第29話 そして次の勇者が召喚される

  木と木の間から甲冑を着た日本人のおじさんが現れた。新妻さんである。

 彼は黒猫の首を掴んでいた。

 猫の首の後ろには皮があり、新妻さんが掴んだ首の箇所がゴムのようにビヨーンと伸びている。

 捕まった黒猫は空中で暴れていた。


 新妻さんは剣を黒猫に向けていた。

 俺は新妻さんの顔を見つめた。

 せめて悪者のような顔をしてくれていたらいいのに、せめて無表情でいてくれたらいいのに、……新妻さんの顔は針を飲み込んだように苦しそうだった。



 どうしてそんな顔をしてるんですか?

 聞かなくてもわかる。

 もう、新妻さんの中で、俺の命に王手をかけたのだろう。



 新妻さんと一緒に魔王を倒す冒険に行っていた時の事を思い出す。

 俺達は野宿をしていて他の仲間達がテントで眠っていた。


 俺と新妻さんは焚き火を囲んでいた。

 俺は日本人が恋しくて、彼が焚き火の番をしているところへ行ったのだ。


 その夜も絶望するぐらいに星が大量に溢れ出し、悲しいことに月が2つあった。


「新妻さんってお子さんはいるんですか?」

 と俺は焚き火を見つめながら尋ねた。


「3人いる」

 と彼が答えた。


「いくつなんですか?」


「長男が小学校6年生で、次男が2年生、三男が幼稚園の年長」

 と彼は言いながら笑った。

 子どもの事を思い出しているんだろう。


「3人とも男の子っすか? 大変ですね」

 と俺が言う。


「うるさくて仕方がねぇーんだ」

 と彼が笑った。


「はははは」と俺は笑って、「いいっすね」と言った。


「あの、どうしようもない、うるさいのが今は恋しいよ」

 と新妻さんが言う。 


「そうですね」

 と俺も子どもの事を思い出しながら言った。

 遊んでいると思ったら泣き出してギャーギャー叫ぶ子どもの声を思い出す。


「……余命を宣告されたんだ」

 と新妻さんが言った。


「えっ?」

 と俺は彼を見る。

 突拍子もなかったので、何の話をしているのかはわからなかった。


「日本にいた時に余命を宣告されたんだ、俺」

 と新妻さんが言った。


「3人の学費のためにお金を貯めてて、それを使えば延命ができたんだ」

 と新妻さんが言った。

「でも延命できても健康じゃない。ただ生きている時間が長くなるだけなんだ。お金が無いって選択肢が無いんだ。子どもにお金を残してあげたいじゃん。だから俺、死ぬ事を選んだんだ」

 と彼は言った。


「でもアイツ等に会いてぇーよ。バカでうるさくて、もうどうしようもねぇーアイツ等だけど、会いたくて、会いたくて仕方がねぇーんだ」

 と新妻さんが焚き火を見て、言った。


「はい」

 と俺は言う。

 

 



「武蔵、逃げろ」

 とチェルシーが叫んだ。

 朝の日差しが、新妻さんの甲冑を照らしてピカピカと輝いていた。


 新妻さん、と俺は呟く。

「俺じゃあ魔王は倒せないっすか?」「俺達は一緒に帰れないっすか?」

 とボソリと俺は呟いた。


 新妻さんは小さく首を横に降った。

 

 俺は思い出す。

 初めて我が子を抱きしめた時、……子どもがパパと行って抱きしめに来た時、……子どもが笑った時、……この子達のためなら地獄でもパパは行ける、と思ったのだ。


 地獄から這い上がって来ることもパパなら、できる。


 新妻さんも地獄から這い上がろうとしているだけなのだ。


「悪いな」と新妻さんは言った。

 彼が持つ聖なる剣が、チェルシーのお腹を刺した。


「包茎、逃げろよ」

 とチェルシーは、口から血を出して呟いた。


 あぁああ、と俺は叫んでいた。

 チェルシー。

 

 

 俺がチェルシーを助け出す事を知って、新妻さんは黒猫を刺したんだろう。

 新妻さんが黒猫から剣を引き抜くと、臓器の代わりに四角い形の魔道具が現れた。


 チェルシーに近づいて行く。


 グサっ、とお腹を刺された。

 すごく熱い。赤く燃えた鉄筋が体に入っているみたいだった。

 さすが聖剣である。

 新妻さんが剣を引き抜いた後に血が溢れて出した。普通の剣で刺されただけなら血が出る前に治ってしまう。

 

 血ってこんなに出るんだ、と思うと同時に、いつもより遅く傷が再生されていく。

 

 再生。それは元に戻る事である。


 俺はチェルシーに手を差し出した。

 黒猫の傷を再生しようとした。


 また新妻さんに、お腹を聖剣で刺された。

 痛いな、本当に痛いな。


「武蔵」とチェルシーが呟いた。

 黒猫の傷が元に戻って行く。


「泣くなよ」

 と俺は言った。


 グサっ。

 グサっ。


 再生。


「本当にすまない」

 と新妻さん。

 彼が手からチェルシーを手放した。


 グサっ。

 グサっ。


 チェルシーはコチラを見て、戸惑っているような、泣き出しそうな顔をしている。


 俺は立っていられなくて地面に膝を付いた。


「逃げろ」と俺は言った。


 なんだよ、と泣き出しそうな声でチェルシーが言う。

「包茎がカッコつけんじゃねぇーよ」



 チェルシーとの出会いを俺は思い出す。

 まだ異世界に来たばかりで、街の隅っこで死にそうになっていた黒猫を見つけたのだ。

 初めて回復スキルを使った。

 

 それから黒猫は政府に回収されて実験の道具にされたのだ。初めは俺のスキルが、どこまで回復可能なのか? というモノだった。俺のスキルの能力がわかると魔道具を臓器と入れ替えても死なないかの実験になり、……人殺しの道具にするためにの実験になっていった。


 俺はチェルシーを助けた事を後悔していた。

 俺が助けた事で辛い思いをさせてしまったのだ。


 だけどチェルシーは、俺が助けた時から友達でいてくれたのだ。

 

 友達。




 傷ついたところが再生されていく。

 だけど再生される前に新しい傷ができる。

 あっ、これアカンやつやわ、と俺は思った。

 カッコなんて付けるつもりはなかった。俺だって新妻さんから逃げたい。

 でも体が動かないのだ。


 何度も何度も聖剣で刺されて、俺は地面に突っ伏した。

 傷つくたびに体が再生されていく。

 だけど再生スピードより早く、攻撃され続ける。


 遠くから焼肉の匂いが漂ってきた。

 

 洞穴があった場所から炎が見えた。

 聖騎士達が焼かれている喚き声が聞こえた。

 ミロ達も襲われて反撃したのだろう。


 どうにか彼女達が生きて、いつか呪いを解きますに、と俺は願った。


 グサ、グサ、グサ。


 再生。


 チェルシーが後ずさって行く。

 黒猫の小さい後ろ姿を俺は地面に頬を付けながら見守っていた。


 グサ、グサ、グサ。

 再生。


 ミナミ、咲太郎。

 パパは君達の事を世界一愛してる。

 どうか幸せになってください。


 それとカエデさん、ごめん。

 

 グサ、グサ、グサ。

 何度も何度も刺され、そのたびに再生していく。

 俺が死ぬまで、新妻さんの攻撃は止まない。


 グサ、グサ、グサ。


 いつか家族でご飯を食べたこと。

 いつか家族で同じベッドで眠ったこと。

 いつか家族で遊びに行ったこと。


 ただただ俺は思い出していた。


 俺の体は傷つくたびに、何度も何度も再生されていく。いや、元に戻っていく。


 そして目の前に暗闇が広がった。

 俺の能力は回復すること。

 回復とは元に戻す事である。

 

 何度も何度も再生を繰り返した事で……。


 遠くの方で「パパ」と子ども達の声が聞こえたような気がした。

 



 そして次の勇者が召喚される。

 

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性奴隷を調教したのに お小遣い月3万 @kikakutujimoto

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