転移した僕にはスキルもレベルも無かったけど、恵まれた肉体が僕にはとんでもなくチートだと思えた。皆に頼られヒロインも手に入れて、夢見ていた幸福な人生を歩むんだ。

品画十帆

第1話 電車が遅れすぎだ

 はぁ、登校時間なのに早朝から電車が大幅に遅れている。


 事故とか故障とかの理由で、以前より遅れがよく発生しているな。

 もう三十分以上待っているのに、来る感じがまるで無いし、電車に乗れない人達がホームにあふれてきたぞ。


 遅延ちえん情報がどうなっているのか、もう一度スマホで確認をしようとした時、近くで言い争う大きな声が聞こえてきた。


 中年か初老のおっさんが、〈電車が遅れすぎだ〉と駅の職員へ、わめらしているようだ。

 末端の駅員さんにクレームを言ったところで、どうにもならないのに、家庭や仕事のストレスを発散しているだけなんじゃないのかな。

 いい年をして、感情のコントロールも出来ていないのが、かなり見苦しいと思う。


当然だけど僕と同じことを思った人がいたんだろう、怒鳴っているおっさんが「だせぇ」とストレートにあおられているようだ。


 そうなると、ますますおっさんは熱くなって、煽ったサラリーマンになぜか体当たりをぶちかましたぞ。

 どう考えてもやり過ぎだし、体当たりの余波よはが、ホームに溢れている人へ伝わっていっている。


 僕の目に前にいた、でっかいお尻のおばさんが、僕の方によろけて全体重をかけてきた。


 でっかいのはお尻だけじゃなくて、身体全体だったのがいけなかったのだと思う。

 僕は決してせている訳じゃないないけど、筋肉がそれほど無いから踏んふんばるることが出来なくて、その太ったおばさんの圧力に屈し線路の方へ倒れてしまう。


 僕は運動神経が悪いため、とっさの行動が苦手なんだ。

 けようとしても、身体が動かなかったんだ。


 〈わぁ〉っと思って固まっているうちに、線路の方へ押し出されてしまう。

 ホームの端にいたのが不運だった。

 ちょうど遅れていた電車が来るタイミングも、信じられないほど不運だったと思う。


 僕は電車が遅れる原因の、人身事故の当事者になってしまったんだ。


 直後に訪れるだろう、全身の痛みを覚悟して僕は身を固くしたけど、感じたのは背中の痛みだけだった。

 それも大した事がない、単に背中から地面に倒れた程度の痛みだ。


 あれ、どういうこと。

 線路は鉄の棒だから、もっと痛いはずだよな。


 僕は地面の上で大の字になり、透き通ってどこまでも青い青い空を見上げていた。

 白い雲もプカプカと浮かんでいたよ。


 ホームの屋根が見えないし、電車の音も人の声も聞こえない。

 見えるのは、鬱蒼うっそうとした森で、大きな木の枝だけだ。

 そこを通り抜けた、サワサワと軽やかな緑色の風の音が、僕の耳にれてくる。


 静かだな。

 いやされるな。


 はぁー、癒されている場合じゃない。

 どう考えてもおかしいじゃないか。

 これは異世界に飛ばされたってことなの。


 嘘だ。

 お手軽すぎるぞ。

 バカみたいじゃん。


 そうは思うけど現実を直視せずに、ここで倒れたままではどうにもならないだろうし、誰も助けてくれそうにない。

 見苦しいおっさんも、煽ってたサラリーマンも、僕を押し倒したでっかいお尻のおばさんも、誰もいないのだからな。


 僕は起き上がって周りを見渡したが、周囲はやはり森しかない。

 それもかなり大きそうだ、見たこともないほど暗くて深い森だと思う。


 僕が立っている部分は、かろううじて道と分かる程度には、土が見えている。


 森の木の少し青臭い匂いと、土のほこりっぽい匂いが、僕の鼻をくすぐってくる。

 花らしい匂いや、獣のような匂いも、かすかにするぞ。


 異世界って言えば、つのが生えたウサギが襲ってくるんだよな。

 僕は運動音痴うんどうおんちだから、とてもじゃないけど、獣を倒すなんて無理だ。

 早く壁に囲まれた町へ、逃げ込まなくては、角で刺されて死んでしまう。



 僕は道のどちら側へ進むべきかを悩んで、少しだけ明るく感じる方へ行く事にした。


 僕のかんは、いつでも悪い方へ転ぶことが多いので、とても心配だけど元気を出して行こう。


 幸いな事に怪我もしていないし、体力的にも問題がない。

 それどころか、この何年間で一番調子が良いぐらいに思えて、どこまでも歩けそうな気もしてくるぞ。


 異世界へ飛ばされたのに、落ち込んだりしていないのは、身体に活力がき上がってくるせいだ。

 身体の好調さが、心まで引っ張り上げてくれている感じだな。


 それに学校へ行かなくて済むのも、僕の心を明るくしてくれている。



 道を歩きながら、〈ステータス〉〈オープン〉〈表示〉〈メニュー〉〈スキル〉などと、声を出してみるが何も反応がなかった。


 残念だと言うしかない。

 はぁー、面白味のない異世界だ。



 しばらく土の道を進むと、道沿いに大きな木が見えてきた。


 何本も大きな枝を広げて、またその先の枝に、沢山の白い花を咲かせているぞ。

 かすかに甘い匂いもするし、蝶や蜂、鳥までもがその花の蜜を吸いに一杯集まって、おとぎ話の妖精の舞踏会のようにとてもにぎやかだ。


 多くの虫や鳥の命を、長年支え続けている木なのだろう。

 この木は巨大なこともあるけど、他の木と違ってちょっと神々こうごうしいな、御神木ごしんぼくって感じに見える。


 僕の心も、少し明るさが増した気がするぞ。

 僕だけじゃなくて誰もがそう感じるのだろう、木の根を傷つけないためか、周りをさくで囲ってある。

 これから始まる運命に良い事があるように、手を合わせて祈っておこう。



 また歩き出して、お腹が「ぐぅー」と漫画みたいに鳴った時に、道の向こうから幼い女の子がやってくるのが見えてきた。


 女の子と分かったのは、髪が肩まであってくすんだ赤色のスカートをいているからだ。

 たぶん小学校の高学年くらいだな。


 「…… 」


 女の子は五十メートルほど手前で立ち止まって、じっと僕を見詰めている。


 幼いとはいえ女の子からこんなに見詰められるのは、初めての経験だから僕は少し緊張してしまうぞ。

 向こうは〈怪しいやつ〉と思っていることが、ひしひしと分かっていてもだ。

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