第3話 魔法使いに雇われました

 「原宿まで行くルートは2つある。1つは下に戻って駅から原宿に向かうルート。電車も止まってるし、線路に沿って歩けば簡単に行けると思う」


 「もう1つは?」


 「このまま上に登って地上から行くルート。そもそも上が東京に繋がってるのかどうか怪しいが」


 俺たちが今いるダンジョンは、位置的にはおそらく渋谷ヒカリエの真下にあたるのだろう。

 しかし、それにしては空間が広すぎる。

 天井までの高さは少なくとも10m以上あり、本来なら渋谷の地下街が見えているところである。


 「とりあえず上に行こうか。原宿にあるのが本当に北部第8ダンジョンなら、尚更準備が必要だ」

 

 そうして俺は言われるがままにフィーナの後をついて行った。

 この階層はありがたいことに、地上に続く道が看板に記されているので迷う事は無いがその分モンスターが多い。

 ホームで見た巨大グモだけでなく、ベトベトしたスライムや、右腕を失ったゴーレムまで襲いかかってきた。


 「ゴーレムってこんな洞窟にもいるんだな」


 「ここは特別だよ。さっきも言ったけど、このダンジョンは数年前まで鉱山だったからね。当時働いていたゴーレムがまだ何体もいるんだってさ」

 

 そんな話をしているうちに、俺たちは地上付近まで辿り着いていた。

 30分ほどの短い冒険も、ひとまずここで終了である。


 「あとはこのトンネルを抜けるだけ。何か聞かれたら私の助手とでも答えておいて」


 俺は背後を警戒しつつも、トンネルの中に入っていった。

 しばらく歩くとトンネルの奥から光が差し込んできたが、長い間洞窟の中にいたせいで外がよく見えない。

 

 「到着〜!ほら、立花も目を開けて」


 視界は徐々にクリアになっていき、やがて鮮明にその光景を映し出した。


 「ここは......渋谷、じゃねえよな」


 トンネルを抜けた先は、異世界だった。

 所狭しと建ち並ぶ木造の家屋に、山中を駆け抜けるトロッコの金属音。

 明らかに鉱夫ではない者も多く歩いていて、

この町が鉱山だけで成り立っている訳ではないというのがよく分かる。


 「ここは王国西部の町、バルジオ。かつては鉱山都市として栄えた町だけど、今となっては私みたいな、ダンジョン目当ての冒険者の方が多い」


 「にしてはあんまり同業者を見なかったな」


 「今回はモンスターの多い近道を使ったからね。やっぱ荷物持ちがいると楽だわ〜」


 フィーナは俺の肩をパンパンと叩いて言った。

 流石にちょっと腹が立ってきたので、フィーナの手が肩に届かないように背伸びしてみる。

 

 「ふっふっふ、たとえ魔法使いだろうと身長差の前では無力」


 たぶん、というか完全に調子に乗っていたのだと思う。俺は足を滑らせ、思いっきり後ろに倒れてしまった。

 リュックの中からはパキパキと、何かが割れる音が聴こえてくる。


 「......やらかしたかも」

 

 「え、もしかしてなんか壊しちゃった?」


 「どうだろうな......ちょっと変な音がしてさ。パキパキ、って感じの」


 「ああ、多分それ食べかけのビスケットだよ。確かまだ残ってるはず......あった、これこれ。非常食として底の方に隠してたんだ」


 「食べ物を直で入れるんじゃないよ」


 その後、俺はフィーナの買い物に付き添い、ひたすら商品をリュックに詰めていた。

 市場には様々な商品が並んでいたのだが、フィーナに迷う様子は全く見られない。

 日持ちしそうな硬いパンから粉薬、度数の高い酒なんかをさっと手にとっては手短に支払いを済ませ、俺に渡してくる。


 「ポンポン買うねぇ」


 「まだまだ買うよ。次はお昼ご飯。何か食べたい物ある?私のおすすめはコカトリスのケバブだけど」


 「コカトリスって......あの鶏と蛇が合体したやつだっけ?ていうかこの世界にもケバブって存在するんだ」


 「もちろん。西方に暮らす遊牧民の名から取られたメジャーな料理だよ」

 

 フィーナが買ってきたのはいわゆるケバブサンドのような物で、切り込みを入れた薄焼きパンにこれでもかと具材が挟まっている。

 コカトリスの肉と言うので少し身構えたが、昔食べたやつよりも断然美味かった。

 肉は柔らかく、柑橘系の酸味を感じるソースが良いアクセントである。


 「いや〜美味しかった。立花は確か......原宿って所に行きたいんだっけ?ここのダンジョンから何日くらいかかるの?」


 「何日もかからないよ。電車も止まってるだろうから徒歩で行くことになるけど......30分もあれば着くんじゃないか?」


 「30分!?ちっっっっっか!!私が行った時は最寄りの村から1日かかったんだぞ!?しかも馬車で!!」


 フィーナは相当な衝撃を受けたようで、口にソースがついていることにも気づかず独り言を繰り返していた。


 「......もしかして、原宿の他にもダンジョンと繋がっている場所があったりする?」


 「可能性はあるな」

 

 まあ、本当に日本のあちこちにダンジョンができているとしたらかなり大変な事態なのだが。

 

 「私の仕事が何か、まだしっかり話してなかったね。私はフリーランスの魔法使いとして、各地のダンジョンを調査してるの。そこで提案なんだけど......私に雇われてくれない?」


 「冗談だろ?こんな無職の一般成人男性を雇った所でしょうがない気がするんだけど」


 「道案内をしてもらいたいだけだよ。それに、この契約はお互いにメリットがある。私はいろんなダンジョンに行けて嬉しい。立花は私に守られながら友人を探せる。良い提案じゃない?」

 

 女の子に守られながら冒険するというのは少し情けなく思えるが、かと言って俺にモンスターが倒せる訳でもない。

 どうせ失う物も無いのだから、ここから新たな仕事を始めるのも良さそうに感じてきた。


 「報酬は円に変えられる物にしてくれよ」


 「決まりだね。じゃあ早速行こうか。難攻不落のダンジョン......原宿ダンジョンへ!」

 

 

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