第76話:開戦

どうも皆さんこんにちは。

異世界転生者です。


ついに、戦争がはじまりました。



鍛冶師メイコを側室に加えることになったその日のうちに、俺は黄金竜から譲り受けた塔の比較的不便な、つまり敵襲時に敵が来るまで時間がかかることが期待できるエリアを鍛冶用の工房に改装した。


黄金竜の塔は、ほぼ無限と言っていい魔力リソースを用いて必要な設備などを出現させることができる、ご都合主義的不思議魔法空間だったりするので、改装自体はほんの数分で完了した。

ちなみに魔力リソースの補充も、俺自身の魔力を流し込むとか、不用品を魔力に還元するといった方法で比較的簡単に行えるので、最悪の場合この塔に永遠にひきこもることも可能だ。


いずれ全員で移住するときにも、この性質は便利だろう。


「食事の時間には迎えに来る。好きに鍛冶の修行に励んでくれ。材料は塔の魔力から…そうか、塔の所有権を持つ俺でないと具現化できないか。材料の希望は適宜伝えてくれ」


完成した工房にメイコを案内すると、メイコは上機嫌に口笛を吹いた。


「至れり尽くせりだな」


どうやら工房はお気に召したらしい。


「友人の姉で、天下の名工だ。厚意としても投資としても、この程度は安い方だ」


そう言うと、今度は不満げに肩をすくめるメイコ。


「妻とは言ってくれないのだな」


何を言い出すかと思えばそんなことか。

俺は肩をすくめた。


…別に俺を好きなわけでもなかろうに。


「セレスにはああいっていたが、俺に焦がれるようなきっかけは何もなかっただろう。別に、寿命目当てでも俺は構わんというだけだ。少なくとも君の鍛冶の技量には、それに足る利用価値を認めている」


だが、メイコはうっすらと涙を浮かべた目で俺を睨んできた。


「酷い男だな、君は。自分の父親が死んだという辛さ苦しさを飲み込んで、友人の姉を救うことを優先する少年に年甲斐もなくときめいた、などということをいい年した女に言わせたいのか。それに、君の父親が君とどれほどの信頼関係を築いていたか。私はあの日、折檻を笑って受ける君を目の前で見ていたんだぞ。それほどの尊敬と信頼があった父を失った君の苦しみが全く分からない女だと思われているのなら、心外だな」


メイコはかなりの剣幕で詰め寄ってきた。

飄々とした言動のわりに、メイコはかなり情に厚いタイプだったらしい。


「…疑って悪かった」


気まずさもあって、俺はメイコに背を向けて工房を出る。


「もう行くのか」


ドアを閉める前に、尋ねてくるメイコ。

俺は振り返らずに答えた。


「俺は故郷と戦争しなければならない。君の寿命を伸ばすのは、それが片付いてからになるだろう」


振り返れば、顔見知りを殺すかもしれない戦いをしたくないと、メイコに泣きついてしまいそうだったから。


「構わないよ。捧げる相手がいない作品を永遠に作り続けるというのも、それはそれでぞっとしない話だ」


「そうか。では、また来る」


俺は今度こそ、工房を後にした。



転移で屋敷に戻ると、武装して待っていたカイトが気まずそうに話しかけてきた。


「随分早かったね。姉さんとは、その…」


本当に気まずい話題だった。


「カイトがそういう下世話なことを気にするとはな。それは戦争の後ということにしたよ」


気まずい話題なので可能な限りさらっと流す俺。


「そ、そうか…分かった。必ず勝って帰ろう。姉の幸せを守るのも弟の務めだ」


あえてそれをぶっこんでくるお前は本当に勇者だよ、カイト。


「お前もな。可愛い嫁さんが二人もいるんだ。泣かせるなよ」


とりあえず反撃しておくが。


「二倍のブーメランが頭に刺さってるよ、ラグナくん、いや、兄さん」


そこはかとなく転生者風味を感じる再反撃を受けてあっさりと俺は撃沈した。


それよりも、カイトの兄さん呼びの違和感がすごい。


「なんか変な感じだな。今まで通りの方がよくないか」


「そうだね、ラグナくん」


どうやらカイトも同じだったらしく、俺たちはとりあえず、兄弟の関係を忘れることにした。



それからいつもの7人で武装して国境の要塞の様子を見に行くと、既にラインジャの軍が遠くの平原に陣を布いていた。


蛮族に制圧されたモロヴァレイを奪還するときに集った数の数倍にも届くその兵力は、ラインジャ総軍と言って差し支えない。


中央の布陣は王家の旗。


蛮族の侵略への対応には兵力を出さなかった者達までもが、俺を倒すために集い、王を弑した誰かの旗のもとに集っている。


「誰だ…」


セレスの王位継承権順位が著しく低いことが物語るように、ワシエ陛下は多くの子宝に恵まれていた。


あくまでも王家の旗は王家のものであることを考えれば、おそらく、そのうちの誰かだとは思われるが、その誰かが分からない。


その者こそが、ヴァイコックやスディニといった叛意あるものをそそのかして蛮族を引き入れ、陛下を弑した逆賊の親玉だというのに。


「…突っ込んでくるか」


突撃の構えを見せるラインジャ軍に、俺はもはや何の感慨も抱かなかった。

あの中には顔見知りも多くいるはずだというのに。


「みんなはゴーレムへの指示を頼む」


俺の中にあるのは、陛下と父上を弑した逆賊への怒りと、向かってくるその手先を排除するという冷酷な殺意のみ。


「クロセル!」


俺の咆哮に応え、天から漆黒のドラゴンが急降下してくる。


「突っ込んでくる奴らを焼き殺せ。多少の討ち漏らしはセレスたちが処理する」


俺が指示した作戦は、連携すらもいえない力押し。

だが、それで事足りる。


「陛下の仇だけは、俺がこの手で討つ!」


俺は要塞から飛び降り、岩山を駆け下りて敵陣へ突撃した。


「ゲェアアアアアアアアアアアアア!」


今できる最大の魔神化で、ただひたすらに直進する。

弓矢?そんなものは魔神化した時に俺の体から吹き出る青い炎が全て消し飛ばしてくれる。

それは剣も槍も同じことだ。


もはや、その程度の敵では俺にかすり傷ひとつつけることはできない。

俺だけではない。ブランドルやカイトも、もはや人の扱う程度の暴力では死ねないだろう。

黄金竜の塔での修行は、それだけの経験値を俺たちにもたらした。


「ま、まっすぐ突っ込んできた!?」

「止めようとしてる奴らがなぎ倒されるどころか消し飛ばされて素通りだ!?」

「あんなのどうすんだよ!?」


数多の兵の悲鳴も、もはや気まずいとかそういう感情を呼び起こさない。

殺したい相手なのだから当然か。

殺したいということは、共に社会を築き営む意志を持つ余地がないという事だ。

そんな奴らにどう思われようが、もう、どうだっていい。


「大将首を出せぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


俺の慟哭が、戦場の空に虚しくこだました。

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