第4話 帰還
準備を整えた俺たちは、再びダンジョンに潜り始めた。
町でリュックの中のゴミもあらかた捨てたので、行きに比べれば割と楽である。
「このダンジョンの良いところは移動が楽なとこだよね。古いから音は死ぬほどうるさいけど、エレベーターだってあるし」
「町に行く時も使えばよかったのに......」
「節約とか言ってさ、決まった時間にしか動かないようになってるんだよ。賑わってるように見えるけど、あの町も貧乏だから」
「世知辛いなぁ」
エレベーターと言っても、このダンジョンにあるのは古い仕組みの物だった。
見た目は鳥籠に近く、スペースも狭いのでせいぜい4人くらいしか入れない。
「ふぅ、やっと着いたな」
1分ほど騒音に耐えていると、巨大グモなどのモンスターが闊歩する、あの広い空間に出た。
エレベーターが動いているからか、さっき来た時よりも遥かに人が多い。
「そうだ。念の為これを渡しとこう」
そう言ってフィーナが渡してきたのは、革のケースに入った狩猟用のナイフだった。
柄の部分は木製で、五角形のマークが彫られている。
「護身用か?」
「うん。ここから先は狭い道が多くて私も助けにくいから、もし後ろからモンスターが来たらこれでグサっとやっちゃって」
自分も武器を持っている、というのはなかなかに安心感がある。コウモリくらいならこれで簡単に倒せるだろう。
「おっ、スライムじゃん。立花、倒してみる?」
このダンジョンにいるスライムは、一見水色のゼリーのような見た目をしている。
生物なのかどうかも怪しいが、近くを人間が通ると反応し、追いかけてくるのが少し不気味だった。
「任せとけ!こんな弱そうなスライムなら俺でも簡単に倒せ、あっ、ヤバい死ぬ」
脅威の跳躍力で顔にまとわりついてきたスライムは、俺の顔面をすぐに覆い、息の根を止めようとしてきた。
フィーナがひっぺがしてくれた後も、顔についたスライムの粘液は全然取れず、悪戦苦闘しているうちに渋谷駅に着いてしまった。
「やっぱり誰もいないな......」
真ん中のホームまで来てみたものの、ペットボトルや帽子などが落ちているだけだった。
一部の照明はすでに消えてしまっていて、まるで廃墟のような雰囲気を醸し出している。
「ダンジョンにしてはモンスターの気配がしないね。空気も地下にしては綺麗だし」
「ここは駅だよ。ダンジョンじゃない......とは言い切れないけど、モンスターが出るような危険な場所じゃない」
「ふーん、ますます変な場所」
フィーナは小さく折り畳まれた紙をポーチから取り出すと、床に広げて何かを描き始めた。
ささっと線を引いては、辺りをキョロキョロ見回している。
「もしかして地図か?」
「そうそう。バルジオのダンジョンと繋がってるなら描き足したほうが良いと思って」
「うーん......努力を否定するつもりは無いんだが、たぶんこっちのほうが速いし楽だと思うぞ。ほら、見ろこれ」
俺はスマホの地図アプリを開いて彼女に見せた。
少し拡大すると、今自分たちがいる副都心線のホームが見える。
「うわっ、良いなぁこの地図!かさばらないし助かるわ〜」
「あれ?思ったより驚かないんだな。正直めちゃくちゃ驚くかと思って期待してたんだけど」
「これは受け売りだけどね。“ダンジョンに常識は通用しない”。私を驚かせたかったら空飛ぶ船でも持ってきなよ」
フィーナは地図を畳みながら言った。
「空飛ぶ船なんて何百個も飛んでるさ。今度実物を見せてやる」
「本当に〜?」
無人のホームに、フィーナの声が反響する。
そんな現実味のない状況の中、まるで静寂を掻き消すかのようにスマホが鳴り始めた。
電話をかけてきたのは、原宿にいるであろう俺の友人──
「良かった。あいつも無事だったみたいだな」
「知り合い?」
フィーナはスマホと俺を交互に見ながら聞いた。
「ああ、とりあえず出てみよう」
”応答“のボタンを押すと、ヴー、ヴーという騒がしい着信音がプツリと消え、代わりに凌平の低い声が聞こえてくる。
『あー、立花か?先に言っておく。まだ渋谷にいるんなら早く逃げろ。今の原宿は......地獄だ』
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