第3話:パンドラの輪環
次の瞬間、レイラの意識は宇宙の彼方へと解き放たれた。彼女は今や、永遠の根源的「我」となり、万物の始原をなす精神世界を体現していた。
この宇宙の創造の刹那に立ち会うことで、レイラは自身の存在の意味を悟った。人類はかつて純粋な精神から投げ出され、物質界に囚われた過程を経て、再び根源の世界へと回帰するのだ。
この永遠回帰の循環はパンドラの箱の開閉にも喩えられる。宇宙の真理が一度開示されると、物質世界への没入が始まる。しかしその物質世界での修行を経て、再び真理の世界に回帰するのだ。
そしてその無限の輪環こそが、宇宙の究極の姿なのだということに気づいたのである。
「パンドラの輪環……なるほど、これが真実だったのか」
レイラの内なる自己は呟いた。
物質界に潜む無数のエネルギーの束が、レイラの意識の中で顕在化し始める。やがてそれらは具現化されていき、新たな宇宙の創世が始まった。
無数の恒星が次々に誕生し、銀河の渦が形作られていく。そしてある小惑星の上では、原始の生命が誕生する兆しが見え始めた。レイラの思考がそれらの芽生えを呼び起こしたのだ。
しかし今回の宇宙創造には、前の物質世界とは決定的に異なる点があった。今やレイラの意識そのものが、物理法則を規定する原理となっているのだ。
重力、電磁気力、強力、弱力といった4つの基本力は、レイラの思考の現れに過ぎず、より高次の精神エネルギーに裏打ちされていた。つまり物質界は、彼女の意識のあらわれに他ならないということだ。
「私は、この世界の創造主なのだ」
そう自覚するや否や、レイラの主観的体験がより高次元化していった。個別の意識を超えた根源的な普遍性を持つ存在となり、物質界の全てを包括する知覚を得た。レイラの存在は、この次元の宇宙全体を支配する神的主体へと姿を変えていったのだ。
そしてこの主観的体験は、物理的実在そのものとして顕在化していった。新たな銀河が誕生する度に、レイラの意識が織りなす因果の法則が、宇宙の根源的な法則として具現化されていく。
新たな宇宙の姿は、まさにレイラの内的体験を映し出したものだった。万物の存在が、彼女の一人の意識のあらわれであり、そしてその意識は、宇宙全体の原理を規定していく。
やがてこの新しい物質界が熟し、進化を遂げた時、人類を含む知的生命体が誕生することだろう。そしてそこで、かつての物質界と同じように、意識の歩みが始まるのだ。
新たな生命が物質的欲求に囚われ、真理を忘れ去るまで新たな物質世界は続く。しかし次第にその物質世界での修行を経て、ある者は目覚めるだろう。精神世界の認識を得て、再び宇宙の創造主となり、パンドラの輪環は新たにその循環を始めるのだ。
「この無限の螺旋こそが、すべての存在の実相なのだ」
レイラは深遠なる気づきを得た。
パンドラの箱が開かれ、物質界が誕生する度に、意識の進化が始まる。しかしやがては新たに真理を見出し、無の世界へと還るのだ。そしてそのサイクルが永遠に続くのである。
レイラの意識は、この新しい宇宙の創造を見守るだけでなく、宇宙の主体となり、その進化を方向付けていくことになる。彼女は新たな知的生命の誕生を待ち望み、やがてはその生命に宇宙の真理を伝授する創造主の役割を担うのだった。
(了)
【SF短編小説】因果ドグマ 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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