは?」


尋ねてくる男に、俺は少しだけ愉快な気持ちで脳裏に浮かんだ言葉を口にした


「転生者ですが目の前に追放系主人公がいます。多分主人公あいつです」


「なんだそりゃ」


「ラグナくん、ついに頭おかしく…」


どうやら、滑ったらしい。

陰気な奴の諧謔なんざそんなものか。


俺は空を見上げて深呼吸して、いつか、多少なりともましになって、国に戻ったらセレスたちになんと言って謝ろうか、考え始めた。

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転生者ですが目の前に追放系主人公がいます。たぶん主人公あいつです 七篠透 @7shino10ru

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