第75話:第4の女
どうも皆さんこんにちは。
異世界転生者です。
弟ができました。
泣き崩れたセレスを必死になだめるうちに夜が明け、泣き疲れて眠ったセレスを寝室に置いて食堂に行くと、エレナやリエルと談笑していた名工メイコがこちらに目を向けた。
「やあ、皇帝陛下。突然だが、私を抱く気はないかい?」
目が合って2秒でお誘いを受けたのは前世から数えても初めてだ。
「唐突に何を言い出すんですか」
「ああ、すまない、説明を省略するのは私の悪い癖だ。事情を話すからかけてくれ。そろそろ出がらしだが、お茶もあるぞ」
ダイニングテーブルのティーポットを指さした名工メイコに頷き、俺はとりあえずお茶を一杯貰った。
「それで、どんな事情があるというのですか」
ひと息ついた俺が質問すると、名工メイコは話し出した。
「そこの二人の目が赤く光っていたので、なにがあったのか聞いていたのさ。そしたら、皇帝陛下は、私も伝説でしか聞いたことがない起源種魔人だと聞いてね。私もちょっと不老長寿が欲しくなったのさ」
俺は肩を落とした。ちょっとこの人の貞操観念が心配になってきた。
「そんな理由で男に体を許さんでください」
名工メイコは肩をすくめた。
「私は元娼婦だぞ。今更だ」
そうだった。この人の人生、めちゃくちゃ壮絶なんだった。
「…すみません」
謝る俺に、名工メイコはひらひらと手を振る。
「いや、気にしていないよ。それに、弟が何かと世話になった皇帝陛下には個人的にも好感を抱いているし、なにより、通常の寿命以上に生きて鍛冶の腕を永遠に磨けると考えるといてもたってもいられなくてね」
名工メイコはたいがいな鍛冶キチガイだった。
「事情は了解しました。ですが俺の一存で受け入れることはできません。俺は、今いる正室と側室に対しても、十分に夫をやれているとは思えない不出来な男です。ですから、側室を増やすならば、妻全ての了承を得なければ」
鍛冶の腕という、純度100%の私利私欲のためとはいえ、俺の妻として迎えるのなら、そういうところはちゃんとしなければならない。
が、名工メイコは首を傾げた。
「側室?皇帝陛下も真面目だな。魔人になれるだけの魔力を注いでさえくれれば、一夜限りでやり捨ててくれていいんだぞ」
俺は危うくお茶を噴きそうになり、それを押さえた結果むせた。
「…友人の姉にそんなことができるほど外道にはなれません」
名工メイコはカイトの姉だ。それを忘れ、合意の上とはいえ無責任な関係となるようなことはさすがに受け入れられない。
名工メイコは苦笑した。
「本当に真面目なんだな、皇帝陛下は。だがそれなら、汚れたこの体には有り余る名誉だが、側室の末席に加えることを検討してもらえるとありがたい」
「セレスが落ち着いたら話してみます。その際には同席していただけると幸甚です」
俺の答えに、名工メイコはしっかりと頷きを返してくれた。
「もちろんだとも」
そうして夜明けからしばらくたったタイミングで、俺はエレナとともに朝の日課である畑散歩に向かった。
今はもう、開墾しても耕す人手が足りないので、ただ荒野からぺブルゴーレムを収穫するだけの時間になっているが、まあ、防衛戦力は多ければ多いほどいい。
なにしろ、ラインジャとの戦争が始まるのだ。
「おはようございます陛下…おや、今日は顔色が優れないご様子。何かございましたかな?」
散歩の終わり際、これから畑仕事をしに向かうところだったのだろう、すれ違ったムラオーサの気配りには舌を巻くばかりだ。
「ああ。君達にとっても重要な話だ。ラインジャから宣戦布告文が届いた」
俺が端的に告げると、ムラオーサはため息をついた。
「…きっと、我ら獣には理解しがたい事情があるのでしょうな」
その顔には、同族で殺し合うなんて、ヒトとはなんと愚かな生物なのだろう、と書いてあった。
「そうだな。人の愚かさは、俺にも理解しがたい。…戦力を国境の岩山に集めて迎撃する。万一の時には君たちに避難を指示することがあるかもしれないことを覚えておいてくれ」
「かしこまりました」
手短なやり取りを終え、俺は屋敷に戻った。
屋敷に戻ると、カイトが鬼の形相で俺を待ち構えていた。
「カイト…?」
「ラグナくん。いつ。姉さんを。たぶらかしたんだい」
ヤバイ、殺気すら感じる。
言葉の区切りが異常にくっきりしているのもなんだか平常心でない状態を物語っているような気がしてなお危機感をあおる。
「俺が起源種魔人だとバレたときだから、今朝ということになるはずだ」
とりあえず、カイトの答えにはちゃんと答えておく。
こういう時、誤解を解くために必死になると質問に答えろとか言ってボルテージが上がる奴もいたりするのだ。
「起源種?それが関係あるのかい?」
カイトは問い詰めるように尋ねてくる。
そして、その質問こそ、俺が求めていた解決への糸口だ。
「不老長寿になれば永遠に鍛冶の腕を磨けるという発想らしい」
名工メイコが俺の体を狙っている理由を端的に告げると、カイトはドン引きした。
「えぇぇ…」
気持ちはわかる。
俺も、数年口をきいていない姉上が不老長寿になって何かの趣味を極めたいからと襲い掛かってきたらショックのあまり向こう数年は不能野郎と化すだろう。
「それで、受け入れるのかい?」
カイトとしてはやはりそこが気になるのか、再度問い詰めてくるが。
「セレスたちが全員OKしてくれることを条件にしている。これは俺も譲れない」
俺も特にごまかすことなく回答する。
「えっとさ、つまり、そうなったら結婚するんだよね?」
重苦しい調子で問うカイト。
「そうなるな」
頷く俺。
「ラグナくんが兄になるのってちょっともやもやするんだけど」
目をそらすカイトに、俺はサムズアップした。
「安心しろ。俺もだ」
「安心できる要素がないよ!?もし姉さんと結婚したらラグナくんのことをお兄ちゃんと呼んでやるからな!」
カイトは頭を抱えた。
「おええ気持ち悪い!やめてくれ弟よ!」
俺もとりあえず乗っかっておく
「やめろお兄ちゃん、本気で身の毛がよだつ!」
「気が合うな、俺も吐き気が止まらないぞ弟よ!」
そんな悪ふざけをしていると、妙に冷たい声が俺たちに冷や水を浴びせた
「…楽しそうですね、ラグナ。側室が増えるのがそんなに嬉しいですか?」
セレスだった。
しかもなんか怒っている。
激おこぷんぷん丸くらいには怒っている。
「珍しく怒っているな。俺は、また何かしてしまったのだろうか」
尋ねると、セレスは頬を膨らませた。
「私はラグナのことが好きでラグナを支えたいって思ってる人がお嫁さんになるなら側室は何人増えてもいいと思っています。でも、ただの不老長寿目当てでラグナの体だけが目的な人が側室になるのは絶対いやです!」
「やばい、嬉しくて鼻血でそう」
セレスの愛で涙が止まらない。
「愛されてるなあ、ラグナくん」
カイトも素に戻るレベルである。
「逆に言えば、私が分不相応にも皇帝陛下に恋い焦がれているなら認めてもらえるのか?」
俺がいない間に起き出したセレスに事情を話したらしいメイコが尋ねてくる。
「その通りです。あなたはラグナが好きなんですか?支えたいんですか?」
問い詰めるセレスに、メイコは飄々と答えた。
「弟がこれだけ世話になった相手だし、危険なタイミングでラインジャから救い出してくれた人物でもある。それだけでもないが、まあとにかく好意はあるよ。そして、私はここで、無限に鍛冶の腕を磨きながら、昨日見た大量のゴーレムたちに武装を配備して防衛に貢献したいという気持ちもある。これでは不足かい?」
セレスは押し黙った。
単独の武力ではセレスに届く者はおそらくいないが、数多の武器を作り、ゴーレム全ての戦闘力を底上げするという方面の貢献は、セレスにはできない。
名工メイコは確かに、俺を支える、という事の手段を示して見せたのだ。
「加えて言うなら、私は百以上の男に抱かれてきた元娼婦だ。肉体関係にロマンティズムを感じることはもうできない。私には鍛冶くらいしかないんだ。だからその成果物を全て皇帝陛下に捧げよう。それしか好意の表現の仕方が残っていない」
「…わかりました」
名工メイコの流暢な主張に、セレスはあっさりと折れた。
「私も認めます。エレナさんとリエルさんは朝の時点で賛同していたそうなので、メイコさんもラグナの妻としてラグナを支えてください」
そういうことになったらしい。
「……弟よ」
「なんだいお兄ちゃん」
「せめて兄さんで勘弁してくれ」
「アッハイ」
俺とカイトは、虚無の表情でそれだけの言葉を交わし、虚空を見つめた。
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