ぶらり東京ダンジョン紀行

おもち丸

第1話 渋谷のダンジョン

 「おいマジかよ......会社吹き飛んじゃったよ」


 立花慶斗たちばなけいとは途方に暮れていた。入社式まであと3日というタイミングで会社に隕石が直撃したのだ。

 渋谷駅の地下5階にいたため、隕石の破片による被害は受けなかったが、SNSには地上の酷い有り様が次々と流れてくる。

 

 辺りが騒然としている中、立花はホームに起きたある異変に気づく。


 「何だあれ......?こんな所に階段なんてあったか?」


 この階のホームには、線路を挟んだ所に何も無い空間が存在する。

 本来は換気のために作られたスペースで、普通ならそこに階段があるはずがない。

 しかし、そこにあったのは確かに階段だった。

 それも石造りの、古城にあるような階段である。

 

 Twitterに上げるために撮っとくか......そう思ってスマホを向けた瞬間、階段を駆け上がってくる1人の少女が見えた。


 「うわっ!?何ここ!?」

 少女は辺りをキョロキョロ見回しながら、何やら本をパラパラとめくっている。


 なんとなくヨーロッパっぽさを感じさせるワインレッドの服に、自身の背丈くらい大きな杖。

 クオリティの高いコスプレだなぁと思いながらも、彼女があんな所から出てきたのは少し不可解だった。


 声をかけるべきか、それとも目を逸らして関わらないようにするべきか......おそらくその場にいた多くの人がそう思っていただろう。


 その時だった。

 女性の叫び声に驚いて顔を上げると、少女の背後に、何やら巨大なクモのような生物がいた。

 少女の倍近い大きさで、カチャカチャと音を立てながら階段を上っている。

 その姿はまるで......モンスターだった。


 「危ない!」

 地上が崩壊して全部どうでもよくなってしまったのか、それとも単に自分が馬鹿だからなのか、俺には分からない。

 ただ、身体が勝手に動いていた。


 ホームドアを飛び越え、線路の上を走って向こう岸に渡る。

 ざわめきが聞こえる。大勢の視線が集まるのを感じる。

 だがそんな事を気にしている暇は無かった。


 「早く逃げろ!よく分からないけど、とにかくどこか安全な場所に!」

 俺はできるだけ大きな声で呼びかけたが、彼女は怖がる素振りも見せなかった。

 それどころか巨大グモに杖を向け、倒そうとしている。


 「おい、無茶だって!魔法使いじゃあるまいし!」

 「その魔法使いが私です!そんなとこにいたら死にますよ!」

 

 そう言うと彼女は杖を前にバッと突き出し、巨大グモに叩きつけた。


 「爆散しろ......!ランバルディア!」


 耳が痛くなるような爆発音、そして周囲に飛び散るクモの破片。

 気づけば既に巨大グモは原型を留めておらず、焦げ臭い匂いがホームに充満していた。


 「......え?ガチの魔法使い?てか本当に大丈夫なのこれ」


 「ガチです。ちゃんと免許も持ってますし......まずい、どっかに落としたかも」


 少女はあたふたしながら服の中や巾着袋の中を探していた。

 しかし今はそれどころではない。

 当然あんな爆発が起きたら辺りは騒然とする。

 こんな状況も相まって、パニックは人から人へと伝染していった。


 「もしかしてテロか!?冗談じゃない、逃げるぞ!」

 「おい、押すなよ!誰か駅員呼んでくれ!」


 上の階に逃げようとする人々でホームはもみくちゃになっていた。

 何人か転んで起き上がれなくなっている人も見える。


 「もはや地獄絵図だな......厄介なことに巻き込まれる前にどっか隠れとこうぜ。俺も写真撮られまくっちゃったし」


 「分かりました。じゃあついてきてください」


 彼女は杖についた砂埃を軽く手で払うと、早足で謎の階段の奥へと歩いていった。

 仕方なくついて行くと、そこには洞窟のような空間が広がっていた。


 眩く光る蓄光石が照明の代わりになっているため、それほど暗くはない。

 壁の至る所にダイヤモンドが埋まっており、蓄光石の光を洞窟全体に反射させていた。


 「ははっ、すげえなここ。本当に駅の中かよ」

 あまりに美しい光景に思わず笑みが溢れた。

 まだ自分が幼かった頃に、鍾乳洞に連れていってもらった思い出が蘇る。

 

 俺が洞窟の景色に目を奪われているのを察してか、少女は足を止めて、こちらに向かって微笑んだ。


 「ようこそ、ダンジョンへ。欲望渦巻く、地下の世界へ」

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