第5話 原宿ダンジョン①

 「おい、どういう事だよ。一体原宿で何があったんだ?」

 

 凌平は何度か『う〜ん』と呟くと、口で説明するのを諦めたのか、画面をビデオ通話に切り替えた。

 そこに映っていたのは異世界でもなんでもなく、崩壊した竹下通りだった。

 カラフルな店舗が建ち並んでいたはずの通りはもはや穴だらけになっていて、一部のビルは半分以上地下に埋まっていたりする。

 

 『信じられない話だとは思うけどさ。白い竜と黒い魔女が突然戦い始めたんだよ。そのせいで原宿はこんな有り様だ』


 「黒い魔女......そいつって、金色の杖を持ってなかった?ほら、槍みたいに先端が尖ってるやつ」

 フィーナは顔をスマホに近づけ、まあまあ大きな声で聞いた。

 

 『ん?ああ、確かに持ってたわ。雷を自由に操ったりしててさ、もしかして本当に魔法使いだったりすんのかな』


 「本当の魔法使いだよ......それもかなり凄腕のね。こうしちゃいられない。行くよ、立花!」


 フィーナは地図をポーチにしまうと、杖でツンツンと小突いて催促してきた。

 25歳とは思い難い行動だが、一応は雇い主なので素直に従うほかない。


 「じゃあ今助けに行くから。お前はそこでじっとしててくれ、健闘を祈る」


 『いや、逃げろって!そっちにも魔法使いが現れたんだろ!?』

 

 「それがさっきの子だ」

 

 『えっ』

 

 電話を切った俺は、フィーナを連れて線路に降りていった。

 竹下通りのすぐ近く、明治神宮前駅までは大体1kmほどの距離がある。

 原宿の白い竜とやらが駅を壊してさえいなければ、15分くらいで着くだろう。


 「なんだか不気味だね。モンスターの気配はしないけど」


 フィーナは誰に言うでもなく呟いた。

 凶暴なモンスターが生息するダンジョンに慣れている彼女にとっては、「何もいない」ほうがかえって不安を感じさせるのだろう。


 「まあ、人間に襲われることが無いとも言い切れないしな。原宿にもいるんだろ?クソ強い魔法使いが」


 「うん、さっきの話が本当ならね。あいつは正直モンスターより危険だよ。できれば会いたくなかった」

 フィーナは眉をひそめて言った。


 「そんなやばい奴なのかよ」

 

 「いや、別に悪い人ではないんだよ。でも悪意が無いってのがまた厄介で......」


 その時だった。思わず耳を塞いでしまうほどの大きな咆哮が、トンネルの中に鳴り響く。

 だが、それは決して勝者のものではなかった。

 死の間際に絞り出したかのような、鈍くて弱々しい声である。

 さすがに少し身構えたが、何かがこっちに向かってくるわけでもない。

 声量もすぐに小さくなり、10秒も経った頃には再び静かな地下の世界に戻っていた。


 「アイシクルドラゴンを倒すなんて......こりゃ相当強いパーティだね」

 フィーナは平然と語っていた。


 「へー、やっぱり強いんだな。そのナントカドラゴンってやつ」


 「そりゃあもう。湖を一瞬で氷河に変えたりするって言うしね。国によっては神様の遣いとして祀ってるとこもあるんだとか」

 

 そんなモンスターを魔法でボコボコにするのはどうなのかと思ったが、それを言ったら闘牛とかもアウトになってしまう。

 文化の違いというのはどこの世界でもあるものなのだろう。

 

 「ちょっと、聞いてる?」


 「ん?ああ、もちろん。ドラゴンが最強って話だったっけ。それよりほら、なんか光が見えてきたぞ。あれが原宿のダンジョンなんじゃないか?」


 離れていたため鮮明には見えなかったが、大理石のような白い柱が線路を塞ぐように倒れているのが分かる。

 氷の教会というだけあって、空気もひんやりとしてきた。

 

 「確かにダンジョンだと思うけど......違和感がすごいんだよね。何というか、全く別のダンジョンみたいな」


 「まあ、そんなもんだろ。東京の地下に無理矢理出てきたんだ、何も変わってない方がおかしいと思うぜ、俺は」


 フィーナは何も答えなかった。とはいえ先に進まないわけにもいかない。

 結局、『これも経験だから』とか言われて、俺が先にダンジョンの様子を見てくることになってしまった。


 「いや寒っ......駅と一体化してんのかな、ホームドアも凍っちゃって......うわっ!?」


 ホームドアをよじ登って中に入ろうとした瞬間、うっかり手を滑らせてホームに転落してしまった。

 身体の痛みはない。しかし全身びしょ濡れ、リュックも半分水没という悲惨な状況である。

 線路の方を覗くと、フィーナが駆け足で寄ってきたのが見えた。


 「嘘でしょ......!?ダンジョンの氷が......溶けてる!?」


 「え、俺は?」

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