第77話:魔王の仕事
どうもみなさんこんにちは。
異世界転生者です。
虐殺も支配も、もはや自分の仕事として受け入れられます。
何百人の兵士をちぎり殺したのか分からない頃、ようやくそいつは現れた。
いや、逃げるためにテントから出てきただけだ。
「な、何なのよあのバケモノは!」
俺を見て悲鳴を上げたのは、セレスの姉、王家の三女アーシェ・ラインジャ。
王子ウォーレイではなく、長女ティータ、次女リーゼでもなく、まさかの三女。
遠目で謁見したことしかないが、俺だって王族の顔を覚えられないような無能貴族ではなかった。
「お前か!お前がぁっ!ワシエ陛下をぉぉっ!」
俺は護衛の兵士の首を全てちぎり飛ばし、アーシェの首に手をかける。
「何故蛮族を引きこんだ!何故国を分断し、父上や陛下を弑する必要があった!」
怒りのままに叫ぶ俺に、もう助からないと観念したらしいアーシェは小さく笑った。
「私が国を手に入れるには、少なくとも私以上の王位継承権者がすべて死ぬ必要があるでしょう?あなたというイレギュラーがなければ、うまくいっていたのに」
その答えに、俺は心底悲しくなった。
王位というアクセサリーが自分のものになるなら他人がどれだけ不幸になっても構わない、そんな、見下げ果てた女のために陛下や父上は死ななければならなかったのか。
ムダジーニ男爵やスグシーヌ男爵をはじめとする勇士たちの死の果てに、俺がやりすぎたことで国がダメな方向に一致団結し、そして、今日、ラインジャが滅ぶのは、こんな女のためだったのか。
「くたばれやアバズレがぁぁ!」
俺は、義姉であるはずのアーシェを躊躇なく縊り殺した。
「アーシェ陛下ぁぁ!」
狂った女を、恐らくは美しき姫王と誤解していたのだろう騎士が俺に剣を向ける。
何処かカイトを思い出させるその顔立ちを、しかし俺は1秒で握りつぶした。
もう、何もかもを消し飛ばしてしまいたい。
俺はその破壊衝動に従い、普段なら絶対に使わない魔術を使った。
「フレアブラスター!」
膨大な熱量を空間の一点に発生させ爆発を起こす魔術で、戦場の平野ごと全てを吹き飛ばす。
一拍遅れて、俺は後ろを振り返る。
クロセルが巻き込まれていないか心配になったのだ。
クロセルが上空に退避していて無事だということを確認し、安堵したところで、俺はようやく頭が冷えた。
そして、周囲の、全てが消し炭となった、ほんの数分前まで戦場だった平野を認識する。
とんだ大虐殺だ。
いよいよ、魔王だな、俺は。
「クロセル、行くぞ」
俺はクロセルを呼び寄せ、その背に乗ってラインジャ王都に向かった。
黒いドラゴンに乗った魔王を出迎える民衆の目は、恐怖と絶望に満ちていた。
戦に向かった者たちがこのドラゴンと魔王の前にどうなったのかを想像するのは、さぞたやすいだろう。
俺は王城に降下し、戦場の全ての者を鏖殺した事、この城にあるものすべてを要求することを、残っていた衛兵に告げた。
「ひ、ひぃっ!」
そして衛兵が数時間かけて、城の侍従とともにかき集めてきた財宝の山を尻目に、俺は片隅に置かれていたワシエ陛下の日記を手に取った。
ぱらぱらとめくり、最後のページから目を通してみる。
「これが最後の日記になるだろう。もしこれを読んでいるのがラグナなら、きっと、お前を倒すために集った反逆者は皆殺しにされているのだろうな。その中にはお前の母も姉も、兄もいるだろう。悲しいことだ。我が娘アーシェに篭絡され、蛮族を引きこんでまでアーシェの王位簒奪を手助けしようとする者が九分九厘を占めていたこの国で、もはや余が何かをできるだけの時間は残されていなかった。ラグナにセレスを託せたことだけが成果だ。どうか、最後に一人残った我が娘を幸せにしておくれ、我が息子ラグナよ」
死を悟っていた陛下の最後の文章は、絶望の中で、それでも一筋だけ残る光を俺に託すというもの。
「…お任せください…義父上…」
俺は目を閉じ、顎を突き出すように上を見上げた。
そうしないと、涙がこぼれそうだった。
泣くのは、魔王の仕草ではない。
魔王はいつだって、残虐に笑うのだ。
「確認する。ウォーレイ殿下やティータ殿下、リーゼ殿下は」
そして、城の侍従に、セレスの兄、姉の所在を問う。
「ウォーレイ殿下は、ワシエ陛下とともに、処断されました」
城の侍従の声は、アーシェに逆らえなかった悔しさのようなものをにじませていた。
「ティータ殿下とリーゼ殿下は、地下牢に幽閉されております。アーシェ陛下から、ラグナロク侵攻において武功をあげた者に、奴隷として下賜するとのこと」
どこまでも非人道的な話だ。
何故王女アーシェがそこまで歪んだのか、その経緯に多少の興味すら抱く。
妹のセレスはあんなにも、他者を思いやりそのために体を張れる人物なのに。
だが、俺は決してそれに憤ってはならない。
そんな正義を語れるような清廉潔白な人間ではない。
俺は数多の貴族を、親兄弟を殺戮した魔王なのだ。
「ならばその奴隷は俺がもらい受けよう。連れてこい」
きっと、この悪逆非道な仕草こそが、俺のすべきことだ。
王城の侍従が2人の王女を連れてくる間、俺はワシエ陛下の日記を読み込んだ。
だが、穴が開くほど読んでも、俺にとって目新しい内容と言えば、ゼンガー叔父上や王女アーシェが国家転覆を狙っていたことに気づいたのは俺との邂逅の後で、それまで陛下有利に事が進んでいると思っていたのはアーシェの掌で踊らされていただけだった、という絶望と、それを裏付ける調査結果がいくつかつづられている直近の内容くらいなもの。
それはつまり、俺を巻き込まずに死ぬ覚悟を決めたその時まで、陛下がどれほど俺に胸襟を開き、全てを共有して共に戦ってくださったのかを痛感させる。
ならばなぜ、共に死ねと言って下さらなかったのか。
そんな恨み言が漏れかけるが、その答えは知れている。
こんな俺でも、陛下にとっては娘の夫で、息子だからだ。
「やはり、俺にできることは仇討くらいだったな…」
「泣いておられるのですか、ラグナ皇帝陛下」
声をかけられて、俺は自分が涙を流していることに気が付いた。
魔王たれと覚悟を決めたつもりだったが、不覚。
目線を上げると、幽閉されていたままの姿なのだろう、王族にしてはみすぼらしい服をまとったティータ王女とリーゼ王女がそこにいた。
「そう見えるのなら、笑っているのだ。涙がこぼれるほどの歓喜に。それが魔王というものだ」
「…失礼いたしました」
見え透いた俺の嘘を、しかし受け入れてくれた二人。
俺は、その二人を背後の黒いドラゴンに乗せる。
「クロセル、この二人を丁重にラグナロクにお連れしろ。この二人まで失っては、セレスがどれほど悲しむか」
俺の指示に頷き、2人の王女を乗せて飛び去るクロセルを見送り、そして、俺は目の前に整列している王城の衛兵と侍従たちに目を向ける。
こいつらは、アーシェ・ラインジャの謀反に加担してでも保身に走った者達と見るべきだろう。
俺の感覚だけで語るなら、もはや人格を残しておく価値がないどころか、それは次なる裏切りのリスクでしかない。
「ドミネート」
著しい能力差がなければほぼ確実に抵抗される支配の魔術で、全員を支配下に置く。
これでひとまずの安全は確保した…と思いたいが。
「この場にいない、アーシェ・ラインジャの謀反に加担した者を探し、見つけ次第縛り上げてラグナロクまで連行しろ。生存のための最低限の食事睡眠以外の時間は全てそれに使え」
使い潰すことに何らの呵責を覚えないそいつらに、俺はそれだけを命じてラグナロクに転移した。
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