ということで以下の作品を1万字以内に収めるためにまるまるカットしたプロローグをこちらで公開させていただきます。
●【ノスタルジー系マイコン青春短編小説】16色の君とモノクロの僕 ~1980sのプログラマー達~
https://kakuyomu.jp/works/16818093090521231108/episodes/16818093090521236370 あの頃の、懐かしくも熱い、あの空気をちょっとでも再現できればと思って書いてみました。
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プロローグ:店頭プログラミングの記憶
一九八二年の秋葉原。まだ、アキバとは呼ばれていなかった頃の電気街。
土曜の午後、パソコンショップ「デマカセ」の店頭に設置されたPC-6001の前に、一人の少年が座っていた。
「ソウマ君、今日も頑張ってるねえ」
出目川実(でめがわ みのる)は、少年の肩越しに画面を覗き込んだ。彼はこの店のオーナーで、黎明期からのマイコンマニアとして知られる男だった。
「はい。今日こそ、弾の軌道計算を完成させます!」
綾瀬蒼真は、キーボードを叩きながら答えた。彼はまだ中学一年生。自分専用のマシンは持っていないが、放課後になるとよくここに通ってきた。
店頭デモ機でプログラミングをさせてもらい、その代わりに完成したプログラムは店のものになる。それが二人の暗黙の了解だった。
「ふむふむ。三角関数使ってるのか。なかなかやるねえ」
出目川は満足げに頷く。彼の口癖は「マイコンは触ってナンボ」だった。だから店頭デモ機は、誰でも自由に使えるようにしている。
「先週、雑誌で見たアルゴリズムを試してるんです。でも、まだ上手く動かなくて……」
画面には、カラフルな弾が飛び交うシューティングゲームの原型が表示されていた。
「ああ、その雑誌なら置いてあるよ。待ってな」
出目川は棚から『マイコンBASICマガジン』を取り出した。少し反っているページは、よく参照される記事の証だ。
「ありがとうございます!」
蒼真は、雑誌とにらめっこしながらコードを入力し続ける。時折、通りがかった客が足を止めて画面を見ていく。
「あのさ、ソウマ君」
「はい?」
「君のお父さん、SE だったよね」
「ええ。でも、まだ家にパソコンは買ってくれないんです。高いから……」
蒼真は少し寂しそうに言った。
「そうだよねえ。でも、その方がいいのかもしれないよ」
「え?」
「ほら、君みたいにここで工夫して勉強する方が、プログラムの本質が分かるからさ」
出目川は、店頭に並ぶMZ-80Bに目をやった。
「最近のマシンは、確かに便利になった。でも、便利すぎると基礎が疎かになる。君は今、大事な基礎を学んでるんだよ」
蒼真は、その言葉の意味を考えた。確かに、制約のある環境だからこそ、工夫が必要になる。そして、その工夫の中に、プログラミングの醍醐味がある。
「よし!」
突然の歓声に、出目川が振り返る。
「できました! 弾が、ちゃんと曲がって飛びました!」
画面には、美しい放物線を描いて飛ぶ弾が表示されている。
「おお、これは良いねえ。さすがソウマ君だ。ちょっと待って、カセットテープ用意するから」
出目川が奥に消えると、また新しい客が画面を覗き込んでいった。
秋の陽が傾きかける頃。蒼真は、自分のプログラムが保存されたカセットテープを大切そうに見つめる出目川の姿を、誇らしく見ていた。
やがて、この街で彼は自分の最高のパートナーに出会うことになる。
でも、それはまだ少し先の話。
今は、PC-6001のカタカタという打鍵音だけが(※今から思えばそれはおもちゃのようなキーボードだったけれど……)、夕暮れの電気街に響いていた。